第5話 ハッピーエンド♂(微閲覧注意)

 その男は、有無を言わさぬパワーでトイレに押し入ってきた。


「優くん、会いたかった!」


 長い腕で思いっきり抱き締められる。


 あまりに見栄えのする姿に、思わず見惚れていたことは認めよう。


 だが……。


「うおおお!? だっ、誰だお前!」


 いくらイケメンったってこれはねえだろ!


 腕を突っ張って、分厚い胸板を押し返す。


 あ。すげえ弾力。


 男はずいと顔を寄せて、熱っぽい瞳で俺を見つめた。


 この目つき……なんか見覚えあるぞ。


「……莉々りりだよ、優くん」


 莉々だって?


「莉々って……俺のせいで死んだ莉々か?」


「覚えててくれて嬉しい……。莉々が死んだのは、優くんのせいじゃないけどね」


 そりゃ、忘れるわけねえだろ。

 まだ半年しか経っていない。


 それに、莉々は俺の……。


「……待てよ。莉々は小柄で巨乳な超絶美少女だったんだぞ? 仮に生きてて、性転換手術でもして、死ぬッほど鍛えまくったところで、アンタみたいなムキムキでバキバキの大男になるわけねえだろ」


「それは……だって、転生したし。この身体になってからの名前は、アルフォンスっていうんだけど」


「転生って」


 あれは俺の夢じゃなかったのか?


 炎の熱気といい氷の冷たさといい首を絞められたときの苦しさといい、やけにリアルな感覚だったが……。


「……異世界に行ったんじゃなかったのかよ」


 我ながらアホな質問だ。


 だが、それと同じくらいコイツもアホなことを言っているので、気にしないことにした。


「行ったよ」


「じゃあなんだよ、またカミサマの予定外で転生してきたってことか?」


「ううん。あっちの世界で頑張って、空間転移のスキルを極めたの」


 莉々(?)が得意げに言った。


「ホント、あの神さまのオススメどおりにしといて良かったあ。精度は微妙だけど、オプションでタイムリープも出来るんだよっ」


 喋り方は莉々っぽいんだが、声はシブいわ、顔面は彫刻だわ。


 めっちゃ混乱するな……。


「……じゃ、ホントに莉々なのか?」


「うん。優くんのこと、迎えに来たよ」


「へ?」


 莉々改めアルフォンスは、あろうことか俺の身体をお姫様抱っこした。


「な、なんのつもりだ!」


 コイツは絵になるかもしれんが、俺のほうは完全にアウトだ。


 足をバタつかせるも、爪先が壁にぶつかるだけで、まったく抵抗にならない。


 俺を持ち上げたまま、莉々改めアルフォンスはブツブツと呪文らしきものを唱え始めた。


「じゃあ行くよっ。それっ」


「あああああああああ!?」



◇◇◇



 目を覚ますと、そこは見たこともない世界―――、


 ……じゃなくて、俺の部屋だった。


 俺は自分のベッドに寝かされていた。


 なんっっっにも代わり映えしねえ世界。


 迎えに来たって、そういうことじゃないのかよ……。


「あ、優くん起きた」


 顔を近付けて覗き込んでくるのは、アル……いや、もう莉々でいいや。


 ベッドの脇に膝をついて、ずっと俺の小汚ない寝顔を見守っていたらしい。


 さっきのお姫様抱っこといい、俺……本当にコイツが理解できねえ。


「びっくりしたでしょ。空間転移でここまで飛んで来たんだ」


「驚いた、けどさあ……」


 莉々は俺の腑に落ちない様子に気付いて、こてんと首を傾げた。


 あー、やめろやめろ。さすがに可愛くねえわ。


「お前さ、あの事故が起きるに飛べばよかったんじゃね?」


 そんで、空間転移だのなんだの使って、あの事故を止めれば良かったんだ。


 あっ、思い付かなかった。優くん頭いいね!


 俺は莉々のそんなリアクションを期待しながら、彼女……ちげぇ、彼を横目に見た。


「飛んだよ」


「は?」


「あの事故の直前にも飛んだよ」


「……じゃあ、なんで莉々は死んだままなんだよ」


 思わず非難めいた言い方をしてしまう。


 しかし、莉々はさして気にする様子もなく、


「だってもう、新しい莉々がここにいるし」


「……は?」


「優くんは、どんなに莉々がアピールしても、ぜーんぜん相手にしてくれなかったじゃない? それってさ、あの時の莉々じゃダメだったってことなんだよね……」


「それは……」


 お前がまだガキで、俺が無職のオッサンだったからだ。


 そう続けようとした俺の口を、大きな手のひらが塞ぐ。


 温かく乾いた皮膚が唇をくすぐって、ぞくりとした。


「わかってる」


 莉々が優しく微笑んだ。


「……優くんにも、色々あったんだよね」


「お、おう……?」


 わかってくれたんならなによりだぜ。


「けどもう、ふたりの間に障害はないから」


「……え?」


「タイムリープのおかげで年齢としも変わらないし、身体だって大きくなった」


 まさか。まさか。まさか。


「……あの、俺……男を抱く趣味は……」


 女すら抱いたことないのは置いといて。


 おそるおそる申し出ると、莉々は首を振って、笑いながら否定した。


「だ、だよな。さすがに、違うよな。俺ってバカだなあ……アハハハハ」


 そうだ。


 せっかくこんなガタイのいいイケメンに生まれたんだ。

 向こうの世界でオトコとして楽しくやってるに決まってるよな!

 ったく、熱っぽい目で見つめてくるから勘違いしかけたぜ。


 心から安心したせいか、意味もなくへらへらする俺の手を、莉々がそっと握った。


「莉々はね、ずっと優くんのことグチャグチャにしたかったんだ」


「は?」


「縛って、閉じ込めて、毎日朝から晩まで●●●●して✕✕✕✕して◯◯◯◯……」


 堪え性のない俺の耳が、一部聞くことを拒否した。


 これをあの美少女の莉々が言うなら興奮したかも……いや、めっちゃしたけど。


 目の前にいるのはどー考えても俺の性的嗜好から外れまくった大男だ。


「優くんが莉々のことしか考えられなくしたかったの」


「……そ、そうか」


「うん。だから、事故はそのままにしたんだ。あのままの莉々でいたら、きっとなにも出来もんね」


「か、過去形……」


 底冷えするような、莉々の甘ったるい微笑み。


 じり、と詰め寄られる。


「ひッ……」


 見た目どおりの力で手首を掴まれた。


 どこをどんなふうに押さえているのか、身体がぴくりとも動かなくなる。


 血の気が引いた。


「お、おい……よせ。いい子だから……莉々……っ」


 全身がマッサージチェアのように激しく震え出す。


 恐怖に支配された俺の脳裏に、ひとりの女の声がよみがえった。




“――元の世界で相当ひどい目に遭いますよ”




「怖がらなくていいよ、優くん。心もカラダも、ぜーんぶ莉々のモノにしてあげる」


 俺にのし掛かった莉々が、ゆっくりと見せつけるように舌舐めずりをする。


「幸せになろうね、優くん……♡」


 なまりきった両脚の間で、もう三十五年も役割を放棄していたソレが、ぎゅっと縮こまるのを感じた。



「い、いやだァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 美少女を道連れに異世界転生しようとしたら俺だけ生き残って(莉々だけ)ハッピーエンドになった話<完>

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美少女を道連れに異世界転生しようとしたら俺だけ生き残ってハッピーエンドになった話 神庭 @kakuIvuki

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