3

 フロートにつかまって波にゆられていたカイは、背中になにかがあたったので、ふりかえりました。水の中からぴょこんと二つの小さな白いつのが飛び出しています。ルルちゃんだ、とカイは思いました。


 つののあとから白い頭が、そして、むすっとした二つの黒い目があらわれました。ルルちゃんは海から全身を出して、そして波の上に浮かんで言いました。


「なんか思ってたのと違うの」

「どうしたの、ルルちゃん」


 ルルちゃんはあまり機嫌が良さそうではありません。カイはさらに言いました。


「プールではすごく楽しそうだったじゃん」

「それはそれ、これはこれ、だよ」


 そう言ってルルちゃんは、飛んで浜辺に戻りました。


 ゴエモンは荷物にもたれてうつらうつらしていました。ウララちゃんもチェアに寝そべって、目を閉じていました。眠っているのかもしれません。ルルちゃんは声をかけず、ウララちゃんから目をそらしました。


(どうしてこんなことになっちゃったんだろう)


 ルルちゃんは思いました。海に行くのはすごく楽しみだったのです。実際、少し前までとても楽しい気持ちだったのです。けれども今は、その楽しい気持ちがどこかへ行ってしまっていました。


 海の王様の話を聞いてから、ルルちゃんの気持ちががらりと変わってしまったのです。


(海の王様の話なんかしなきゃよかったのに)


 ルルちゃんはシートの上に座って思いました。


(ウララちゃんが悪いんだよ。あんな話するから。ウララちゃんのせいだよ)


 でも本当にそうでしょうか。はっきり、そうなのだとルルちゃん自身も言えないところがありました。


 お昼はみんなでラーメンを食べました。ルベライトはとうもろこしです。ゴエモンは自分のために、煮干しをいくつか持ってきていました。けれどもナミのラーメンも少し分けてもらいました。


 ルルちゃんはラーメンです。いつもならラーメン一杯くらい、ぺろりとたいらげてしまいます。でもこの日はあまりはしが進みませんでした。


 ナミがそっとゴエモンに言いました。


「ルルちゃん、小さくなってない?」

「塩水がからだに合わんかったんじゃろう」


 ゴエモンはナミからもらったメンマをかじりながら言いました。




――――




 たくさん海で遊んで、おばあさんの家へと帰ります。家に着き、ルルちゃんはウララちゃんの本を広げます。ウララちゃんはいつもの部屋で、シンプルな部屋着姿で立っていました。


「じゃ、またね」


 ルルちゃんは短くそう言うと、本を閉じました。あまりウララちゃんと話したくない気分でした。こんなことは初めてです。


 少し休んだあと、みんなで夕ごはんをつくります。食事はにぎやかに終わり、今度はみんなで後片付けです。そして順番におふろに入りながら、残りの人は居間でテレビを見ます。


 ルルちゃんもおふろに入ります。ゴエモンと違って、ぬれるのがそんなに嫌いではないからです。それにキレイほどではありませんが、きれい好きでした。


 おふろから出たルルちゃんは居間にいって、次の人に声をかけます。けれども、ルルちゃんはそのまま居間にいる気にはなれません。居間は明るく、みんな楽しそうです。その中に、上手く入っていけないような気がしたのでした。


 ルルちゃんは居間を出て、客間に向かいました。たたみの部屋で、子どもたち三人とその魔物たちで客間に寝る予定でした。現在は誰もいません。明りもついていません。ルルちゃんは暗い中、仰向けに寝転がりました。


 今夜は月が出るでしょうか。ルルちゃんは考えました。外は見ていませんが、昼間同様、きっとよい天

気なのでしょう。雨がふればいいのに、とルルちゃんは思いました。いっそどしゃぶりになればいいのに。


 けれども雨の音は聞こえてきません。それに、ここで雨がふっても仕方ないのです。実際にウララちゃんがいる場所で雨がふらなければ意味がないのです。そこは――どこだかは知りませんが――雨でしょうか。ルルちゃんはなんだか泣きたい気持ちになりました。


「なにやってんの?」


 急に、声がしました。そして明りがぱっとつきました。カリンちゃんが部屋に入ってきて明りをつけたのでした。


「いないと思ったら、こんなところに。あ、ごめんね、寝てた?」

「ううん」


 ルルちゃんは起き上がって首をふりました。「寝てないよ」


「そうなんだ。――なにかあった? 元気がないみたいだけど」


 カリンちゃんがルルちゃんの隣に座りました。とたんに、ルルちゃんの気持ちがゆるみました。すべてを、今日あった嫌なことを、すべてカリンちゃんに話したい、という気持ちになりました。


「あのね、ウララちゃんのことなの」


 ルルちゃんは話しました。一気に勢いよく話したのです。ウララちゃんが海の王様の話をしたこと、それ以来どうしても気分がよくないということを。

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