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 ルルちゃんはウララちゃんの本を開けました。かぎを差し込みます。このかぎは水着のかぎなのです。


ウララちゃんのまわりに砂浜の映像が浮かび上がりました。こちらにもビーチパラソルと、あと寝そべることのできるビーチチェアもあります。ウララちゃんも水着に着替えました。


 青色の、パレオのついた水着です。髪はアップして、白い花を飾っていました。まぶしくなるようなきれいさでした。ウララちゃんはチェアに座ります。


「ウララちゃん、これが海だよ。広いねえ」


 ルルちゃんはわくわくしながら言いました。海なら見たことはあります。家のロフトからも見えるのです。けれどもこんなに近くで見るのは初めてでした。


「ほんとね」


 ウララちゃんが目を細めて海を見やりました。


「ルルは海で泳ぐの初めてだけど、ウララちゃんはそうじゃないんだよね」


 ルルちゃんが言いました。前に海で泳いだことがあるかときいたところ、何度かあると答えが返ってきたのです。ウララちゃんも泳ぐのが得意なようです。ウララちゃんが本から出られず、この海――今、目の前に広がっている海――で泳ぐことができないのを、ルルちゃんは残念に思いました。


「ええ、何度か海に行ったことがあるわ。そう、大事な思い出もあるの――」

「なになに?」


 どうやらルルちゃんの知らないお話のようです。ウララちゃんはちょっと黙り、そして遠くを見つめながら語り始めました。


 ある日、ウララちゃんは家族で海水浴に出かけました。けれども、ウララちゃんは波に流されてしまいます。あわてているところを小舟に乗った人が通りかかり、助けてもらいました。小舟に乗っていたのは若い男性でした。背が高く、ハンサムな男性です。


 小舟にはなぜかカメも一緒に乗っていました。男性はなんとおどろくべきことに、海の王様だったのです! 小舟はたちまち丸い形の屋根のついた乗り物に変わります。乗り物は海の中へと入っていきます。魚たちが集まって、乗り物を、海の奥へ奥へと引っ張っていきました。


 やがてすばらしい御殿が見えました。サンゴと真珠で飾られた御殿です。ウララちゃんは乗り物の外に出ましたが、不思議なことに息をすることができました。王様に連れられて、ウララちゃんは御殿の中に入ります。


 中も、それはすばらしいものでした! ウララちゃんはそこでしばらく楽しい日々を過ごしました。王様はハンサムなだけでなく、とてもやさしかったのです。けれどもウララちゃんは陸の人間でした。そのうち元気がなくなっていきます。


 王様は、ウララちゃんと別れたくはありませんでしたが、ウララちゃんを陸に帰すことにしました。ウララちゃんも王様と別れたくありませんでした。けれども仕方のないことでした。二人は悲しみながらお別れとなりました。


「でも――」ウララちゃんが言います。「王様と約束したの。月のきれいな夜に浜辺で会いましょう、って」


 語り終えたウララちゃんは目をふせて、そっと小さくため息をつきました。ルルちゃんは言いました。


「ふうん」


 ウララちゃんはまた遠くを見つめ、ささやくような声で言いました。


「今日はきれいな月が出るかしら」

「雨じゃない?」


 ルルちゃんは空を見ながら素っ気なく言いました。とても晴れて雲一つない天気でした。でも、ルルちゃんはそう言いました。ウララちゃんも空を見ました。けれども何も言いませんでした。


「ルルも泳いでくるね」


 ルルちゃんはそう言って、海に向かいました。心がもやもやしていました。いえ、もやもやどころか、もっとよろしくないもので満たされていました。


 ルルちゃんは海の中に入りながら思いました。海の王様だって。背が高くてハンサムな王様だって! そりゃルルはそんなに大きくないし、ハンサムというのとはちょっと違うかもしれないけど……。でもやさしさなら、ルルにだってあるんじゃない?


 ルルちゃんは泳ぎました。なるほどたしかに、海はプールとは違いました。しょっぱいですし、不思議な流れがあります。その流れに気をつけながら、ルルちゃんは泳ぎました。


 お魚になりたいな、とルルちゃんは思いました。そうすれば海の王様の御殿に行けるかもしれません。お魚に変身しようかしらと思いました。けれどもルルちゃんは変身が得意ではありませんし、とても疲れてしまいます。それにお魚に変身しても海の中で呼吸はできないでしょう。御殿にはたどりつけそうにありません。

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