第19話


朝を迎えたレントたちであったが、家にユレンの姿がないことに気づくと、家周辺を探し回った。


「ユレーン!」


「ユレン!くそ、どこいった……」


辺りを探しても一向に見つからないことに、レントは焦りを覚えていた。もしかしたら出ていったのかも知れない、そんな不安に駆られながらも探すことをやめることはできなかった。


「くそ……何にも言わず出ていくなんて……」


悔しそうに歯嚙みするレント。そんなとき、ふと視線の先に何か人影のようなものが見えた気がし、レントは目を凝らす。ジッと遠くを見つめ、その視線の先に映った人影を見極める。その正体はユレンだった。


ユレンだとわかると、レントは一目散に駆けだし向かっていく。


ユレンへ徐々に近づいていくレント。最初は笑みに溢れていたその表情も、距離が近くにつれて段々と険しくなっていき、遂には驚愕に染まった。


「ユレン!?なんだその姿は……ボ、ボロボロじゃないか!?」


近づくことでわかったユレンの姿は、全身怪我と土汚れだらけで、服は鋭利なもので裂かれたようにボロボロで、血で赤く滲んでいた。


いつもの黒髪は血で固まり、顔は擦り傷と切り傷で溢れ、腕には打撲跡、そして左足を大きく負傷したのか、引きずるように歩いていた。


「……父さん?……くはは、ごめん、心配、させちゃったよね。……でも俺、生き残って帰った」


茫然とした様子のユレン。レントの顔を見て安心して力が抜けたのか、その場に倒れこむのだった。


「おい、ユレン!」


倒れこむユレンを抱き止めるレント。ボロボロの姿のまま、ユレンはスゥースゥ―と寝息を立て、寝てしまっていた。それも仕方ないだろう。連戦に次ぐ連戦でユレンは眠ることもせずに戦い続けていたのだ。


レントは寝ているユレンにホッとし、その姿を改めて見て顔をしかめる。なぜ、こんな格好で危険な夜の森に入っていったのか。それはレントにはわからなかったが、無事帰ってきたことにとりあえずは喜ぶのだった。


レントは、寝てしまったユレンを背中におぶり、ユーリたちが待つ家へ帰り出したのだった。



————————————



帰ってきたレントとその背に背負われたユレンを見つけたユーリは喜ぶのも束の間、ボロボロのユレンを見て顔を青白くするとすぐに手当てを始めた。


レントはユレンの手当てをユーリに任せると、村唯一の医者を呼ぶために走り出すのであった。


ユーリは、ユレンを布の上に寝かせ、傷口を洗おうと服を脱がし始める。しかし、ユレンの上半身は、何かに打ち付けられたように青くなっていた打撲跡や、何かに噛まれたよう歯跡、引き裂かれたような切り傷に溢れていた。


そんなユレンの姿にユーリは顔をしかめながらも、水で濡らした布を傷口に当て、血や汚れを拭き取るのだった。拭き終わった丁度くらいに、医者をつれたレントが家に到着し、本格的にユレンの体の治療を始めるのであった。



———————————



ふと目覚めるユレン。すでに日は真上を過ぎ、夕方を迎えていた。いつ家についたのか、意識を失ったのか、まったく覚えてなく、ユレンは自分の今の状況を理解することができなかった。そして、起き上がると同時に自分の体を見た。腕を含め全身包帯でぐるぐるになっており、その怪我の具合に顔を青ざめさせた。


「俺は……いつ帰ったんだ……」


「お、やっと起きたねぇ、調子はどうだい?」


医者の男性は起き上がったユレンに気づくと、微笑みながら近づいてきた。


「はい、別段異常はないと思います。……あの、俺はいつここに……」


医者はカバンから何か道具を出すと、ユレンへ話しかけながら、体を診察しだした。


「朝にボロボロになっている君をレントさんが運んできたらしいよ。はい、口開けてー……ふんふん、体の痛みはどう?」


「そうだったんですか……全身に塩を塗られたみたいにズキズキしますよ。……あのみんなは?」


「二人は呼ばれた村長の家でお話中、ナツちゃんは近所のどこかに預けられてるさ……立てるかい?」


「……はい、やってみます」


ユレンゆっくりと立ち上がると体の調子を確かめるように動かし始めた。その際、左足に走る痛みに顔を歪ませる。


「……左足の太ももがすごく痛い、後は我慢できます」


「あー左足ね。結構深くやられてたから希少な薬草塗っといたよ。これ貴重なんだけどまだ効いてないぽいねぇ、参考までに何にやられたのか聞いていいかな?」


男性は診察するのに使った道具をまとめながらユレンへ話しかけた。


「えぇーと、確かコボルトに噛みつかれました」


「……え、コボルトにかい!?よくその程度でよく済んだねぇ、下手すると嚙み千切られてたかもよ」


男性は目を見開き、ユレンの左足を見つめた。


「運がよかったです。噛まれた瞬間そのコボルトも別の魔物に攻撃されて、口が足から離れたんです。ラッキーですよ」


ユレンは顔を苦笑しながら足を眺め、昨日の夜のようなことはもうしたくないと心に思うのだった。


「はえぇ、よかったねぇ。オリヴィア様に感謝だね」


「……はい、そうですね」


神に祈ったわけではなく、自らの力で生き残ったと高々に言いたかったが、運に助けられたのも事実のためユレンは口を閉ざす。


「それじゃ、とりあえずは様子を見てください、また何か異常が出たらもう一度見ますから」


そんなユレンのことなど気にも留めず、男性は荷物の入ったカバンを持ち笑いかけ、家を出ようと立ち上がった。ユレンは見送ろうと一緒に歩きだし、左足の痛みに顔を歪ませるが、男性よりも先に玄関の扉を開けた。


「無理だけはしないでね。それじゃ、レントさんたちによろしく。お大事にねぇ」


「ありがとうございます、先生」


医者はユレンへ軽く手を上げ笑うと、背を向け歩き出した。ユレンは男性が見えなくなるまで見送ると、服を着て村長宅目指して、ゆっくりと足を進めた。



———————————————



どれくらい歩いただろうか。いつもより長く感じる道のりと足の痛みに、ユレンは顔を険しくさせていた。しかし、長かった道のりも終わり、目の端にはようやく村長の家が見えてくる。


「やっとついたか……話がまだ終わってないといいけど」


そう言ってユレンは、痛みを我慢しつつ、足を早めた。


痛みに耐えつつも、村長の家まで辿りついたユレンは底知れぬ達成感を感じていた。が、それも束の間、ユレンは村長宅の近くにつながれていた数匹の馬を発見し、不思議に思う。


馬は他の動物と比べ育成するのに金がかかる。だからこそ、村では馬を育てている家はないため、この世界で初めて見る馬に驚き、村人以外の訪問を悟った。


「代官の馬かな……でも、複数あるしな」


ユレンは想像を掻き立てながら、村長宅のドアを叩いた。


「すみません!ユレンですけど、誰かいますか?」


家の中に向かって声をかける。すると、中からは誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。扉を開けて顔を見せたのは、村長の奥さんと思われる恰幅のいい女性であった。


「あら、いらっしゃいユレン君。もしかしてレントさんたちに用があるの?」


「はい、お邪魔してもよろしいですか?」


「んー……いいけど、大切な話だと思うわよ?」


「いえ、実は僕も呼ばれてるんです。その話に」


呼ばれてないが無関係ではない。そう言うと村長の奥さんは不思議に思いつつも、ユレンを家の中へと誘った。


「まっすぐいくと部屋の扉があるからそこにいると思うわ」


「ありがとうございます」


村長の家へ入るユレン。家の中はユレン含めた村人たちの家よりも広く、少し立派だった。


失礼にも家の中をジロジロ見ていたユレンだったが、奥の方からレントたちの話し声が聞こえたのに気づくと意識を切り替え歩みを進める。


扉の前まで来たユレンは大きく深呼吸をし、部屋の扉を叩き声をかけた。


「どうぞ」


中から了承があるとユレンは扉を開けて部屋の中に入っていった。


「ユレン!」「ユレン、大丈夫か!」


中にいた両親はユレンの姿に気づくと、心配の声を上げながら近づくのだった。


「心配かけてごめん。でも大丈夫さ、少し体が痛むだけだよ」


「そうゆう問題じゃない……あんな格好で森なんか入って、死んだらどうするんだ」


心配を隠す様子もない両親に苦笑しつつも、ユレンは口を開いた。


「俺は死なないって話したでしょ?昨日の夜も、ちょっとした実践を積みたかったんだ。……でも、心配させたことは謝るよ」


「ユレン……」


レントたちはそう言って笑うユレンを見て、苦し気に顔をしかめる。


「話は済んだか?」


ユレンたちの話が途切れた瞬間、そう言って話しかけた男性。いかにも軍人といった真っ白の軍服に身を包んだ無表情のその男は、ユレンに鋭い視線を送っていた。


筋骨たくましい男性の周りには、同じように白い軍服を着た二人の男女が鎮座し、ユレンをじっと見つめていた。


「すみません、今座らせますので……ほらユレン君、こっちに座って」


村長は慌てた様子でユレンへと話しかけ、席につくように言った。


ユレンは軍人たちと机を挟んで、向かい合うように椅子に座る。そして、正面に座る男性を観察しだすのであった。


(……強い。そこら辺の魔物とは比べ物にならない)


男性を見て、その体からビシビシと感じる力強さにユレンは驚く。横に座る二人の男女も鍛えてはいるだろうが、それ以上の強さが手に取るように伝わってきた。


「ほぉ……」


男性もユレンを静かに眺め、何を思ったのか声を出した。ユレンもまた観察されていることに気づき、体を硬直させた。


「……この子怯えないのね」


「ホントにガキかよ」


男女の軍人もユレンを見て驚きの声を上げていた。自分に向けられた探られるような視線に息をのむユレン。自分よりも遥かに強い三人に見られ、額から汗が溢れる。


「失礼した……さて、お前がユレンか?」


軍服の男性は観察をやめ、話を切り出そうとユレンへ話しかけた。重く探るような視線は消え安心するのも束の間、話しかけられたユレンは質問に答える。


「はい、俺がユレンです。あなた方は……」


「俺はランドン、リヴォニア軍所属の軍人だ。今は名前だけ覚えておけ」


ランドンと名乗る愛想がない男は、その冷たい視線をユレンに向けながら、横を親指で指した。


「こっちは俺の部下だ、名前は……まぁ今はいい」


「どうも」「よろしく」


ユレンへの興味が絶えないのか、ランドンの部下の男女はユレンを観察し続けていた。


「すぐに話をしたいが……ここにはユレンを残し、他の者は退席してもらう。もちろんそこ両親にも」


「「なっ!?」」


驚きの声を上げるレントとユーリ。しかし驚いているのはレントたちに留まらず、村長と代官も顔をしかめさせていた。


「……分かりました、ここは軍の方々に任せましょう。さぁ皆さん出ましょう」


「……」


村長が顔に張り付けたような笑みを浮かべながら、周りに声をかけ部屋を出た。どこか不満そうな代官も軍人には逆らえないのか、素直に出ていくのだった。


「ユレン……」


心配そうにユレンを見つめるユーリ。そんなユーリを安心させようと、ユレンは微笑み声をかけた。


「心配しないで母さん、話はすぐに終わらせるから」


「……さぁいこう」


レントに手を引かれ、ユーリは名残惜しそうに部屋から出るのだった。


「外の見張りを頼む」


「了解です」


女性の軍人はランドンの指示を聞くと、部屋を出て行く。


部屋に残ったのはユレン、ランドン、男性の軍人の三人になった。ランドンは表情を変えることなくユレンを見つめた。


「……早速だが、お前は魔法、技能スキルともに使え、且つ、成人していない身にも関わらず戦場への志願を望むそうだな」


ランドンはいきなり核心を突くように話を切り出した。村長たちから話を聞いたのか、その内容はユレン自ら志願をしたということだった。ユレンは額に汗を流しつつ、ランドンと目を合わせ答る。


「はい、俺は戦場へ志願します」


「無理だ」


ランドンは間を置くことなくそう答えた。ユレンは、ランドンの答えに表情を固めながらも目をはずすことなく見つめた。


「お前がどれほど優秀だと聞いても、話は変わらん。以上だ」


「なぜ……ですか」


ユレンは話を終わらせたランドンへ、恐る恐る話しかけた。そんなユレンを、ランドンは表情を変えることなく見つめ、口を開く。


「お前みたいなやつがいたら戦争で勝てないからだ」


ランドンはそう言うと、威圧するように前のめりになり、話し始めた。


「お前の素性なんぞ話を少し聞くだけで大体想像できる。左手のない父親に、何か考えがある村長ら。……お前のようなやつがいたら負けるんだよ」


口調を強めながら、ランドンは話を続けた。


「もしお前が戦場にいたとする。その状況で負けそうになった時、死にそうになった時、お前はどうゆう行動をすると思う?……逃げるんだよ、その場からな。『このままじゃ家族を守る前に死んでしまう、生き残らなきゃ』ってな」


ピリピリとした空気がその部屋を支配し、ユレンの心を縛りつける。


「知っているか?逃げるやつを見ると自分もって他のやつも我先にと逃げ出すんだよ。戦場での敵前逃亡は軍法会議で裁かれるがそれは勝ち、生き残ってた場合だ。……簡単に勝ち戦が負け戦に早変わりだ」


ユレンは話に顔を俯かせ、顔をしかめながら黙って話を聞いていた。後ろに立つ男性軍人も、厳しい視線をユレンに向ける。


「お前にとっては逃亡のつもりはないかもしれないがな、お前を見たやつらがどう思うかは別なんだよ。負けに引きずりこむような、お前みたいな半端な奴は志願しなくていい。いやするな。……ガキは成人してから来るんだな、そしたら俺が断る規則も、義理もねぇ」


俯くユレンへ追い打ちをかけるように言葉は続く。


「甘えたその根性じゃすぐに死ぬな。命をかけるのに俺たちは後ろなんか見てらんねぇんだよ、いつだって俺たちは、前にいる敵と隣にいる味方しか見れねぇんだ。後ろなんざ気にしてる時点で敵以前に俺、そして自分に負けてんだよ。……話は終わりだ、出るぞ」


話を終わらせるかのようにランドンは立ち上がり部屋の扉に近づいて行く。


ユレンは俯いたまま動くことはなかった。いや、できなかった。拳は握られ、体は何かに怯えるように震えていた。


若い男性もユレンを気の毒そうに見つつも何かすることはなかった。それが戦場であったからだ。


ランドンが扉に近づく中、ユレンは思考の渦に飲まれていた。

行かなくていい、家族と離れなくてもいい、否定してくれてホッとした、このまま話が終わってしまえ。幸せとも言える日常がすぐ目の前まで近づいていることにどこか安心している自分がいた。


(……ここで行かなかったらどれだけの平穏が待っているのか)


しかし、ユレンの頭をよぎるのは今まで見てきた理不尽の数々。


無慈悲に訪れる自然の驚異、貧困による飢餓、餌を探し跋扈する魔物たち、ユレンと違い権力を持った人間たち。


何より深く刻まれた自分の記憶。


この先襲いかかるかもしれない全ての脅威から、自分は家族を守ることができるのか。


ユレンは葛藤していた。目の前まで近づいた悠久に続くかもしれない平穏を、憶測と憂虞の思いで諦めてしまうのか。

深く、深く、思い悩んだ。


何が正解なのかはユレンにはわからない。しかし、どんな選択をしても、後悔だけはしたくなかった。


「ッッ!!!」


ユレンは、ごちゃごちゃと頭の中に思い浮かぶ考えを投げ捨てるかのように、目の前にあった机に、頭を思い切り強くぶつける。


鳴り響くユレンと机の激突音に、その場にいた二人は足を止め、頭を机へ擦り付けたユレンへ視線を向けた。ランドンは、手をかけたドアの手を離し口を開く。


「どうした、そんなことをして。気でも狂ったか」


表情を変えることなくユレンを見つめるランドン。


ユレンは椅子から立ち上がると、ランドンの無表情に怯むことなくその顔を見つめ返した。その様子に驚いたのか若い軍人は目を見開く。


「……俺は、確かに周りに影響されてここまで来ました。きっとそれはあなた達に失礼だと思います」


ユレンはゆっくりと顔をあげ、強い意志を持つ瞳でまっすぐランドンを穿つ。ランドンも何も言わず、ユレンの言葉を待った。


「俺はこの世界に生まれ、ごく一般的とは言えない家に育ちました。だからこそ、俺は安定が欲しい。……でも、今のままじゃ何も出来ず終わってしまう。それは、それだけは……どうしてもいけないだ」


ユレンの独白のような言葉は何を言いたいのか要領を得ない。しかし、何か大きな決断をしようとしているのはその場にいる二人にも伝わるようだった。


「……確かに今のままでは、俺はランドンさんの言う通り、戦を負けに引き込むようなことをしてしまうかもしれない。でも、だからこそ俺は今ここで、全てを断ち切り志願するんだっ!」


勢いのあまり、ランドンの方へ強く踏み込むユレン。何かを決断し、ランドンへ挑むユレンの姿はどこか一皮剝けたように見える。


「……まだ気持ちが変わっていないのはわかった。だが、お前の志願を認めてはいない。どうやって俺を説得する気だ」


鋭い視線を向けるランドン、その目つきは変わらず冷たく、一切の甘えを許さなかった。


ユレンは大きく息を吸うと、ランドンヘ言い放つ。


「……なら、俺は違う方法で戦争に参加します」


「……何?」


ランドンはユレンの言葉に疑問を抱く。ユレンは止めることなく話し始めた。


「俺をあなた達の補佐にしてください。軍人の手伝い人として今日から!俺は後ろの憂いを捨てるため今、この瞬間からリヴォニア軍人の補佐として働かせてください。……俺は甘い人間だから、このままズルズルと家族といたら変わることができない。だから、今ここから家族に会いません」


「……お前が死んだとき、それは最悪の絶望と後悔になるぞ!」


ランドンは、先ほどとは比べにならないほどの圧を持ってユレンを睨む。ランドンはどこか恐怖を覚えていた。まるでユレンが、人間でないもののように見える。


戦場でもこの手の人間は存在する。今までの生きる目的、地位、財産、命すら捨てる怪物。しかし、支えともなっていた家族を自分の意志で捨て、二度と会えなくなるかもしれない選択を取る人間を、ランドンは初めて見たのだった。


「俺は死にません、絶対に。必ず生きて帰って、そして……ただいまを言うんですッ!」


威圧するように睨むランドンをユレンは、体に魔力を漲らせながら睨み返した。


「……ふん」


ランドンも、さっきとは打って変わったユレンの様子に静かに頬を動かした。


昨晩の激戦で、ユレンの魔力は成長していた。成人とほぼ同じ魔力の濃さと量に、二人は驚くのだった。


「……軟弱でまだまだガキだと思っていたが……いいだろう。この俺ランドン・ビクワイアはたった今、ユレンの未成年志願及び軍の補佐を認めよう。お前の所属はリヴォニア軍だ、この村ではない」


ランドンは無表情に戻ると、その目でユレンを居抜き、認めるのであった。ユレンもその言葉を聞きホッとするのも束の間、ランドンの体から溢れだした膨大な魔力に目を見開く。ギシギシと家を軋ませるその魔力は成長したユレンと比べても、圧倒的だった。


「ただし、言っておく。戦場に絶対などない、お前なんぞには想像もできないような地獄であることを身をもって知ることになるだろう。……しかし、お前の勇気を、覚悟を俺たち誇り高きリヴォニア軍人はバカにはしない。俺たちは今、戦友になったのだ。君の参戦を心から感激しよう」


ランドンは魔力を抑えると、無表情だったはずの顔に静かな笑みを浮かべ、右手を差し出した。


ユレンは差し出されたランドンの右手を握り、ゴツゴツとし傷跡まみれの手を見て感じ、これから行く地獄よりも厳しい世界を思い馳せたのだった。


「お前は俺の直轄だ。よし、まずは治療だ。おいジェイク、ミアを呼んで来い」


「はっ、了解しました」


ジェイクと呼ばれた男性の軍人はランドンに話しかけらるとすぐさま扉を開け、出て行った。


ユレンは、傷が開いたのか血で滲んだズボンに気づいた。


「その怪我もだが、全身の包帯のわけを聞かせてもらう。お前の性格が少し気になった」


「……はい」


小さく返事をし、ユレンは笑った。


奇しくも正式に戦争に参加することになったユレン。この先に待っている運命が今、満を持して動き出す。

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