第20話


治癒ヒール


ランドンに呼ばれた女性軍人。彼女はミアといい、回復魔法が使えた。ユレンの血で滲む足の包帯を見ると、手をかざし、魔法を発動させ手のひらを光らせる。


(すごい……足の痛みだけでなく全身の痛みも引いてゆく……)


回復魔法は術者の腕によって効果が大きく変わる。ミアの回復魔法はユレンの目から見ても、凄腕だとわかるほどの実力を持っていた。


手の光が消えたのを見て、その場に立ち体を動かす。痛みが嘘のように消えていた。ユレンは足の傷を見ようと包帯を外すと、さっきまであった深い噛み傷は、傷跡は残っているもののしっかりと塞がっていた。


「すごい、ありがとうございます。ミアさんは回復魔法が使えるんですね、便利で羨ましいです」


「お褒めの言葉をありがとう。でもこの傷どうしたの?結構深かったけど……」


不思議そうな顔をするミア。ユレンは気まずそうに苦笑する。ランドンもその話が気になるのか、その冷たい視線をユレンへ向ける。


「え、えぇっと……その、恥ずかしながら昨日の夜に近くの森で迷ってしまい……朝まで魔物と戦ってました」


ユレンはそうして、昨日の夜の話をし始める。ミアは、話しだしたユレンに呆れと驚きが含んだ視線を送り、ランドンへ話しかける。


「隊長……この子、命知らずにもほどがありますよ。夜に魔物のいる森なんて……しかも一人なんて、低級相手でもしませんよ」


「まぁ常人ならしないだろうな。それで死にかけて本人は後悔してるのが実に滑稽だ」


いたたまれない視線を向けられ、体を縮こませる。さきほどランドンに向けられたユレンの勇姿は、一体どこへいったのだろうか。そこにいるのは叱られ縮こまる子供のようなユレンだった。


しかし二人は、そんなユレンに呆れながらもその実力に驚いていた。


魔物との戦闘で傷だというのは職業柄理解していたが、まさか夜通しの戦闘でかつ一人という状況で、あの程度の怪我で済んでいることがどれほどのことか理解していたからだ。


そんな空気のなか、ドアを叩く音が部屋に響く。すると、ドアの向こうからもう一人の軍人ジェイクが顔をのぞかせる。


「失礼します。……実は外で待っている者たちが話はまだかと待ちきれない様子で……」


ランドンはジェイクの言葉を聞くと、大きく頷く。


「わかった。話が終わったため、もうしばらく待っていてほしいと伝えろ。……それとユレン、さっきの話に嘘はないな?」


確認するように視線を向けるランドン。ランドンの目を見据え、その返答として頷く。


「はい、覚悟はできています」


「……そうか、わかった。……ジェイク、ここの部屋に入れるのはユレンの両親以外だ。そこら辺の話はお前が伝えろ、しっかりとな。ミアは紙とペンを持ってこい」


「「はっ」」


二人はランドンの指示を聞き、速やかに動き出す。指示を出し終えランドンは、静かにユレンを見つめた。


「お前が選んだ選択だ、両親には恨まれるかもな」


「……俺は、どんなことがあっても守るだけです」


「そうか、無粋だったな」


話を終えると、二人は席に着く。先ほどと違い、向かい合っていたはずのユレンとランドンは、隣に並び座っていた。


再度鳴るノック。顔をのぞかせるのはジェイクと、呼び出された村長と代官の二人だった。


両親は今から話をされる。話をされた両親はどんなことを思うだろうか。そんなありもしない妄想をし、どこか苦痛を感じるも、目の端に映った二人に意識を向けるのであった。



————————————————



「—————それではこの村から志願するのは男性が三十三人、女性が八人。その内戦闘用魔法、技能スキル持ちはユレン君含め五人でよろしいですか?」


ミアは手に持った紙を眺めつつ、村長と代官に話しかける。


「はい、その通りです。……いやぁお疲れ様です」


村長は満面の笑みを浮かべながら、ランドンたちを見た。この村の人口はおよそ二百人。近くにある村々の中では小規模である。ただユレンはこの村の五分の一が志願することが、多いのか少ないのかはわからなかった。しかし、志願した半数以上が老兵だという事実に、どこか悲しくなるのだった。


感傷的になっている内に、いつの間にかランドンと村長の話も終わりに近づいていく。そんな中代官は、絶えずユレンに視線を向けていた。


自分の村で志願しあ者が戦争で活躍すれば、その地域での地位の確立に大きく前進する。これからの自分の多大なる出世に思いを馳せ、代官は静かにせせら笑うのだった。


兵士一人の活躍が地位の躍進に役立つかは誰もわからないが、代官は出世のために、手段を選ぶようなことはしなかった。ユレンはそんな代官の視線に気づくも、その顔に不気味な笑みを浮かべていることが妙に気になった。


しばらくし、ランドンたちの会話は終わりを告げた。いくつかの書類をまとめミアに渡すと、ランドンはゆっくりと立ち上がる。それに釣られるように村長らも腰を上げた。


「みなの志願、感謝します。必ず勝ちましょう」


大きな右腕を前にだし、握手を求めるランドン。村長も顔に笑みを浮かべ、その手を握った。


「ご武運を。……ユレン君もこの村のこの村の誇りだ、活躍を心から期待しているよ」


そう言ってユレンの方へ手を差し出す村長。ユレンも手を差し出し、強く握る。村長の胡散臭い笑みは変わらないが、その強い期待だけはしっかりと伝わってくる。


「……頑張りたまえよ」


こちらも何か企んでいるような笑みを浮かべながら、手を前に出す代官。それを握り返すユレン。何を考えているかわからない二人を見て、両親のこれからの生活が不安に思うも、ユレンが何かすることはできない。


多い給金を元に安定した生活を送ることを祈ることしかできない。


「場所を用意していただきありがとうございました。それでは」


ランドンとミアはそう言いながら荷物をまとめる。テキパキと撤収作業をし悠然と立ち上がる。


「夕食でもどうですか?いい酒があるんですよ」


ランドンたちを見て、村長は慌てて夕食に誘おうとする。何か思惑があるのは見て確かだったが、その誘いは残念なことに失敗に終わる。


「ありがたい申し出だが断らせてもらう。ユレンのこともあるからな」


そう言ってランドンはユレンを見る。


「覚悟させた俺が面倒見なきゃいけませんから」


ランドンの冷たい視線とは裏腹のその優しさにユレンは驚き、自然と目を見開いていた。


隣に立つミアも静かに目を細め、自分たちの隊長を誇らしげに見つめる。


「夕食の準備もあるので急がせてもらう。……おい、何をボーっとしてる。いくぞユレン」


「え……あ、はいっ!」


急に話しかけられ慌てて返事をする。足早に去るランドンの背中は、妙に頼もしかった。


何か言いたそうにしていた村長は、足早に去っていくランドンたちを見て、ガックシと肩を落とすのであった。



———————————————



村長宅を出るユレン達。辺りは沈みゆく夕日によってすでに橙色になっており、今日という日の終わりに近づいていた。夕日によって影が落ちる村、仕事帰りの村人が多く行き交う中、ユレンは自然と両親の姿を探してしまっていた。不自然に周りに視線を向けるも、どこを探しても、求める両親の姿はなかった。


「……お前の両親はジェイクが話をしてすぐ、村長の家を出ていったらしい」


「そう、ですか……」


ランドンの言葉に乾いた笑いを浮かべると、顔を俯かせる。


両親は話を聞いた時どんなことを思ったのだろうか。自分の選択に怒りを覚えたのだろうか、呆れてしまっただろうか。頭の中にはありもしない両親の姿が浮かび上がる。自分の悪い癖だと割り切ることもできず、頭の中では色々な想像が渦巻いていた。


「……」


ランドンはそんなユレンに無機質な目を向けるが、何も言うことはなかった。ミアとジェイクはその空気の重さに狼狽し、互いに目配せし合いながら状況打開を図っていた。


「えぇっと、あー……と、とりあえず、持ってきた天幕立てて野営の準備しましょう!」


重い空気を取り払うようにミアは声を張り上げる。その言葉に賛同するようにジェイクは激しく頷き、近くにつなげてあった馬を連れ、歩き出す。歩き出した三人の後ろを、足を重く感じながらも、ゆっくりと追いかけ始めた。


「しかしあの村長たち感じ悪かったですね、あそこまで露骨にされると笑っちゃいます」


しばらく歩いていると、ミアは退屈になったのか、笑みを浮かべながらジェイクへ話しかける。ミアに絡まれたジェイクは面倒そうにしながらも口を開いた。


「確かにな。俺らなんか一介の軍人であってなんの権力も影響力もないのに」


「ですよねぇー。まぁこんな村じゃ私たちもデカい顔できるからいいんですけど。……ユレンくんは私たちのことどう思いますか?」


「え、皆さんですか?……軍人の方ですからやっぱり強そうとか、怖そうなイメージはあります」


突然の質問に驚くも、ユレンはそう答えた。ミアはユレンの言葉を聞くと嬉しそうに微笑んだ。


「そう思う?でも私は新鮮で面白いのよね。私あんまり背も高くないから見た目で舐められること多くてさ、ジェイクなんかも細いからさぁ—————」


「おい、俺はお前と違って自分の身長なんて気にしてないぞ」


「あら、でもこの前軍馬にむかって『お前はデカくていいな……』って言ってたの聞いたわよ?」


「はあぁ!?お、おま、聞いてたのかよ!」


ミアの言葉に驚愕の表情を浮かべるジェイク。ミアはそんなジェイクを見て、しまったと小さく呟き焦りだす。


「ま、まぁそんなこと忘れましょ!ね?」


「おい、しらばっくれるな」


冷や汗をかくミアに問い詰めるジェイク。重なる追及に開き直るようにミアは目を吊り上げる。


「もー、うるさいわね!しつこい男は嫌われるわよ。だからフラれるのよ。」


「……お前それどこで聞きやがった」


「……あれあんなところに人だかりが!行ってみましょ!」


「おい」


ミアはジェイクから逃げ出すように走り、その場から抜け出していく。そして、不自然に出来た人ごみへと向かっていった。ジェイクはそんなミアを恨めし気に見つめ、怨嗟の声を上げていた。ユレンは、そんなジェイクを見て沈んでいた気持ちが少しずつ晴れていくのを感じた。


「仲、いいですね。二人はどういった……」


「ん?……あぁ、士官学校からの同期で成績も同じくらいだった、それでよく一緒にいたら配属先まで……って感じさ。笑えるだろ?」


「いえそんな……ただ、信頼しあえるってことは、戦場で背中を預けられるってことですよね?その安心は、とても大きいと思います」


「信頼って……まぁそうなのかもな。あんなやつだけどお前のことも、気にしてたりすんだわ。……ユレンもそういうやつと出会えるといいな。案外意外なやつと長い付き合いになるもんだ」


「くはは、ということはミアさんはジェイクさんにとっては意外だったんですね」


「ま、そういうこったな」


笑いあう二人、言い合える仲だからこその、その堅い二人の信頼が、ユレンにはしっかりと見えていた。


「—————ちょっとみんな来て!」


離れ人ごみの中にいたミアが鋭い声をあげる。その声に反応し、ユレンたちは急ぎ人ごみに近づいていった。


近づいていくと一人の村人にその人だかりは集まっているようだった。ミアはその男性の隣で、何故か気まずそうな顔をしていた。


「何があった」


ランドンはミアを見つけ、声をかける。


「実は——————」


「おお、こっちも軍人さんか?聞いてくれ!」


どこか怯えたようすのその男性は、ランドンたちを見つけると顔を青くしながら話し出した。


「実は今日山菜取りに森の奥へ入っていったら……そこかしこに戦いの跡があったんだ!血だまりや食い荒らされた死体だらけで、ありゃ強い魔物が村の近くに住み着いたかもしれねぇ!」


「戦闘跡……。それは、大変ですね」


慌てる男性の話を聞くランドン。しかし、何か思い当たる節があるのか、顔を真っ青にしているユレンに視線を向けていた。


ランドンは表情を変えることなく目を閉じ、小さく息を吐く。


「……そこにあなたは近づいたか?」


「いや、俺は怖くてすぐ帰ってきたが、この話を聞いた若いやつらは残った死体を漁りにいったかもしれない……」


「……なるほど。戦闘跡があるのは心あたりがある、安心してくれ。……ただ、残った死体を狙って魔物が集まるかもしれない。念のため確認して来るが、一応今日の夜は外出を控えてくれ」


「わ、わかりました。ありがとうございます!」


ランドンはさっそく森へ向かおうと、感謝を述べる村人たちからはなれていく。その後ろをジェイクたちは慌てて追いかける。

村人たちからの距離が広がった頃、ランドンはその冷たい視線をゆっくりとユレンへ向けた。


「全く、最初っから世話がやけるな。……まぁ、戦闘跡のことは気にするな。命がかかっていて、周りに気を配るのは無理だ」


ランドンの言葉を聞いてジェイクとミアも苦笑を浮かべていた。


「命を大事に、だよ。幸い怪我人は出てないだろうし、死体はほとんど食い漁られてたらしいからアンデット化の恐れはほとんどないと思う」


「まぁ魔物が血臭によって集まるかもしれないのは事実だけどな」


「……すみません」


昨晩の戦闘でボロボロだったユレンに死体や戦闘跡を処理をすることは難しかったとは言え、村人たちを不安にさせてしまったことを、ユレンは自分を強く責めるのであった。


「ユレン、そんな落ち込むなよ。話を聞く限り、漁りに行った人たちも結構いたっぽいし、もう死体も残ってないさ」


「魔物の死体漁れて、その人たちも喜んでるよ。まぁ反省もしてるようだし……ね?そう思いますよね隊長」


慰めるように声をかけるジェイクとミアであったが、情けない自分が浮き彫りになり、自分のなんとなさけないことか。


「……自分のミスは自分で片づけろ。そうすれば悔いも減る」


「……そうさせてください」


ランドンの言葉に顔をあげ、ユレンは一足先に、森の方へ行こうとする。しかし、行こうとするユレンの隣をランドンたちは歩いた。


「部下のミスは上司の責任だ」


「ユレンくん強さがどんなものか気になりますしね!」


「お前は馬の世話と飯の準備してろ!ユレン、俺が行く」


「皆さん……ありがとうございますっ!」


さりげなく隣に並んだランドンたちを見てどこか気持ちが楽になる。ミスをするをするのが人間であり、それを無くすのはどんな人間でも難しい。だからこそ人は群れ、互いに支え合うのだ。

そうやって人は成長してきた。


「日が暮れる前に確認し、飯にするぞ」


そう言ってランドンたちは、橙に染まる森へと足を進めていった

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