第3話 バラガキ -真安-

 邑外れの寺の息子、真安は有名なバラガキだった。

 神社を崇拝するこの邑では寺の立場は狭い。

 檀家もなく、人影もない寂しい邑外れで黙々と読経を読むだけの和尚。

 当然、邑人からの扱いも粗雑。

 とくに子供は残酷な生き物である。

 異類の民を見つければ、総立ちで排除にかかる。

 真安の立場は子供連中の中では下位に敷かれるハズだった。

 そう、普通ならば。

 真安は幼い頃から破天荒で無茶苦茶で、とんでもない悪タレ坊主であった。

 ある日、邑の子供達の間でも喧嘩自慢で有名な子供が、ふと真安にちょっかいを出した。

 真安は自分より年上のその子供を完膚なきまでに叩きのめし、ぶちのめし、蹴り倒し、子供が泣いて謝るところを捕まえておいた猪の背に縛り上げ、両者揃って切り立った崖下に突き落とした。

 かと思えば、怒鳴り込んできたその子供の親に対して和尚顔負けの説法をぶちかまし、しまいには親が自分の人生について悩み出し、首をつりかねる騒ぎにもなった。

 特に真安を目の敵にしていたのは同じ年の邑長の長男、田吾作だったが、これも難癖をつけてきた田吾作達に、尻尾に火をつけた馬をけしかけ全治10日間の怪我を負わせた。

 他にも柿泥棒、罠作り、覗き等々 真安の活躍は目を覆うばかりである。

 邑の中でも「真安を見たら子供と大切なものを隠せ」とまで言われるほど悪名たかいクソ餓鬼であった。

 しかし、意外と一部のいじめっこ以外の子供には受けがよく、邑のまわりの森に子供達を連れ出しては、遊んでやるという面倒見の良い部分もある。

 もっとも中には真安が無理やり引っ張ってきた子供もいたのだが……。

 その中の一人、上月は今はとまどったように「かごめかごめ」の輪の中心にいた。


(何故……?)


 ぐるぐると自分のまわりを廻る子供の気配を目隠しをしながら感じながら、上月は疑問符でいっぱいの頭でつぶやいた。

 あの一件…袴めくり…以来、真安はやたらと上月の前に姿を現すようになった。

 それも省吾の目の無い時間を狙ったようにやってくるのだ。

 やれ、「栗を拾いに行く」だの「小川に笹船を流しに行く」だの、「うりぼうが産 まれたから見に行く」だの……。

 そして上月が勤めがあるからといって断ると、きまって馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


(お供がいないと怖くて道を歩けないんだろう。

 巫女がこれでは仕えている蛇神もたいしたことねぇなぁ)


 上月も血の気の多い性格である。

 こうまで言われると売り言葉に買い言葉、ついつい毎回兆発にのってしまう自分が悔しい。

 それを了解と受け取るのか、真安はそれを聞くなり上月を肩に担いで神社を抜け出してしまう。

 どうやって大人に知られずに上月のところまでこられるのかは不思議だが、すんなりと抜け出せてしまうのはもっと不思議だ。

 一度は狐狸の類では、と思ったものだが真安は経文をすらすらとそらで完璧に読み上げることもできた。これは妖怪変化の類ではないらしい。

 その真安とえいば、こういった遊びはお気に召さないと見えて、今は傍に生えている木の上にのんびりと寝そべっている。

 口にくわえた草笛からぴーぴーと気のない音が流れていた。


「うしろのしょうめんだ~あ~れ?」


 歌が終わり、子供達が上月の答えを待っている。

 くすくすと忍び笑いをたてながら。


(この時間がずっと続けばいいのに……)


 上月がそう思いながら頭に浮かんだ名前を呼ぼうとしたとき、ふいに頭の中に邑外れの様子が浮かんだ。

 修験の僧2人が山を越えて邑にやってくる。

 しかも「遠見」が不得意な上月にも感じられる程の、法力の持ち主。

 何事……と上月が思った瞬間、何かが木の上から飛び降りた音がした。

 驚いた上月は思わず顔をあげてしまう。

 子供達から非難の声が音の主・真安に集中した。

 いつもなら笑ってごまかす真安が、いやに真剣な顔で言った。


「遊びは終わりだ。

 邑に帰るぞ」


 ひときわ大きな声があがる。

 しかし、真安が帰るといったら絶対である。

 真安なしでは森から邑に帰ることはできないのだ。

 しゃがみこんだままの上月の腕を真安は乱暴に引く。

 そのまま、引きずるように上月をつれて歩く真安の後ろを、子供達は慌てて追いかけた。

 結局、邑に戻り寺に帰るまで、真安はそれきり一言も喋らなかった。

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