第2話 上月と真安 -最低の出会い-


「早いものですねぇ。

 上月様ももう八つですよ」


 上月の傍らを歩く傍用人、修吾は感慨深そうに頷いた。

 そういう修吾は今年で三十。

 上月が産まれたときから仕えている使用人で、1番上月の面倒を見てきた男だ。

 がっしりとした体躯に、それにそぐわないつぶらな黒目がちな目を持つ。

 優しいのだが頑固なことが玉にキズで、そのせいか未だに独身。

 修吾曰く「上月様が神下ろしなさるまではワシが上月様をお守りします」とい う理由で結婚しないのだという。

 いい奴なのだが、こういうことを力いっぱい本人の前で力説するのが困り者である。

 上月は密かにこの男が結婚できない理由は、この辺りにあるのではないかと思っているのだが。


「修吾、そう大きな声で言うな。

 邑の者が見ているではないか」


 まだ八つだと言うのに上月の話し方はなかなか堂にいっていた。

 三年前に小川の端でベソをかいていた女児とは別人のようだ。


「なに、皆が見ているのは尊い上月様のご尊顔を拝見したいからです」


 胸を張って言う修吾に、上月は歳に会わない苦笑をもらした。

 もうすぐ収穫の頃。

 上月は修吾を伴って邑の田の具合を見てまわっていた。

 金色を成す稲穂の群れはいっせいに重たげに頭を垂れ、今年の豊穣を誇らしげに示している。田の世話をする邑人も嬉しそうに笑顔を見せ、通りがかる上月に頭を下げた。辺りを走り回っていた子供の頭を押さえつけてお辞儀をさせている親もいる。最初は嫌そうな顔をしていた子供も、上月の顔を見ると慌てて自分から頭を下げた。

 上月は尊い存在なのだ。


「上月様、お疲れですか?」


 その様子を眺めていた上月に修吾は気遣わしげな声をかける。


「ん……。そうだな、少し疲れたか」


 別に疲れてはいなかったのだが、せっかくの修吾の心遣いだ。

 無駄にすることもあるまいと思い、上月は休みをとるために少し小高くなっている場所に生えている木の傍らに寄った。

 修吾は水を調達してくると言って、田の邑人の元へ走っていった。


 1本の大木が茂る丘。

 そこからは邑を一望することがでた。

 頬をなでる風が心地よい。

 肩まで伸びた黒髪が風にさらわれてさやさやと鳴る。

 そして、ふくらはぎの辺りを遠りすぎる風も心地よく……。


(……ふくらはぎ?)


 上月が着ているのはいつもの巫女装束である。

 純白の上衣に深紅の袴。

 邑の娘達とは異なり、上月の肌は常に布地に覆われている。

 ふと上月が視線を落とすと、


「なんだ、色気のねえモンはいてるな」


 堂々と、自分の袴をたくしあげてその中を覗きこみながら偉そうに感想を述べる一人の男児。


「あ!お前はボロ寺のクソ餓鬼!」


 戻ってきた修吾の怒声が響く。

 歳の頃なら上月より2,3上か。

 汚らしい着物から擦り傷だらけの手足を覗かせ、にやりと犬歯が見えるほど 口を上げて笑った少年の顔面を上月は無言で踏みつけた。


 上月八歳。

 真安十歳。

 最悪な出会いであった。

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