第3話

 3:


 何をしているのか、一瞬、目の前で起こったことを疑ってしまった。


 この子は何をしているの? と――


 背中を見せたヴィヴァリーへ希美が組み付くと、吸血鬼ヴィヴァリーの首に噛み付いた。


「貴様、やはり裏切ったか!」


 振り払おうと暴れるヴィヴァリー。だが希美は彼女の背中にしがみついたまま、離れない。――吸血鬼が吸血鬼の血を吸っている。


 ヴィヴァリーがその場に転倒した。足が無くなっていた。足の先から手の先から、ヴィヴァリーが塵となって消えていく。もうすでに、腕も脚も消えうせていた。


「エリザ、ベート……さま……」


 暗い倉庫内でそんな呟きを一瞬だけ小さく反響させ、存在の余韻も残さず消えるヴィヴァリー。


 ヴィヴァリーが消滅し、馬乗りになってうずくまるような形をしていた希美がゆっくり起き上がった。


「あなた、なんて事を……」


「お姉ちゃんにとっては敵だったでしょ? 何を言ってるの?」


「あなたこそ……」


 言葉を失った。あなたこそ、の続きを思いつくことができなかった。


 混乱しそうになる。ヴィヴァリーは敵だった、敵がいなくなって、だがそれを倒してしまったのは自分ではなく、ヴィヴァリーの仲間だった希美で、希美は敵で、なんで突然同士討ちをしたのか?


「お姉ちゃんには都合が良かったことのはずよ。それから……取引をしない? お姉ちゃん」


 取引?


「……何を?」

「私を逃がすの」

「できるわけないでしょ」


「でも、そうすることでヴァンパイアハンターとしては得策のはずよ」

「どうして?」


 答えながら、頭の中で落ち着けと警鐘が鳴っている。


 冷静に状況を把握しろ。希美の狙いそれがなのか。状況を受け入れろ、事実から次のステップを予測しろ。流れに惑わされるな。飲まれるな。落ち着け。


 たとえ妹だったモノが、誰かを殺したのを目の当たりにしても――


 深呼吸を、二回。


 心の中で、私は落ち着いたと思いつける。


「あなたは何を狙っているの? そしてそれをする理由は? そしてそれに乗ることで、どうして私に得が出るのかしら?」


「いいわ、話しましょう」


 たった今、ヴィヴァリーが消え去った下で、希美が腕を組んで説明し始めた。


「私は生き抜きたい。死にたくない。でも、エリザベートが邪魔なの。私を逃がせば、私はエリザベートのところへ逃げざるを得ない……だから、私を逃がしてそこの人狼に追跡させれば、エリザベートのいる場所を突き止める事ができるわ」


 分析。希美はここで死にたくない。逃がせばエリザベートの居場所が分かり、大物の吸血鬼の下へいける――しかも、私たちをこんな風にした相手でもある――もしここで希美を倒せば、エリザベートの居所が分からないまま、逃がしてしまうことになるだろう。


「つまり、私を利用して邪魔な自分の主を倒してしまおうと?」

「ええ、そうよ」

「そこまで落ちたの? いいえ、もう吸血鬼だったわね」

「その通りよ」


 希美がにべもなく頷いた。


「もしここでこの機会を失ったら、エリザベートはどこかへ雲隠れしてしまうわね。お姉ちゃんは妹の皮をかぶった吸血鬼を倒して、晴々とするでしょうけど、それはヴァンパイアハンターとしてどうかしら?」


 三百年以上も逃げ延びた大物の吸血鬼を討伐する絶好の機会。


 希美が文字通り、不敵な笑みを浮かべて答えを待っていた。


「…………」


 答えは――

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