第8話

 8:


 この場で一番先に動いたのは人狼だった。


 ヴィヴァリーの間近にまで迫ると、細かいステップを踏んで――こちらにやってきた。


「えっ!」


 しまったと、この瞬間に驚く。


 自分と姉、ヴィヴァリーと人狼。対する相手をお互いに決めていたわけではない。


「こっちだ!」


 あさっての方向から声が。


 フィルコとドロテナを倒したフランケンシュタインの子供が、現れるなりヴィヴァリーへ踊りかかった。


 状況を追いつかせないほど早い戦術展開。


 この場の状況――勢いを即座に持っていかれた。


 手に持っていた剣に人狼が噛み付き、その牙でがっちりと咥え、さらに覆いかぶさるように押し込んできた。


「フラン! こっちに持ってこないで!」


 姉の声――フランケンシュタインの子供へ命令。


 見れば、ヴィヴァリーと自分に距離が開いている。即座に伏兵を出されて分断された。


 リーダーである姉が前へ出て注意を引き付け、あえて戦闘態勢を取って囮に、本命はあのフランというフランケンシュタインの子供と、この人狼――


 べきん!


 剣が折れた音。


(やっぱり向こうのほうが何枚も上手だなんて、こうもあっさり)


 折れた剣の刃を吐き捨てた人狼。


 玉枝の素早い指示。


「摩子! フランの方へ!」


 耳に入るや否や、即座に人狼が向こうの加勢に飛び掛って行った。


 ここで気づく。


(お姉ちゃんは私を敵戦力として見なしていない?)


 考えればそうだった。私とヴィヴァリーのどちらが強いかと見れば、当然ヴィヴァリーのほうが強い。ならば戦力を強い方へ集中させるは尚の事。


「希美!」


 呼ばれて姉を見る。銃口をこちらへ向けていた。近づいてくる。


 とっさにスカートの中からこちらも銃を取り出す。吸血鬼だからといって、銃器を使わないわけではない。


 足元で火花が跳ねた。


 向けようとした銃の手を止めてしまう。


 さらに二度、動くなとばかりに姉が撃った銃弾が地面を跳ねた。


「……撃てるの……お姉ちゃん」


 これだ、これを待っていた――


 バンッ!


 顔のすぐ横を、銃弾が通り過ぎた。


「……撃てるわよ」


 姉が撃ってきた銃弾。銃口からは硝煙が小さくなびいていた。


「馬鹿にしないで。私は……あなたを撃てるわ!」


 嘘だ。わかってる。


「撃ってみせるわ!」


 そう、この時を待っていた。


 もう四発も撃って、私に一発も当たってない。


 声が震えている。銃口が定まっていない。しかし顔だけはポーカーフェイスを薄っぺらく貫いている。


 無理してるよね? いくら覚悟を決めてもできないのよね? ここまで戦術を練って即座に畳み掛けてきて……それでも姉はできない。


 だって思い出させたのだから――私たちがこうなってしまったきっかけを。

 この時のために夕方の催眠術で思い出を呼び起こしたのだから。

 この姉ならば私を殺す機会が迫ったところで、


 必ず躊躇う!


 この数瞬間を布石として用意した。


 数秒でも一瞬でも、自分が生き延びるために!


「お姉ちゃん!」

「希美!」


 突如、突風が吹き荒れた。

 姉と二人そろって身体を吹き飛ばされる。



 発生源の方向を見れば、中空に蝙蝠のような翼を広げたヴィヴァリーが叫んでいた。


「こざかしいわ!」


 ヴィヴァリーが両手から、視界が歪むような気圧をうみ、生じた衝撃波をフランと摩子へ叩きつける。


 摩子は吹き飛ばされたが、フランはぎりぎりで衝撃波を回避し、再度ヴィヴァリーへ飛び掛るように組み付く。


「はっ!」


 掌から作り出した衝撃波を放つヴィヴァリー。フランが体をひねって回避するも、残った腕が歪んでねじれ折れる。


 体勢を直した摩子がすばやくヴィヴァリーの背中へ飛びつく。


「邪魔だ!」


 ヴィヴァリーが毛皮を引っつかんで摩子を地面へ投げ落とす。肩に噛み付かれていたが、かまわず引き剥がしたため、牙に肩口が引き裂かれ血しぶきが上がった。


 突然、摩子を投げて突き出していたヴィヴァリーの腕が切断される。わずかにひらめいたのは鋼の糸。


「人形ごときが……」


 宙に翼を広げているヴィヴァリーが、下方にいるフランを見て歯噛みする。


 ぐしゃぐしゃになった腕を下げてフランは、もう片方の腕の手首から細長い鋼の糸を――鋼線を巻き戻しているところだった。


「私の腕をよくもっ!」


 ヴィヴァリーが叫ぶと同時に、フランが地面へ突っ伏した――頭上から襲ってきた衝撃波に倒れる。


 ヴィヴァリーの蝙蝠のような翼が引きちぎられた。


 再度肉薄してきた摩子が、瞬時の勢いで翼を噛み千切ったのだ。


 摩子がステップを踏んで、ヴィヴァリーの回し蹴りと衝撃波の追撃をかわして離れていく――。


 ヴィヴァリーが地面に着地し、毒づく。


「くそっ」


 地面へ激しく打ち付けられたフランが、背中を盛り上がらせて六対の鎌を出すと、昆虫のように地面へ突き立てて体を起き上がらせた。見れば、片脚がへし折れている。出血は無い。


「やってくれるじゃないか!」

 喉が裂けんばかりにヴィヴァリーが叫んだ。



 戦闘力だけじゃない。


 戦術展開への瞬発力。裏をかいた戦闘方法。誰から教わったのかは分からないが、吸血鬼の心理動向を読み、一気に押し込んでくる。


 他のハンターとの戦力の違いは分からないが、姉たちはヴィヴァリーよりも強い。


 だがしかし――


「いつまでそうしているの? お姉ちゃん」


 横にいたその指揮官――姉を見る。銃口を向けて、固まっていた。


 もう分かっている。姉は私を撃てないのだと。


 最初に撃てないのならばもう撃てない。葛藤しているのだ。今ここで、この状況で。


 私の――目的への、たった一つの抜け道――それは姉が私を撃つ覚悟を持てない事だ。



 初めは決心を固めていたのだろう。だけれども、その決心を夕方に揺らがせた。


 このために催眠術で操り、昔を思い出させ、もし私たちがこんな関係にならなかった時の日常を思い描かせた。


 戦いで負けても、賭けには勝った。


 動くなら今!


 手に残っていた折れた剣の柄を下方から、姉へ投げる。


 突然の事に珠枝は驚き、銃口を上へ向けた。その瞬間に飛ぶように離れる。


 建物の出口のそばへ。


「ヴィヴァリー!」


 こっちだと顎でしゃくって伝える。ヴィヴァリーは切り落とされた腕を押さえて、低い姿勢でこっちに。途中、フランの鎌に襲われるも、紙一重でかわしてやってくる。


「……引かねばならんか」


 よほど屈辱なのだろう。犬歯をむき出しにしているヴィヴァリーへ、短く答える。


「そうね」


 ヴィヴァリーを倉庫の出口へ促し、先に行かせた所で――


 ――今だ!


 私はヴィヴァリーの背中から、彼女の首へ噛み付いた。

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