第5話

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「おかえり。遅かったね」


 摩子と一緒に部屋の中で待っていたフランが声をかけたが、珠枝は早足で中へ入っていく。


「そんなに怒ってるのかい?」

「違うわ」


 珠枝はきっぱりと、つき返すような口調だった。


 フランが目の前にいるにも関わらず、珠枝は鞄を放り投げ、一気に制服を脱ぎ捨てて下着姿になる。脇には小型拳銃が収まったホルスターがあった。


 クローゼットを開き、上下が一体になった黒いボディースーツを取り出す。


「あなたたちはここにいて」


 強い口調で言う珠枝に、フランが察した。


「……そっちも、何か仕掛けられたのかな?」

「ええそうよ」


 背後にいるフランへ視線も向けず、珠枝がボディスーツを脚から着付けていく。


「珠枝」


 ボディースーツを腰まで着たところで、張りつめたフランの声に珠枝は振り向いた。


 フランの表情――冷たいまなざしに、珠枝が固まる。


「ひょっとして、妹さんに会ったのかい?」

「よく分かったわね」

「勘ってやつかな?」

「人形が勘で物を言うなんて悪趣味ね」


 一度は止めつつも、珠枝は再び手を動かし、脇に付けていたホルスターを外す。これも床へ投げ捨てる。ごとんと重たく、床が鳴った。


「珠枝」


 フランが腕を掴んできた。珠枝はそれを振り払う。


「命令よ、あなたたちは私が戻ってくるまでここにいなさい」


「その命令は聞けない」


 フランはきっぱりと。


「君は確かに僕の司令塔だけど、僕が命令を聞くかどうかは君の師に委ねられている。君の師は僕に、自分が聞きたいと望んだときだけ、珠枝の命令を聞けと言われている……だから今の君の命令は聞けない」


「まったく意地が悪いわね。こういう時だけ人形らしい、無頓着さを出して」


 下半身にボディスーツを中途半端に着けたまま……半裸のままで珠枝が苛立たしく言い返した。


 それでもフランは、冷たい視線……悲しい表情のままで、頑なに言い返す。


「忘れないで欲しい、僕たちは君の武器なんだ。君は本来は僕たちを操って、僕らに命令を下してヴァンパイアを狩るんだ。なのに、君が戦うなんておかしいんだ。ましてや、たった一人で戦わせて僕たちには留守番だなんて……僕たちが君の戦うための道具なんだよ」


「だったら! 道具は道具らしく反論しないで――」


 パンッ!


 乾いた音が部屋の中で弾けた。


 珠枝がフランに叩かれた頬を押さえて呆ける。


「…………」

「落ち着いたかな?」


 数秒待ってから、フランが口を開いた。


「僕は珠枝がヴァンパイアハンターになる前の事なんて知らない。君が話してくれた事しか知らない。妹さんの事もまったく知らない。でも、少なくとも……今の君を一人で行かせるなんて事だけは、できないよ」


「…………」


 しんと室内が静まり返り、重苦しい空気が、珠枝とフラン、遠巻きに見ていた摩子までも静止させる。


「……なんで?」


 うつむいたままの珠枝が、ぽつりと。


「なんで、今私をぶったの?」


「君の師が、こんな時には一発入れておけと、言っていた」


「…………」


 力無く珠枝は両手を下ろし――


「そう……」


 一度だけため息か深呼吸か分からない息を吐いた。


 数秒間の沈黙をはさんで、珠枝は顔を上げた。


「フラン、相手は私だけが来る事を要求してきた。だけどそれを聞く義理は無いわ。あなたは現場で隠れて待機してて、自分の判断で入ってきてもかまわないから、最初だけは隠れてて。私は摩子を連れて行くわ」


「了解」


 フランが元の柔和な表情に戻る。


 落ち着いた手つきで珠枝はボディースーツを着込み、銀刀、聖水、銃器の確認を始めた。

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