第3話

 3:


 数日前に仕事から帰ってきたお父さんは、様子がおかしかった。


 幼い頃からスポーツ少年だった父が、風邪をこじらせてからどんどん顔から表情を失っていき、次第に生気が薄れたような顔つきになった。


 そしてお母さんにその風邪が移った。


 お母さんもお父さんのように、持ち前ののんびりとした空気がなくなって、ただ動くだけの人形のように……。



 その日、深夜に本を読んでいた私。隣の部屋、希美の部屋からひとつ大きな音がして、そして取っ組み合うような音が断続し、希美の私を呼ぶ声が聞こえてきた。


 泥棒かと思った。


 自分の部屋を出て、開けっ放しになっている希美の部屋へ入る。


 希美の部屋では、

 お父さんとお母さんが、希美の首筋に噛み付いていた――。


 その光景に声も出なかった。


 私がまだ起きていたから、その代わりに希美が襲われた。実の父と母に。


 ――ちがう、この二人は誰? 希美の首に、肩に大口を開けて噛み付いて、血をすすっているこの二人は両親じゃない。違うモノだ。そうとしか思えない。


 気がつけば足に力が入らなくなって、その場にへたり込んでしまっていた。


 意識を失った希美が、お父さんお母さんから開放されてベッドに倒れる。両親の姿をした……希美を襲った化け物がこちらを向く。


 動けない。


 足に腰に力が入らない。尻を引きずって後退し、希美の部屋から廊下へ出る。背中と頭が壁にぶつかって、四つん這いになって階段へ向かった。真っ暗な階段で、転がって一階へ落ちる。


 打ち身の体を引きずるようにしていると、父と母の姿をした化け物が向かってきた。口元に希美の血を残しながら。


 逃げなければならない、どこへ? ここは私たちの家なのに、どこへ逃げればいいの? 警察? お父さんお母さんを警察へ突き出すの? これは何? 何なの?


 目の前で起こった事が何なのか分からない、恐怖が体中を震え上がらせている。逃げる? どこへ? 助けを? 誰かに助けを――どこに?


 頭の中で疑問と恐怖が暴れまわり混乱し、ただ喘ぐしかなかった。

 


 私は助かった。


 ヴァンパイアハンターである『師』が現れ、私はすんでのところでヴァンパイアにならずに済んだ。


 屍奴隷(グール)となって、ヴァンパイアの下僕にされていたお父さんは『師』に倒され、お母さんは希美をつれて、どこかへ行ってしまった。


 私はそれから、ヴァンパイアハンター組織〈シルバニアン〉に保護され、両親がどうしてあんな事をしたのかを、そうして教えてもらった。この近辺にやってきたヴァンパイアによる仕業だと。


 たった一晩で、お父さんお母さん、妹の希美を失った。私が小学六年生の頃で、希美はまだ五年生だった時――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る