第2話

 2:


 巳代広樹、父の名前。母の名前は香奈枝と言う。


 姉の私と妹の希美で四人家族だった。


 私たちを名づけたのはお父さん。私が珠枝で妹が希美、母が香奈枝――名前をつなげると『のぞみ・かなえ・たまえ』、お父さんが入って『ひろき・のぞみ・かなえ・たまえ』になる。


 初めは私が生まれた時に、お母さんの一文字をもらって珠枝と名づけられただけだったが、二人目の女の子が生まれた時、お父さんは私たちの名前の関係に閃いて、妹に希美という名前をつけた。



「あなた、またそんな変なもの選んで……」


 妹の希美が選んだアイスは『クラッカーモンブランアイス』だった。アイスの中に小さめの栗がごろっと入ったアイスに、細かく砕いたクラッカーが乗っている。


「あなたは本当に目新しいものが好きねえ」


 希美は目新しいもの珍しいもの、ちょっと変なものをあえて選んでしまう悪癖があった。アイスを食べるにはおいしい季節はまだ少し先。にもかかわらず、希美はアイスが食べたい何これ面白そうと、よりにもよってこんなアイスを選んだのだった。ほかにもメニューにはクレープなどもあったのだが……。


「毎回同じものしか選ばないお姉ちゃんこそ、よく飽きないよね?」


 私が選んだのはチョコチチップミント。それがなければソーダ系などの氷菓子をいつも選んでいる。


 販売している車から離れて、希美は早速クラッカーとモンブランを混ぜたアイスへぱくついた。


「おいしい?」

「うーん、バニラアイスの中に栗がころころ、クラッカーがちょっと痛い」

「……おいしくないのね」

「味は悪くないよ、食感が微妙」


 それはおいしくないという部類に入るのでは? と思ったが、楽しげに新しいものを選ぶ妹を眺める事にした。


「そっちもちょっとちょうだい」

「だーめ」


 来ると思った。希美から持っているチョコチップミントを遠ざける。


「けちなんだから」

「何でも欲しがりすぎなの、あなたは」


 ぴしゃりと言ったつもりだったが、希美は不満な顔をしただけだった。叱っているはずなのだが、妹は反省の色を持ってくれない。


「お姉ちゃん本当にミント系とかすっきりした味が好きだよね」

「悪いのかしら?」

「うん悪い」

「どうして悪いのよ?」


「だって大人っぽいものばっかり好むから、私がまるで子供みたいじゃない。年いっこしか違わないのに」


「それはあなたが、いつまでも子供っぽい事ばかりしてるからでしょ?」


「私は年相応にしてるもん。お姉ちゃんが大人ぶってるだけじゃん」


 一つ一つこの子の子供っぽいところを指摘しても、切りがないのは分かっている。


 アイスのはずなのによく噛んでる希美の横顔。子供っぽいところがいつまで経っても消えない。


「なにー?」

「……口の端っこ、付いてるわよ」

 


「なんでお姉ちゃんだけスタイル良いのかな? 姉妹なのにおかしいよね?」

「まずはソファーでごろごろする所をやめなさい」

「う……」


 帰り道にアイスを買わされ、食べながら帰り、もう夕日が落ちるところだった。


「いっつもソファーを陣取ってるでしょ?」

「…………」

「しかも、ソファーにはあなたの買ってきた本ばっかり。あれいい加減片付けてね」

「おねーちゃんだって読むでしょー?」

「読まないわよ」


 実はこっそり読んでたりする。


「あなたが散らかしたんだから、あなたが片付けておきなさいね」


 とうとうあさっての方向へ目を逸らした希美。


「聞いてるの?」

「お姉ちゃん、本当に小うるさい」

「希美がちゃんとしてくれたら、私も小うるさくならずに済むのよ」

「小姑の才能ばっちりだ」

「余計よそれは」


 本当に、しょうがない子だと辟易する。


 どうしてもっとしっかりしてくれないのだろう? これでも言うことはきちんと言い聞かせるつもりで言っているのだが、まだ甘やかしている所があるのだろうか?


 自分で言うのもなんだが、私は父親似で、希美は母親似なのだろう。


 お父さんは小さい頃からスポーツ少年だったらしく、今もすらりとした筋肉質体格だった。お母さんは少し暢気なところがある。妹は確実にお母さんの暢気さを受け継いだのかもしれない。


 希美がいつもソファーで寝転がる癖は、お父さんとも頭を悩ませている。この子のせいでいつも座れないのだ。


 近いうちに、いい加減お父さんと一緒にがつんと言ってやらなければ。


 お母さんはきっと「別に良いんじゃないの?」と入ってきそうだから、お母さんにも事前に言っておこうか。


「ねえ、お姉ちゃん?」

「なぁに?」


 一緒に帰り道を歩く妹が、少しばかり口ごもってから言ってくる。


「いつかさ、私たちは、その」

「言ってみなさい」

「……いつも上から言ってくるよね?」

「姉だもの、それが言いたいこと?」

「ちがうよ、えと……ね」

「うん?」


「お姉ちゃんもいつか、誰かを好きになって、付き合ったりして、私が好きになった人とは全く違う人と一緒になって……お嫁に行ったりして、別れ別れになっちゃうんだよね。いつか」


「…………」


「わかる?」


 もう、私たちは今年で十七と十六になる。早い人ではもう誰かと恋人同士になっている人だっている。私たちも、五年先か十年先か……少なくとも。


「そうね、そうなるんでしょうね」


「お姉ちゃんが好きになる人って、どんな人なんだろうね?」


 少なくとも、私はまだ恋をした事がない。誰かに恋焦がれてその人だけしか考えられなくなるらしいが、そんなことになった事は一度もなかった。


「私は小姑のセンスがあるみたいだから、それは希美の方が早いんじゃないかしら?」


「根に持ったし」


 希美へ悪戯っぽく、肩をすくめて見せる。


「希美のほうが可愛いんだから、そういう方面はきっとあなたの方が早いわよ。きっと。先に叶うわよ」


 恋愛関係は希美の方が早い。理由は上手く口に出せないが、たぶんそうだろうと思っている。


「お姉ちゃん」

「なぁに?」

「もう、戻れないよ」

「何が?」


「お姉ちゃんが、私の好きな人を殺したんだから」


 目の前の全てが静止して――固まった。

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