第5話

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「君たち、ちょっと時間いいかな?」


 明るめのスーツを着た若い男性に呼び止められ、足を止めてしまう。


「何でしょうか?」


 返事をしたのは奈緒代だった。静香も桃絵も理李も足を止める。その若い男性は校門を出たばかりの自分たちに寄ってきて、スーツの内側から写真を出してきた。


「この学校の一年生で名前は高行一騎。俺の弟なんだけど、知らないかな? ああ、私の名前は高行和人。怪しいものじゃないんだ、この学校の生徒の保護者だから」


 入学式に撮ったのだろう、スーツの男性本人と高行一騎が並んで校門に立っている写真だった。


 奈緒代が隣にいた静香と目を合わせ、一緒に首をかしげる。桃絵と理李も「知ってる?」「いや知らん」と小声で話す。


 奈緒代が男性へ。


「私たちは二年ですから、一年生の方はちょっと疎くて……申し訳ありません」


「そうなのか、もし見かけたら学校へ連絡してでも教えて欲しいんだ。家に帰ってこなくなってしまっててね。心配なんだ」


「まあ、そうなんですか。それは大変そうで、見かけましたら助力いたします」


「ありがとう。そこの君も、見たことないかな?」


「巳代さんどうですか?」


 こちらに写真を向けてくる。見覚えのあるこの顔――


「分からないわ、ごめんなさい」


 不意に頭を伏せて写真から目を逸らしてしまう。少しだけ頭を揺らして否定の意と誤魔化した。


「そうか……それと、これは名前だけしか知らないんだが、生徒会の役員をやっている人の名前とか、教えてもらえないかな? こいつも生徒会に入ってたから、何か知ってるかもしれないんだ」


 返答役を受けた奈緒代が「それなら何人か知っています」と、覚えている限りの生徒会役員の名前を告げていく。和人という高行一騎の兄は、胸ポケットから手帳を取り出し、名前とその漢字から容姿までを細かく聞いていった。


「三日も連絡が取れなくてね、どーも引っかかるんだ……」


 眉間にしわを寄せて、ため息をつきながら手帳を眺める和人。


「弟さん、帰ってくるといいですね」


「あの馬鹿野郎。どこほっつき歩いているのか、変なことにまきこまれてなけりゃ――」


 考え込み始めたのか、和人はぶつぶつと声も小さくなって頭をかく。


「ああ、ありがとう。ほんと時間をありがとうね」


 手を軽く上げて和人は離れていき、また校門を出てきた男子生徒へ声をかけていく。


 聞き込み。というやつだった。


「何かの事件かな?」


 理李がぽつりと呟いた。「さあ?」と、あまり興味もない風に肩をすくめる桃絵。


「だってあの人なんだか探偵っぽいよね?」


 口調はすこし軽い様子だったが、男子生徒に聞き込みをしている和人の背中は、少しばかり余裕が無いような雰囲気だった。


「暗くなる前に帰りましょう」

「そうですね」


 奈緒代の声に静香が答えて、皆が歩き出す。

 四人の後ろ姿に続いて、帰路につく。


 一度だけ、ほんの数秒だけ、振り向いて聞き込みをしている和人を見た。


 和人という高行一騎の兄は、また校門から出てきた生徒へ話しかけて、手に持っていた写真を見せていた。


 高行一騎という男子は、もう二度と戻ってこない。


「珠ちゃん置いてくよ」


 理李から早々につけられたあだ名で呼ばれ、珠枝は四人の輪の中へ小走りに入っていった――

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