第4話

 4:


「永遠に生きていられるのに、君たちは何故成長をしないんだ」


 消え去って行く背後のフィルコへは目もくれず、フランはドロテナへ話しかけた。


 もう既に、他の屍奴隷たちはチェルシーとレイチェルに一掃されている。残ったのは吸血鬼であり魔術士のドロテナ一人。


「…………」


「もしかしたら、寿命で死ぬことが無くなってしまったからかも知れないね。君たちはいつも、自分たちが人間よりも上なんだと思っている……人間や他の生物を超越したと思っている。だからこれ以上成長を考えないのかもしれないのかな? 僕はヴァンパイアじゃないから分からないけど」


 ドロテナは黙って、フランが目の前までやってくるのを待った。


「とにかく、君たちはなぜかいつも人間の力を軽視して、自分たちの敗因を改めない……僕がヴァンパイアハンターでありながら、君たちヴァンパイアに劣るとなぜ思ったんだい? ハンターをやっているなら、それなりに君たちに脅威となる力を保有していると、なぜ思わなかったんだい?」


「…………」


 語るフランに、笑みは無く、人形のような無表情さに、憂いに陰る瞳があるだけだった。


「君たちヴァンパイアは、今のままで時間が止まってしまっている。自分達の手で、自分達の歩みを止めてしまっている。それ以下も無ければそれ以上もなく……ただそれだけの存在である事で、満足している……だから僕は君たちヴァンパイアを好きになれない。限られた命の中でも、喜びも得て、苦しみも悲しみも内包する人間達の方が、とても好きだ。そして我が父オリジナルフランケンシュタインは、人間に味方をするんだ」


 表情の無くなったフランが、ドロテナの目の前までやってきて歩みを止めた。


「君も、元は人間だったはずなのに……」


 フランの声はいつしか柔らかい声音を失い、まるで機械が丁寧にしゃべっているような、無機質なものになっていた。


 しんと、倉庫内が静まる。


 ドロテナが展開していた幻術も消え、多数の屍奴隷もフィルコの体も塵となって消えてなくなった。


 残ったのは、フランの背後で控えているチェルシーとレイチェルの二体の人形と、


 向かい合っているフランとドロテナだけだった。



 沈黙に耐えかねたのか、ドロテナが口を開いた。自分の首を差し出して。


「……やってちょうだい」


 フランが小首を傾げる。


「どうしてだい? 君たちの唯一の長所は、人間以上の生への執着じゃないか。自分から命を捨てるヴァンパイアは……」


 意外だったのか、フランは攻撃の意思を無くしてドロテナの返答を待った。


「あがいたところで、私は幻術と屍奴隷を操るぐらいしか能力を持ってないわ。どっちにしろ私に打つ手は無い……こうなることは、もう分かっていたのよ。いつか最後にはこうなるって、そう思ってたのよ。私は人間だった頃はただの奇術師だった」


 ドロテナが語りだす。


「エリザベートの暇つぶしに招かれ、気に入られてお抱えの身分になって、そこまでは良かった……だけど、エリザベートの残虐さに、私は逃げることも出来ないどころか、私は若い女から生き血を搾り出す片棒を担がされた……」


 いつの間にかドロテナは両手で自分の体を抱き締め、唇を噛んでいた。


「だって! そうしなきゃ私が拷問にかけられて! 遊び道具にされながら雑巾みたいに体液を搾り取られるのよ! 逆らえるわけないじゃない……助かるには上手く従うしかないじゃない。気が付けば本物の吸血鬼になって、それでもエリザベートに逆らえないまま、あの頃と変わらない事をもう三百年もやってる……私はただ身も蓋も無い手品で、小銭数えてる暮らしで十分だったのよ。それが相応だったのよ」


「それでもう死にたい? の?」


「寿命も老いも無くて、自分で命を絶とうにも吸血鬼の生命力で出来なくて、それで永遠にエリザベートの血絞りをさせられるくらいなら、もうって……さらにヴァンパイアハンターに追われるようになって、結局最後はこうなるんじゃないかって……そう思えて仕方が無くて、やっぱりそうなる時が来たのよ」


 ドロテナの声は震えていた。震えながら今まで何十年何百年と耐えていた涙が、ぼろぼろと、絶望した瞳から零れていく。


「永遠に命があったってこんなの地獄よ。本当は、私はもう終わりたかったの……やってちょうだい。もう終わりたい気持ちも分かるでしょ?」


 泣き崩れそうになっているドロテナは最後に残った人としての意地か、敵のフランをまっすぐに見る。


 フランは……。


「ごめんね。そこまで複雑なのは、まだよく分からないんだ」


 その言葉にドロテナは涙が止まって、破れたような表情に変わる。そして頭を数度ぐらつかせた。


「……そうね、あなた人形だったのよね」

「もういいかな?」

「ええ。もういいわ、本当に」


 後はもう、ドロテナもフランも何も言わず、


 ドロテナの差し出してきた首を、


 フランは鎌で刈り取った――

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