第3話

 3:


「こいつ本当ぉに、たった一人できやがったぜぇ」


 薄暗い倉庫の中で、下卑た声が良く響いた。


「俺たちをなぁめてやがるのか。それとも大馬ぁ鹿かあ?」


 スーツとネクタイの無いワイシャツ姿の金髪の青年――柔和な表情を保ったままのフランが、エリザベートの配下のフィルコへ返す。


「いいんだよ、これで」


 フランが肩に担ぐように持っている大きなトランクケース。大きな絵画でも収納できそうなサイズだ。


「こいつぁ本当に大馬鹿だぜ、ドロテナよお」


 エリザベートの配下、下男のフィルコが隣にいる女魔術師ドロテナに声をかける。


「愚かな。仲間をかばうことで命を落とすか」


 無数の金の腕輪や、ひと財産はありそうな宝石だらけの女魔術師が、腕を回し、呟くように言葉を唱え始めた。


 砂埃で汚れた倉庫の中に、禍々しい空気が流れ始め、呻き声を思わせる風の音が倉庫内を走りまわっていく。


「君たちが、一人で来いって使いを出したんじゃないか」


 倉庫内が異形の景色に変わって行く中、フランが手の中に納まっている蝙蝠の屍骸を地面へ放り投げた。


「僕はその要求に答えただけだよ……それに人間は、学生というものでいられる時間は少なくて、限られている。だから出来る限り、そう過ごしていて欲しいんだ」


 肩に担ぐように持っていたトランクケースを下ろし、フランは柔らかい声音でかつ、きっぱりと言う。


「僕は人間が好きなんだ」

 


 ドロテナが指を鳴らした。

 それを合図に、倉庫の隙間あちこちから屍奴隷たちが現れる。


 それらはまだ見かけは人間であったり、腐肉だらけでもう死体の形をわずかに残しているもの、犬猫カラスまたその屍骸、全部で三十弱ほどの数。


 フランがドロテナへ。


「あなたは『浅はか』ではないようですね」


 吸血鬼の女魔術師は顎に手を当ててフランを観察していた。


「ええ、まあ」


 特に否定することなく頷いたドロテナ。


「坊やあなた……人間じゃないのね?」


 フランを上から下へ、さらに手足とドロテナは刺すように眺めている。


「そのとおりだよ」


 フランが隠すことなく肯定した。


「僕はフラン・Q・シュタイン……オリジナルのフランケン・シュタインが作った子供。フランケンシリーズの一つさ」


 フランがドロテナとフィルコから視線を外し辺りを見回す。


 周囲は濃い黒紫煙のような風が流れ、背筋が寒気を覚える音がわんわんと反響している。


「ひょっとして、幻術でも使っているのかな?」


 顔のような形の黒紫の煙が、フランの目の前を通って行く、しかしフランにはまったく見えていない風だった。


 ドロテナが舌打ちをする。指先から炎を出してフランへ投げ込み彼を包むも、フランは避けもしなければ自身が燃える事も無く、炎はあっさりと消え去った。


「人形……」


 効果が無いにもかかわらずドロテナは、やや諦めがちに冷静な口調で呟いた。人間や生き物だからこそ効果のある幻術の攻撃。しかし相手が人間でないのでは、少し話が違う。


「僕には視覚聴覚触覚などの五感はあっても、痛覚が無いんだ。物に触れる感覚はあっても、自身への危険信号という痛み……一定以上の痛覚は感じられない、ついでに言うと、感情もまだ未熟みたいなんだ。他者に伝えるにはジェスチャーをはさまないと上手く伝わらない……よく苛立たせてしまうよ」


「じゃあ、幻術が効かなくて当然ね……フィルコ、この人形坊やは少し面倒くさいわよ」


「ほほう、それがこの兄ちゃんの余裕だったわけですかい」


 フランとドロテナの会話を聞いていたフィルコが、撫でていた顎から手を離して、両者の間に入った。状況の把握が出来たのか、もうふざけた態度は見えない。


 フィルコとドロテナが戦闘態勢に入る。


 ドロテナが手を振り上げると、周囲の屍奴隷たちがフランへ身構えた。


 フィルコが一度体を丸めたかと思えば、一瞬で全身が膨らみ、自身の質量を増やす。


 対するフランは、緩やかな表情を崩さないまま、持っていた大きなトランクケースを開けた。


「チェルシー、レイチェル。出てきなさい」


 トランクケースの中には膝を抱えて丸まっている、人形が二体納まっていた。



 チェルシーと呼ばれたピンクと白のフリルの人形、レイチェルと呼ばれた水色と白のフリルの人形――トランクケースから二体が起き上がる。


 慎重な姿勢を崩さないドロテナが皮肉気に、


「人形の人形使い、ね」

「自動人形さ、この子達に意思は無いけど、僕の武器の一つでもあるんだ」

「他にもあるのかしら?」


「もちろん。でなければ君たち吸血鬼と、戦えるわけが無いよ」


 張り詰めて行く空気。

 靴の裏が地面を擦る音と、屍奴隷たちの唸るような声。


「……始めようか」


 フランもドロテナのように手を挙げて、 両者が手を振り下ろすと同時に声を出した。


「お行き」「行きなさい」



 チェルシーとレイチェルへ屍奴隷たちが殺到し、折り重なるように屍奴隷の山が出来る。


 だが――


 破裂したような金属の擦れる音。


 ジャキンッ! ジャキン!


 チェルシーへ集まった屍奴隷たちは一瞬でばらばらとなり、レイチェルへ集まった屍奴隷たちはその場で静止した。


 チェルシーのフリルの隙間、胴手肩スカートのあらゆる場所から、大小形さまざまな鋭利な刃が現れている。


 またレイチェルの方では、チェルシーと同じような場所から無数の槍が屍奴隷たちを串刺しにしていた。


 カキッカキキ……ギリギリギリ……


 チェルシーとレイチェルの二体が、そんな硬い音と引き絞るような音を出し――チェルシーが体中から刃を出したまま、激しい回転をし始め飛び回る。


 レイチェルの方は槍を収納し、また屍奴隷の密集している場所へ飛び込んでは勢い良く槍を放出した。


 二体のフリルだらけの人形が屍奴隷を屠りながら飛び回っていく。


 屍奴隷の残骸――塵になって消えていく屍奴隷たちの中を、フィルコが巨大な体躯を振りながらフランへ突進する。


 対するフランは、落ち着いた動作でスーツの上着を脱いで、ワイシャツのボタンへ手をかけているところだった。


 フランがワイシャツの二つ目のボタンを外したところで、肉薄して拳を振り下ろしてきたフィルコへ、ようやく手をかざした。


 重低音を響かせフランは、片手でフィルコの大きな拳を受け止める。


「ゴミ人形にしてやらぁ!」


 フィルコがさらに拳を押し込んでフランを潰そうとする。しかしフランの何倍もあるフィルコの体は、人間一人分の大きさしかないフランを潰せない。しっかりと力の均衡がなされていた。


 フランは、フィルコの右拳を片手で押さえたまま頭をやや下へ傾ける。


 するとフランの背中が盛り上がり、一瞬でワイシャツの背中の生地が弾け飛んだ。フランの背中から現れたのは六本の――三対の昆虫の足のような鎌だった。


 フランの背中から現れた鎌が、俊敏に蠢く。


 一撃目、突き出していたフィルコの拳、その手首を刈り取る。


 二撃目、フランがフィルコへ歩くと同時に、進んだ分だけフィルコの腕を切り裂く。


 三撃目、二の腕が吹き飛んだ。


 フィルコが残った腕で切り取られた腕を抑えて後退する。


 四撃目と五撃目、フィルコの残った片方の腕を肘から切り落とし、さらにフィルコの左足を、膝の裏から食い込ませた鎌の切っ先で腱を膝ごと貫く。


 足をすくわれ、フィルコは巨大化させた体を前屈みに倒れると、目の前にフランの顔があった。首を垂れるように、差し出すように――


 六撃目、七撃目八撃目。フィルコの首が裂かれ、額に鎌が突き刺さり心臓を突かれ、文字通り切り取られる。


 数秒の交錯。その間にフィルコはバラバラに分断され、塵となって消え始めた。

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