第2話
2:
「巳代さん、外国ではどうしてたの?」
日当たりの良い芝生の上で、静香はランチボックスを膝に乗せて聞いてきた。
「家族が亡くなってから、父さんの知人に芸術品や骨董品の売り買い……バイヤーをやっている人に引き取られて、それからその国の言葉を覚えながら仕事も教えてもらってたわ」
半分は本当、半分は嘘。
「じゃあ、鑑定とかできるんですか?」
「手伝いをしただけだから。でも物の扱い方とか手入れの仕方とか、そういった雑務はやっていたわ。たいした事はしてないんだけど」
「ふーん」
さらりと芝生が揺れる。少しの間だけ、黙ったままでお互いの弁当箱へ箸が進んで、また静香が聞いてきた。
「失礼かもしれませんが、その、ご両親は?」
「事故よ。ちょっと運が悪かっただけ。私は助かったけど」
「そうなんですか。ご兄弟とかは?」
「妹が一人いたわ」
「ごめんなさい、いきなりこんな事聞いちゃって」
「いいえ、大丈夫よ」
「…………」
「…………」
また会話が止んだ。
「ごめんなさい、あまり楽しい話が出来なくて」
「いえいえ! いいんですよ踏み込んじゃうこと聞いたのは私ですし」
「三木さんは、ご家族とかは?」
「普通です。サラリーマンのお父さんにパートに行ってるお母さん。それとお兄ちゃん。でも本当はお姉さんとか欲しかったんですよ。お兄ちゃんがさつだし運動部でサッカーやってるから、臭くて臭くて……笑わないでくださいよー」
「ああ、ごめんなさい」
兄の事でも思い出したのか、不満顔になっていく静香の様子を見て含み笑いをこぼす珠枝。
「次英語の小テストですけど、巳代さん英語できてうらやましい」
「だから向こうではルーマニアの言葉で話してたから」
と、やや遠めの場所から声が飛んできた。
「おおっ、静香ちゃんに巳代さん」
「なぬ」
声を出したのは二人だったが、声のした方を向くと三人ほどが固まっていた。
三人いるうちの小柄な一人が、短いスカートを揺らして静香へ駆け寄って行く。
「たこさんウィンナー発見! いただきまーす!」
「だーめ」
ランチボックスを持ち上げて、伸びてきた手から守った静香。
「しずちゃんのケチ。私購買のパンだよ! 栄養ほしいなぁ!」
「だーめ、あげないよー」
妙な取っ組み合いをし始めて、ぐるぐる回っている静香のランチボックスを気にかけていると、一人が何気ないしぐさで横に座ってきた。
「ここ、良いかしら?」
ふっくらとした顔つきに軽くウェーブのかかった長い髪。同じクラスの、確か……。
「確か、横島さん?」
「はい。横島奈緒代です。覚えててくれて、ありがとうございます。巳代さん」
奈緒代が軽く会釈をしてきた。
最後の一人が、今度は向かいに座ってきた。
「ふむ、ちょうどどこで食べようか迷っていたところだ」
角ばっためがねをかけ直しながら、芝生の上に膝を折って座る、また同じクラスの金澤桃絵だった。
「ほほお桃ちゃん好戦的だねぇ、ライバル視しているだけあってさ」
「田中」
小柄なまたまた同じクラスの田中理李――が、桃絵にぴしゃりと言われても、まったく反省の色の見えない顔で静香のとなりに座り直す、
「すきあり!」
落ち着いたかと油断した隙間に、すばやく理李が静香のランチボックスからタコの形をしたウインナーを摘み上げた。
「ああー……」
静香が情けない声を上げる。
二人から一気に五人に増えてしまった。
「巳代さん」
呼んできたのは桃絵だった。
「知的キャラでは負けませんから」
「……え?」
心底言ってきた意味が分からなく、生返事をしてしまう。
「桃ちゃんメガネっ子で知的アピールしてるけど、実はオタクさんなんだよん」
「くおら!」
「ひゃっはー」
恐れは微塵も感じない悲鳴を上げて、理李は静香の後ろへ隠れる。ついでにまた静香のランチボックスへ手をかけて、
べしん
とうとう静香に行儀の悪い手を叩かれた。
一気に人口密度が上がって、珠枝は目が回るような錯覚になる。
「騒がしくてごめんなさい」
フォローを入れてきたのは奈緒代だった。くすくすと笑っている。
「いいえ、こういうのも悪くないと思うわ」
「私達なんだかんだでいつの間にか、こんな風に固まっちゃってたの」
「そうなの?」
「巳代さんも良かったら入ってください。よろしければ」
奈緒代が桃絵と理李を手のひらで指した。
「横島こいつと一緒にするな!」
「へっへーん。なおっぺも同じ穴のムジナちゃんだぜ」
「ふふ、どうもありがとう」
二人の声をさらりと流す奈緒代。
「よかったら、巳代さんも眺めててください。きっと楽しいですよ」
静かで話が上手く進まない昼食が、一気にうるさいほど忙しくなってしまっていた。
「…………」
黙して眺めていると、いつの間にか桃絵と理李のじゃれ合いに静香も巻き込まれてしまっている。
「…………」
視線を横に戻せば、横島奈緒代が「どうですか?」と小首を傾げて聞いてくる。
彼女ら三人を眺めて。
「そうね、余裕があったら……考えてみるわ」
「その時はどうぞよろしくお願いします」
奈緒代が丁寧な声で返してきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます