第6話
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「まずは、やっぱり君にしっかりと謝らなければと思うんだ」
「それはもういいって言ったわ」
「でも言わないと。ごめんなさい」
「わかったわよ」
夕食後。リビングの足の低いテーブルを囲んで珠枝とフラン、摩子がいた。
「せっかく君のバイクを借りたのに、ヴァンパイアに変わっていく君の学友を、早期に処理できなかった。まさかあんな偶然に、彼が転んで避けてしまうなんて」
「そうね、だけど――」
もう終わった話だというのに、彼は何を気持ちに残しているというのか。
「――『親』をおびき出すために、聖水を使ってヴァンパイアの進行を遅らせながら、接触するタイミングを調整するようにしたのは、私の判断よ」
「でも君は、本当は彼をあんなふうに利用したくなかったのだろう?」
「判断したのは私よ。だから何があっても私の責任なの」
ぴしゃりと言い返す珠枝。
「はい、これで終わり。次に行くわよ」
場を仕切り直して、珠枝が再度口を開く。
「今回の件、私の妹だったヴァンパイアが関係しているわ。そしてその上には、あの『血塗れ伯爵夫人』……エリザベート・バートリーがいる。エリザベートの配下があの子を助けに入ってきた」
そのまとめに、フランが疑問を投げかけた。
「エリザベートは東に……この日本に逃げて来ていたっていう事だったけど、どうして君の妹を助けたんだい? エリザベートの配下が助けたせいで、自分たちがこの辺りに潜伏しているってばれてしまったんじゃないか?」
天敵であるハンターに出くわす事は、ヴァンパイアにとって最も回避すべき事だ。
「ヴァンパイアたちにしてみたら、僕たちハンターに所在を見つけられるのは危険な事じゃないか。彼らのいつもの行動は、下位のグールが狩られた痕跡を発見したら、すぐに逃げるというのが常套手段だったはずだよ」
その返しに、珠枝は静かに首を振った。
「それは分からないわ。なんで下位のグールの、あの子を助けに来たのか……だけど、こっちにしてみたら、尻尾が掴める好機よ……単純に向こうの失策なのか、まったく別の意図があるのか……それとも、こちらへ攻勢に出るための罠なのかは分からないけど」
単純に失策だった。ということは除外する。なぜならそれで足をすくわれてしまわれかねないからだ。失策だったとしても、今向こうではその不手際を何とかするよう手段を練っているはず。探索から出向くまでの時間に、向こうはなにか奇策かその失策を逆利用した何かを仕掛けておくに違いない。あるいはもう逃げに出ているのかもしれない。
「あえて向こうのミスだったという考えは除外しましょう。慎重に行かないと返り討ちにあうわ」
「そうだね」
フランが頷いた。
自分の隣にいる摩子という少女は、こちらに身を寄せて擦り寄ってきているだけだった。
摩子の頭に手を置いて撫でながら、ミーティングを続ける。
「あの子を回収した時、主が呼んでいるって言っていたわ。だから、下位のグールへ何かしらの命令か計画を行う予定で、他のグールも集めているってセンが濃厚ね。だけど――」
「何か気にかかるのかい?」
「現段階ではヴァンパイアが何をしようとしているのか、まったく知る由も無いわ。何かをしようとして動いていたとしても、こちらは何も分からないまま」
「その時はどうする?」
フランの問いに、珠枝はあっさりと返した。
「どうしようもないわ。だってそうでしょう? もしその何かしらの計画があって、私たちの知られないところで何かをやって、いくつか最悪な事が起こったとしたら。おそらくヴァンパイアハンター数人では、どうしようもない事態になるんでしょう。何かしらの下準備を探っているうちに、終わってしまうわ。何もかも……私たちの命もね」
「じゃあ、本部に伝えなければ」
「下位のグールをエリザベートの配下が回収していったので、きっと奴らは何かを企んでます。って、それだけしか言いようが無いわ。それだけじゃ言うだけただの馬鹿でしょう」
フランが肩をすくめた。
「本当にどうしようもないね」
「次にいくわよ、これが私たちを返り討ちにする罠だったとしたら?」
「それはもちろん、全力で相手するしかないんだよね?」
「そうね。そうだとしたら、まだこれからも何かしらのアプローチをしてくるでしょうから、出来る限りの情報を入手して、出来れば相手の戦力も削って、だけど自分たちの身を最優先に……状況によっては本部へ要請を出して、増援が到着するまでしのげるようにしないといけないわ」
「それで、今回の件は、どれだと思うんだい?」
このフランと摩子のリーダーである珠枝の判断を、フランはそれを聞く。
「いま決めてしまえば軽率ね。判断を決めかねるわ。まだ考える時間が必要とも」
「保留かい。良い判断だね」
「……さっきから、馬鹿にしてるの?」
「いいや、慎重なのは大事だ。軽率な判断はしない珠枝は、リーダーとして最適だと思ってるよ」
立て続けにこちらの言葉を肯定し続けるフラン。皮肉でも揶揄でもない、柔和な笑みを付け足した。本当にそう思っているフランだった。
「……アナタといると、本当に自分の嫌な部分が出てきちゃうわ。本当に」
夕食中に言いとどめた言葉がとうとう出てしまった。
「私も、明日から探索に出る」
「それは駄目だよ」
フランが屈託の無い笑みで言う。彼は始終笑みを絶やさないでいた。そこには邪推をしてしまいそうな嫌らしい笑みでもなく、また何かしら楽しい思いでいるわけでもない。この笑みは彼にとって通常の顔の形といっても過言ではなかった。
「君はちゃんと学校に行かないといけない」
「別に行く必要なんて無いから、いっそ今から中退したってかまわないわ」
「それはもっと駄目だよ」
人間味の無い笑みを絶やさないフランが、念押しで言う。
「君の年頃の子は、この国では学校に行ってないといけない。武装していてこの国の警察に職務質問されるのも厄介だしね。昼間は学生の制服を着ていないといけない。学校に行ってないといけない」
「背格好を誤魔化せばいい事よ」
フランは静かに首を振った。
「駄目だよ、本当に。僕が探索しているから、学校へ行って」
今度は珠枝が首を振った。あきらめがちに。
「……アナタはどうしてこんな事には頑ななのかしらね」
「それに、君の妹さんも同じ学校に行っているんだよね? たぶん、会う事になるんだろう?」
「ありえないわ、だってもう素性がばれたんだから、明日には学校に居なくなっているわ」
「じゃあせめて確かめてきて。本当に居なくなったのかどうかを」
「わかったわ。だけど何かあれば、学校なんてすぐに出るし、辞める事もするから」
「うん。基本はちゃんと学校へ行く女学生でいてね」
フランは満足そうに、首を一度上下に振った。
ヴァンパイアは素性がばれればすぐに逃げる。それが近年のヴァンパイアの行動基準だ。大昔は希少なヴァンパイアは、個人で大きな力を持っており、さらに人類に対して脅威でもあったが、近年では高度な科学技術や退魔技術、いくつもの組織の数、ヴァンパイアに対する合理的な対策が出来上がっており、現代のヴァンパイアは逃げの一手に限られていた。
対ヴァンパイア組織は数多い。
ヴァンパイアまたは屍奴隷(グール)との間に生まれた存在、半人半吸血鬼という宿命を背負いながらもヴァンパイアを狩る〈ダムピール〉
スラブの民族が主であり、閉鎖的だが強力な狩人が多い〈クルースニック〉
ヴァンパイアになる因子を持ちつつも、お互いに保護し合い、科学技術を持って生物学的にも戦闘的にも能力を保持し、ヴァンパイアと戦う研究機関〈ヴィエドゴニア〉
ヴァンパイアだけでなく、悪霊や悪鬼、魑魅魍魎とも幅広く戦う〈ズドゥバ〉に〈ダヴビーシュ〉などなど……。
ヴァンパイアに対抗する組織――世界にはヴァンパイアや悪霊と戦う組織が多く存在する。戦うだけでなく研究も進められ、またヴァンパイアを根絶させる研究もされている。
悪霊払いの組織や有力な個人を挙げれば、それこそきりが無いほどに。
自分たちが所属する〈シルバニアン〉もまた、大昔ヴァンパイア王ウラド・ツェペシュと戦った事のある、トランシルバニアのヴァンパイアハンターたちが作った組織であり、ヴァンパイアと戦うという経歴において他のどの組織からも引けをとらない。
現代においてヴァンパイアはもう、衰退の一途をたどっていた。未だ根絶はされていないわけだが。
しかし人類は既に、あるいはいつの間にか、ヴァンパイアより勢力も戦力も勝ってしまっていた。
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