第2話

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 エリザベート・バートリー。


 十七世紀に現れた、『血濡れ伯爵夫人』の異名を持つ貴族。


 近親結婚をするほどに血統を重んじる、トランシルバニア地方の名家に産まれた貴族の彼女は、十五歳の若さで十も年の差のある相手と結婚をし、四人ほどの子宝にも恵まれた。


 夫はハンガリーの英雄とまで言われるほどの剛の者であり、日々の生活にも何の苦労も不満も無い人生だった――強いて言えば、退屈な田舎生活である事ぐらいしか、何の不自由も無かった。しかし彼女はいつしか魔術に興味を持ち、またサディスティックな趣向にも目覚め、そして老いに恐怖した。


 残酷な行為に対して甘い蜜のような……恍惚な感覚を覚えていた彼女は、ある日虐待した女中の返り血が、自分の肌を潤した事を知る。――彼女は人間の生き血で自分の老いが止まり、若返ると妄信した。


 人間の血を浴びれば若返り、そして自分の中に潜む性的趣向も悦ぶ。


 彼女にとってはこれ以上に無い喜びの発見だった。


 それから彼女は、従えている五人の下僕と共に、毎日のように血の宴を催すのだった。



 女中から血を抜き取り殺し、無くなれば近隣から新しい女を雇っては血を絞り出し、足りなければ誘拐し、女性の生き血を集め、自分の性的趣向と美貌を潤した。


 女性の生き血を搾り取るのには主に、拷問器具を扱い楽しんだという。



 これら悪業が当時のハンガリー王に伝わり、とうとう逮捕される。


 彼女、エリザベート・バートリーの『人間としての』結末。


 判決は当然にも有罪であり、死罪とも魔女裁判にかけられるとも騒がれたが、王国屈指の名家が、魔女裁判にかけられるのでは後日の面子が立たず……結局、彼女は死ぬまで、密閉された部屋に幽閉される事となり、その小部屋の中でこの世を去った。


 だがそれは、『まだ人間だった』頃の終わりだった。


 そうして彼女はその後に、本物の吸血鬼となった――。

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