第5話

 5:


 いやはや。こんな事になるとは。

 嬉しさでなんだか体が軽くなったようだ。


 浮き足立つとはこの事を言うのかねぇ。


 これから透からの視線が気になるが、ほっとこうそうしよう、どうでもいいや。


 生徒会室での昼食後。


 透はそのまま生徒会メンバーに入った事を担任へ告げるため職員室へ。誌原さんと俺はまだ特に手伝う仕事がなかったということで、教室に戻ることになった。


(なんで誌原さんと同じクラスじゃなかったのかな)


 神様を恨みがましく思う。

 階段を降りて下の階へ出て、廊下を歩き、


 バシャリ!


 いきなり水を掛けられた。


「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまって」


 さして申し訳なさを微塵も感じない、むしろ感情が無いような声の主。

 長い黒髪の、二年の先輩。


 両手には水筒と水筒のコップを持っていた。


 ぶつかったわけでもないのに、手が滑って顔にかかるとか。


「……あなたは」

「大丈夫?」

「あなたはいったい何なんですか?」


 浮き足立っていたところに文字通り水を差され、びしょ濡れになった顔面と髪を撫でる。


「私?」


 そんなに聞き返されるのが意外だったのか?


「私は二年の、巳代珠枝よ」

「そうじゃなくって」


 無表情で知的な印象をしながらも、要領を得てくれない。


「他に何かしら? ああ」


 思い出したように、コップを水筒の頭へ乗っけて脇に挟み、二年の先輩巳代珠枝はスカートからハンカチを取り出した。


「ごめんなさいね。気が利かなくて」


 ハンカチで俺の顔を拭く。


 それもそうだけど、なんだか……。


「もう大丈夫ですから、もういいですから」

「でも」

「本当に大丈夫ですから」


 少し強めに言い返して、俺はその場を立ち去る。


 背中から巳代と言う先輩の視線が気になるが、それを振り払って俺は自分の教室へ戻った。

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