第4話

 4:


「午後の授業、早退したら?」

「大丈夫だよ。風邪なんかに負けてたまるかって」

「後で酷くなって寝込みそう」


 くすくすと、まるで小リスのように笑う誌原さん。


 生徒会室には俺と誌原さん以外にも、生徒会長副会長をはじめ先輩役員に、なぜか透まで居た。


 俺と透、それから誌原さんは室内の長机とパイプ椅子を並べて横一列に昼食を取っている。対する先輩方たちは、各々の弁当を手元に、来月に始まる学園祭の事で話し合いをしていた。


 なかなか熱の入った話し合いをしている先輩方。気を散らさないよう、購買で買ってきた惣菜パンを、なるべく気を使いながら開ける。ちなみにコロッケパンだ。


「一騎君、それだけ?」

「ん? そうだけど」


 隣に居た誌原さんが、口を開けた俺の顔を見て、なんだか不満そうな様子。


「そんなんじゃ体がもたないよ?」

「兄貴と二人暮らしだから、自炊ってのがなんかねぇ」


 夕食は本当にごくたまに交代して作るが、真面目に作った方が色々と駄目駄目なんだ。ほとんどレトルトかコンビニエンスストアの弁当で済ませている。


「ちゃんと野菜も取りなさい」


 誌原さんが手に持ったフォークを眼前に突きつけてきた。


「はい」


 子供が使うようなフォークの先には、プチトマトが刺さっている。


「え?」

「はい、食べて」


 誌原さんの目尻が釣りあがっている。数秒の沈黙を保っても、一向にフォークに刺さっているプチトマトを引く気はないようだ。


 仕方がなく、口をコロッケパンからプチトマトに向けようとして――


 すんでのところで気がつき、プチトマトを指でつまんでから口の中へ運んだ。


(間接キスになるところだった)


「あ……」


 時間差で誌原さんも気がついたらしい。持っているフォークの先をまじまじと眺めて、小さくなってしまった。気まずい空気が流れる。


 と、


 ずずずずずと紙パックの牛乳を飲み干した音が、俺を挟んで誌原さんとは反対側の方向から聞こえてくる。振り向くと、透が半眼になって飲み干した牛乳パックをすすっていた。


 誌原さんと一緒になって、透の棘じみた視線を浴びる。

 透が独り言のように。


「あーあ。俺ほんっと場違いだなぁ」

「確かにお前は役員ですらないだろうに」


 精一杯の言い返し。誌原さんは顔を伏せて縮こまってしまっていた。


 すると突然、あっと思い出したように透が手を上げて、先輩たちの方へ向いた。


「あ、生徒会長。俺も生徒会の仕事に就きたいんですけど、一騎君と誌原さんと一緒に手伝ってもいいっすかー?」


「おい透」


 何が狙いで生徒会に入るのかが、丸分かりだった。


 透と生徒会の先輩方で、何度かのやり取りをしている中――


 誌原さんが俺の服の袖を引っ張ってきた。手を口に当てて、小声で言ってくる。


 よく聞こえないので、さらに耳を近づけると。


「あ、余りもので良かったら、作ってくるよ」


 なんですと!

 というか、それ以上に。


「少し多めに作ってくればいいし」


 誌原さん。その、あの。


「たいしたもの作れないけど」


 耳が、耳に……


「それでよければ」


 それよりも。耳に誌原さんの息がかかってくるんですがぁ……。


 なんとか小声で返す。思った以上に震えた小声が出た。


「よ、よろしく、お願い、します」


 ようやく、誌原さんが俺の耳から離れて。


 にっこりとする誌原さん。「はい、分かりました」と。


「そこ! 神聖な生徒会室でいちゃつくな!」


 俺たちと同じように生徒会メンバーに入ったばかり(俺たちを眺める目的で)の透が大威張りで言ってくる。


「うるぁ!」

 俺は立ち上がり、問答無用で透の横脇に手刀を突き入れた。

「ごふぉっ」

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