第2話

 2:


「で?」


 高行探偵事務所オーナー兼所長であり、ただ一人の社員であり、俺の兄である高行和人が、口を開けただけのような生返事を返してきた。


「えー、っと」


 これ以上どうやって説明すればいいのか。

 さらに兄が、


「一騎。起きたら窓ガラスが割れてました。それで?」


 今さっきの出来事を簡潔に言い直して、兄が言及してくる。


「それ以上ないよ」

「お前が寝ぼけて割ったんじゃないのか?」

「だったら何で内側……部屋側に向かって割れてるんだよ」


 さすが『穴だらけ探偵』高行和人。見事なヘボ推理だ。


「弾性力って知ってるはずだよな?」


 兄が割れた窓ガラスを指した。


「だ、だんせいりょく?」


 既にガラスの破片は掃除して、俺の部屋にはダンボールで申し訳ない程度に補強した窓枠があった。


「よく物理力学のバネとかで説明される現象だ。力を加えられた物が、元の形へ戻ろうと反発してくる力。ガラスを殴れば、力加減によっては弾性の力によって、破片が内側に飛んでくる事がある……ちなみに、作用反作用と弾性力は、高校の物理で習うはずだろう」


「物理は二年の選択科目だよ、兄貴」

「あら」


 我が兄ながら微妙なところだ、的を射てきたようで実は穴がある推理。

 こほんと咳払いをして、穴だらけ探偵は仕切り直した。


「単純に、外から何かを投げ込まれたか、飛んできたか、そんなところか?」


「ボールか石でも飛んできたのなら、部屋の中にあったはずだ。でもなかったよ、何も」


 さらに付け足す。


「もし何かが窓に入ってきたとして、よく三階なんて高さの窓に投げ込めたと思うよ。かなりコントロールが要ると思うんだけど」


 単純に、窓が割れただけならば……俺が寝ぼけて割ったのならそれでいい。


 だがこの割れ方は不可解だった。


 窓が内側に割れて、窓を割った物が見つからない。


「ああ、そうか!」


 兄である穴だらけ探偵様が、ぴんと閃いて言ってくる。


「やったやつは偶然もしくはコントロールに優れていて、窓を割った石かボールの方は、窓ガラスの弾性力で跳ね返ったから、部屋に残らなかった……とか?」


 …………俺は。


 この兄の素晴らし~い名推理にあっけに取られ、頭を空にするしかなかった。

 そんな奇跡的な偶然があってたまるか。


「……もういいや、寝るからまた明日で」


 名推理に対して表現した俺の呆れ顔を見て、穴だらけ探偵高行和人は脂汗をひと筋流し、硬直した。



 高行一騎。俺の名前。


「高行君おはよう」


 俺が通っている千潮高等学校の校門をくぐったところで、後ろから誌原希美さんが声をかけてきた。


「ああ、おはよう」


 隣に並んできた、同じ生徒会役員一年生の女の子。大きな目と軽くウェーブのかかったショートヘアーに、やわらかい表情と落ち着くような笑みが印象的な同級生。


 平たく言えば、可愛い。


「足、どうかしたの?」


 立ち止まって彼女が俺の足元を見た。

 俺も立ち止まって、右足のつま先を見せながら。


「ああ、ちょっとガラスの破片を踏んじゃって」

「大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 そう言いつつ俺は右足を降ろして、手に持っていたペットボトルふたを開けて、ミネラルウォーターを飲んだ。


「なんかさ、昨日の晩から喉が渇いてて」

「調子悪いの?」

「体が熱っぽいから風邪気味かも」


 誌原さんと一緒に歩き出す。


「気をつけたほうがいいよ。マスクとかもつけないと」

「少し風邪引いたぐらい平気だよ」


 少しばかり胸を張って言い切ってみる。そんなに軟弱に育ったつもりはない。


「マスクは他の人にうつしてしまわないように、するものですよ」


 誌原さんが人差し指を立て、ビシッと言ってきた。


 だけど誌原さん、そんな小動物みたいな容姿で言って来ても、全く怖くないですよ。


「はいはーい、気をつけまーす」

「一騎君大雑把なのね」

「まーね」


 返事と一緒に肩をすくめる。


 ついでにむくれ顔をする誌原さんを、横目にちらりと見た。


 怒った顔も可愛いなこの子は。

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