第11話 露呈し始めた弱さ②

 ガンッ!


 森の開けた場所に作ったベースキャンプの地面に、まだ湯気を立てる料理が飛び散った。アインスが器ごと蹴り飛ばしたのである。乾いた地面を流れるトマトソースはまるで鮮血のようだ。

 罪のないトマトソースを踏みつけ、アインスは怒り狂っていた。


「お前のせいだ! お前がちゃんとした料理を作らねえから俺たちが撤退する羽目になった!」

「ひいいっ!?」


 ものすごい形相で詰め寄るアインスに悲鳴を上げる青年。彼はアインスたちのパーティに臨時加入しているシルバー級料理術師だ。元の気弱そうな顔立ちと相まって今にも泣き出しそうに震えている。


 シルバー級のクエストに一時撤退するゴールド級、という事実がよほど許せなかったのか、アインスは怒り心頭だ。もちろんシルバー級といっても状況によってはあり得ないことではないが、プライドの高いアインスには耐えきれない。

 そしてその苛立ちは、弱い者へと向けられた。


「なんだよこの飯! 不味いにも程がある! こんなの食ったから俺たちはいつもの実力を出し切れなかったんだ!」

「ま、不味いってなんだよ……っ君たちの疲労度を考えて作ってるんだ、ただの実力不足じゃ……」

「口答えするのかよ? 俺たちのパーティに、ちゃんとした料理作れ!」

「い、い、入れてやったってなんだよ……!」


 料理術師の目の色が変わる。手を伸ばし、アインスの肩を押した。

 ささやかなものだったが、驚いたアインスはそのままバランスを崩して尻もちをついてしまった。


「は……?」


 呆然と呟くアインスの顔には「料理術師が反抗してくるなんてありえない」とありありと書かれていた。

 料理術師が堰を切ったように叫ぶ。


「元々僕がパーティを組んでたことは知ってただろ! 金に物言わせて僕を無理矢理引っ張ってきたのは君たちじゃないか! ろくな準備も会話も無しに、ぴったりの料理なんか作れるわけないだろう!」

「料理術師が料理を作れないのかよ! じゃあお前料理術師なんか名乗るなよ、紛らわしい!」

「だから準備が必要だって言っただろ、何度も! 君たちと一緒だ、装備も備蓄も揃えなきゃ万全なサポートなんて出来ない!」

「うるさい! 料理術師なんか料理作るしか能が無い奴らがなる低級職だろうが! ろくに戦えもしないのに何の準備が要るんだよ馬鹿!」


 反抗されたことの苛立ちも相まって、アインスは料理術師を怒鳴りつけた。

 アインスにとって料理とは何もしなくても出来ているものだ。そのため料理が幾多の工程を経て完成されることや、複数の道具を――ときに専用の道具を――使用することに思い至らない。故に出てきた言葉だった。


 料理術師はぶるぶると震えている。それは自分よりも格上の相手に対する恐れではなく、己の魂を踏みにじられたことへの怒りによるものだった。

 ややあって口を開いた料理術師から、地を這うような声が零れる。


「もういい! どうやら君たちは僕たち料理術師のことを何も知らないらしい」

「はあ? 知ってるに決まってるだろ! 俺たちのパーティには料理術師がいたんだぞ!」

「料理術師と一緒に活動していて、その言葉が出てくるのか。その料理術師は大層、苦労しただろうね」

「どういうことだ!」

「ろくに準備もさせてもらえず、不味いと言って作った料理を粗末にされて、挙げ句の果てには君たちの実力不足すらこっちの責任にされる! こんなパーティ、抜けて正解だよ」

「てめえ……!」


 アインスの瞳孔が開く。こめかみに浮き出た青筋が今にもはち切れそうだった。対して料理術師のほうはどんどん眼差しから熱が失われていく。

 興奮から蔑みに変わりつつある視線を振り払うように、アインスは彼の胸ぐらをつかみ上げた。


「実力不足じゃねえ! 俺たちはゴールド級なんだよ、こんなクエスト楽にこなせる! それが出来ないのはただ一つ、お前がパーティに入ったからだ! だからお前の料理のせいなんだよ、分かったか!」


 アインスの中ではそれは決まりきった、完璧に組み上げられた理論だった。

 都合の悪いことや面倒ごとはすべてリジー料理術師へ。何故なら料理術師は弱いから。役に立たないから。

 せめてこれくらいは役にいけないと、アインスは自分のことを慈悲深いとすら思っていた。

 彼にとって料理術師は――いや料理人たちは、都合の良い奴隷とイコールなのだ。


 そんなアインスの思考を読み取ったわけではないだろうが、料理術師は深々と嘆息して今日一番の底冷えのする目で彼を睨みつけた。


「僕たち料理術師は基本的に回復のサポートをする職業だ。クエスト開始のとき君たちは怪我も無かったし疲労も無かった。その状態でこのザマなら、それが君たちの実力だ」


 告げられた言葉に、アインスの脳裏で大切な何かが音を立てて切れた。




 ――――そのあとのことを、アインスはよく覚えていない。


 気がついたら宿のベッドで寝ていて、シャロ曰く半日は眠っていたらしい。

 クエストは失敗し、他のシルバー級のパーティが討伐したという。

 臨時加入の料理術師はボコボコにされており、アインスたちはギルドから1週間の活動停止を命じられた。


 3人が自分たちの異変に気づくまで、あと――――

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