第12話 初仕事へ向けて

 リジーとヒューが引っ越してから3日。彼らは一度もクエストに出向いていなかった。

 初日は荷物の整理で潰れ、2日目は同様に屋敷の共用部分の掃除で潰れた。3日目は近年稀に見る大雨で外に出ることが叶わず、4日目。


「ヒュー、話って何?」


 ヒューに呼ばれ、リジーは2人分の紅茶と共に席に着いた。余談だが、ヒューの紅茶は最早ジョッキと呼べる代物に入っている。


 リジーの質問にヒューが懐から一枚の紙を取り出してテーブルの上に置く。ギルドの紋章が入ったそれはクエスト票と呼ばれるものだ。既にサインが入っていることから、受注済みらしい。

 クエスト票に目を通したリジーは不思議そうにそれを眺め、やがて戸惑いがちにヒューを見た。


「これ、生産クエストだよ?」

「知ってる。だから受けてきた」


 ヒューの返答にリジーの混乱が深くなる。

 彼はギルドの顔ともいわれる実力者。対して生産クエストは一部の例外を除いて低レベルのクエストだ。クエスト難易度と実力が噛み合っていない。

 リジーが質問をする前に、ヒューは理由を説明してくれた。


「リジーの装備がまだ完成してないから、討伐クエストも探索クエストも無理は出来ない。でも生産クエストなら危険も少ないから、初仕事としてちょうどいいと思って」

「初仕事?」

「ああ。俺とリジーが、初めてパーティを組んでする仕事だ」


 そう言ったヒューの表情が思ったより楽しそうで、リジーは言葉に詰まった。

 まるで初めて家族で遠出をする子供のような、不安のない期待に満ちた顔をされると、合わせてくれているというリジーの申し訳なさが馬鹿らしく思えてくる。

 なので素直にリジーも彼の気遣いを受け入れることにした。


「あはは、じゃあ初めて繋がりで薬草作り、してみる?」


 薬草作りは指定された薬効のある野草を採取し、薬草にして納品するクエストだ。時間と手間がかかる上に知識が必要なので、受ける冒険者は薬師や回復術師などが大半である。しかも報酬は他の生産クエストと同じくらいに低い設定なので、いつもなら期限いっぱいまで残るクエストだった。


 ヒューのような戦闘を主に行う冒険者ならまずやったことがないと踏んだリジーは正しかったらしい。

 ぱっとヒューの瞳が輝く。いいの!? と言わんばかりのその顔に可愛いと思ったが、相手は刃物のような鋭い美貌の青年だと思い出し慌ててその考えを打ち消した。


「いいのか?」

「いいもなにも、受けてきたんでしょ」

「それもそうか。いやでも、せめて一言くらいは相談するべきだった。すまない」

「気にしないで。いつものことだから」


 何気なくリジーは言ったつもりだったが、ヒューの表情が陰る。慌てたのはリジーのほうだ。

 前のパーティではアインスの独断でクエストを受けていたため、「相談」という概念自体リジーは薄れてしまっている。

 しかしもうリジーはヒューとパーティを組んだのだ。アインスたちとは前提条件が違うことを念頭に置かなければならない。


「こ、これからは一言相談してね?」

「! ……ああ、そうしよう」


 ヒューがほっとした様子で頷いた。そしてクエスト票を覗き込む。


「俺は生産クエストも、薬草作りもしたことがない。リジーは?」

「私はあるよ。割と安全だし、勉強になるから」

「勉強? 薬草なのにか?」

「薬草ってね、薬効のある野草を加工したもののことなんだよ。だから種類によっては調理すれば食べられるの。料理術師の料理効果は、こういった薬草にも助けられてるんだよ」


 あらゆる食材をその調理工程を経て――料理術と呼ばれる――不思議な効果を持つマジックアイテムにしてしまうのが料理術師である。重要なのは調理だとはいえ、やはり材料に効能があればそれに合わせた作業が出来る。

 世界にたくさんある食材の中で、薬草は非常にポピュラーかつ使いやすい食材なのだった。


「食べられるのか……!」

「一応言っておくけど、薬草作りのときに食べちゃ駄目だからね?」


 釘を刺しておかないと、いつの間にか食べてしまいそうだ。

 薬草として使われるハーブの中には、生で食べると危険なものも存在する。あれだけ食べるヒューの胃袋なら大丈夫な気もするが、それはそれ。料理術師として――というより一介の料理人として止めておくべきだというリジーの良識が勝った瞬間だった。


「分かった、食べない。努力する」

「…………依頼場所のブルカニカ村は仔牛のパイ包みが有名だから、そっちで手を打ってね」


 なんとも不安の残るヒューの回答に、リジーは苦笑いのままそう言った。

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