#6『幽霊じゃない』

「幽霊じゃあ、ないと思うんだけどなぁ」

 父はそう言う。


 高知県四万十市、旧中村から宿毛すくもという場所に至るまでに民家も外灯も無い場所がある。

 もう三十年以上も前の話である。

 例えるならそこは、町と町との間に出来た空白地帯のような所だった。


 その日父は友人と宿毛の方へ、遊びに出ていた。日が暮れて、雨が降り出しやがて大雨となった。

 当初予定したことも諦め、二人でいそいそと車に乗り込んだ。運転は父であったという。


土砂降りの中、ワイパーで何とか雨を掻き分け進んでいると、丁度その空白地帯に差し掛かった。文字通り、灯りはなく外は雨が滝のように打ち付けている。視界はヘッドライトだけが頼りであった。


 空白地帯を進んでいると、ヘッドライトの向こうに何かが居た。スピードを緩めて近づいていくと、黒い影のような物が道端に佇んでいるのが見えた。

 最初、道路を横断しようとしている人間なのかと思った。が、周辺に外灯は愚か民家も無い。


 何かがおかしい。影との距離が縮まるにつれて、その違和感ははっきりとしたものに変わっていった。

 大きいのだ。身の丈は3mはあったそうで、なによりヘッドライトの明りを受けても、真っ黒なままだったらしい。

 引くことも止まることも出来ぬまま、父の車は徐行でそれとすれ違った。


 には顔があったらしい。ぐちゃぐちゃで辛うじて人だと分かるほど、変形して破壊された顔。

「影やと思ったんはポンチョみたいなんやったな」

 それは頭巾のようにポンチョを被り、片手には黒い蝙蝠傘を指していたそうだ。

 父と友人はそれを凝視したまま、数秒掛けてすれ違った。それが見切れるや否や、父はアクセルをべた踏みし、100mほど走って、ブレーキをかけた。



「みた?」としか言えなかったそうだ。

 真っ青になった友人とバックミラーを覗いてみると、それはゆっくりと雨の中、道を横断していたそうだ。



「あれは幽霊やないと思うんよなぁ………」

 父はいう。

 幽霊ではない。

 では………?


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