金峯マサヲに恋愛相談?

第18話 石清水ユアの邂逅

 一日の日課が終わり、今日もおれは《幸い部》の方へ足を向けた。


 インターネットの網の目が世界中を駆け巡り、面接や取引、場合によっては仕事自体もオンラインでやることが多い現代。『わざわざ一つの部屋に集まる意味あるの?』と言われたら大してない、と答えざるをえない。それは学校とて同じことだ。


 しかし実を言うと、昔っからああいう仲間同士まったりと入り浸れる空間に、憧れていなかったこともなくて。そのための場所も仲間も普通は出来づらいものだが、このところ上手い具合に、堰を切ったように新しい流れが注ぎこんできている。


 きっかけはやっぱり、伊勢川ミホカなる少女が転校してきたことだ。おかげでぼくらのブランニュー・デイズが始まってきているわけだけど、まったく新しいと言うよりかは、日の目を見ないでいたものに光が当たったと言った方が適切かもしれない。


 はたしておれたちは、《幸い部》を正式に結成させることができるのか? そのあいだ魂とやらのために起こってる神妙不可思議な出来事に、思い煩わされずに学園生活を(できれば人生を)過ごすことができるだろうか? いったいヒトはどこから来て、どこへ行くのであろうか? ………。……。…。


 と、あまりに高尚な思索を繰り広げていたせいか、廊下の角で人とぶつかってしまった。


「ッ?!」


 お互い咄嗟に身を引いたため、そこまで強くぶつからずに済んだ。

 けど、おかげで相手が持っていたファイルやプリントが散乱してしまう。


 とりわけ惨事となったのは、缶の蓋が空いて散乱した、切手みたいなもの――。

 各クラスで集めたベルマークだ。これを切り抜いて集めると、備品(冷水機とかバスケットボールとか)と交換できるんだっけ。


「あっ、ごめんなさい?」


「いえ、こちらこそ」


 しゃがみこみ、おれは散らばった物を拾い集めにかかった。床の掃除は行き届いていたようで、汚れてないのが不幸中の幸いだ。


 しかし……。


 影が差したので見上げると、背の高い女生徒が立ったままこちらを見下ろしていた。


 上履きの色からすると、上級生だろう。

 さすがに大人っぽいけど、両脇をリボンで結んだ髪型(この時は知らなかったが、ツーサイドアップっていうらしい)には少女趣味が残り香のように漂っていた。顔つきはどことなく勝ち気で、気の強そうな印象を与える。


 上から降ってくる彼女の眼差しは、見下してるようでもあり、完全に呆れてるようでもあり……。

 なんだか沸き立てのコーヒーでも浴びせかけられそうで 恐れ慄く―――が。


「アナタ………」


「え?」


 微笑むと彼女の方もしゃがんで、散らばったベルマークを拾い始めた。


 思いの外、柔和な顔つきだった。さっきは下から覗きこんでいたから、違ったふうに見えていただけかもしれない。


「いいのだわ。これ、蓋がゆるんでて、私もブチまけちゃったことがあるのよ」


 優しげな声で言われて、面食らう。頬が火照るのを感じながら残りを掻き集めた。(何やってんだ、おれ?)

 やがて原状を回復し、衝突をなかったことにする儀式のように、正面から向かい合う。


「ありがとう、シント君。大丈夫だった?」


「ええ大丈夫です。つい急いでて、すみませんでした」


 今度は何事もなく、すれ違った。


『………あれ?』


 そこで妙なことに気づき、足を止める。


 振り返ると、彼女は背中を向けて歩き去っていくところだった。髪を留める緋色のリボンが揺れているのが見える。


『名前、言ったっけ?』


     〇


 目的の場所:幸い部のある離れに到着し、扉を開く。

 そこには、お馴染みになりつつあるメンバーが集まっていた。


「あっ、シントさん。こんにちは!」


 清涼な鈴の音に似た、伊勢川ミホカの声が響いた。見れば窓際の観葉植物に、ジョウロで水をあげているところだ。(こういうのを〝牧歌的な光景〟と呼ぶのだろうか?)


「まかちゃん、さっきぶりー」


 あれからよく来るようになった江ノ島ひとみである。シャーペンを振っているところを見ると、こちらは宿題をやっていたらしい。なぜか片手にはスマートフォンが握られていたが。


「(ふんふん)………」


 浅間澪那はソファに座り、分厚い本を読んでいた。表紙を見るに神話か何かの図鑑らしい。今度書く小説のネタにでもするのかもしれない。


 さらに、今日はもう1人先客がいた。どうやらこの部屋の蔵書を調べていたらしく、棚の陰からユラリと出てくる。


「ふぅ……ずいぶんと薄情じゃないかシント? どうなったか教えてくれって、頼んでおいたのに」


 腕を組んで不平を漏らすのは、我が友、金峯マサヲである。


「マサヲか。そう言うなよ、準備できたら声かけようと思ってたんだ」


 だけど、そんなこと頼まれてたっけ? 思い出せないが、本気か社交辞令か判らないような日常の会話をいちいち記憶しておくほどハードディスクに余裕はない。最近はネットワーク上に保存する方法もあるようだが、大事な記憶は頭に入れておきたい方なんでな。

 で大概、どこかにメモしておけば良かったと思う羽目になるんだけど。


「どうせ忘れてると思ったよ。けどね。今日来てみて、少し後悔してたんだ」


「後悔って、何を?」


「ああ。まさか神聖な学び舎の一隅に、シントがこっそりハーレムを作ろうとしてるとは知らなかったんだよ。気遣いが足りなかったね。邪魔なら帰るよ」


 それを聞き、恥ずかしそうに「ハーレムだって」と囁く江ノ島さんとミホカ。彼女がマサヲが言ってるのと同じようなものを想像したかは知らない。


 無論おれが友人の冷やかしに動じる理由もなく、いささか呆れ顔のまま奥まで進んだ。


「女だらけの中に男1人とか、そういうのは作り話だから面白そうに見えるんだよ。現実でそんな状況になってみ。疎外感を感じるだけだっての」

 言いながらリュックを置いて、空いている席に腰掛けた。


「疎外感……ですか?」

 心なしか曇った声で、ミホカが繰り返した。


「あっ、みぽりんが悲しそう! まかちゃん、我慢してた? 私たちだけじゃ、寂しかったの…?」

 江ノ島さんも瞳をうるうるさせて見せる。


 こいつは調子よ過ぎるようなのであんまり苦とも感じないが、無理をしてるように思わせてしまったのは心外で、


「え、あ、そういうつもりじゃ……」


「ああ、いえっ。違うんです。シントさんを、困らせるつもりはなくて……!」


 ミホカも両手を振っておれたちを安心させようとする。なんだか譲り合うような、新婚ほやほやの夫婦みたいな滅茶苦茶こっぱずかしい光景になってしまってるような気がして……。


「………!」


 その時ゴホゴホと咳みたいな音が聞こえたと思ったら、横でマサヲのやつが忍び笑いを押し殺していた。

 こちらからは精一杯、冷たいジト目を送ってやることにする。(ミホカはその応酬の意味が解らないらしく首を傾げていたが……純粋な中等部生を汚すなと言いたい!)


「ああいや……御免御免。ふたりの調子が合ってたものだからつい。失礼ついでに、僕も相談者になっていいかな?」

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