第17話 新しい鎮魂のカタチ
「? どういうこと?」
当然な質問だ。彼女が何を言っているのかよく解らなかった。
楽しいを集める?
「うんと。楽しいこととか、面白いことがあれば、人間は幸せに近づけるよね? もしも、この世で楽しいことが何もないまま死んじゃったら、その人はうまく成仏できない。これは分かる?」
「えっと……。まあ」
おれは一応、頷いた。
たしかに一般論として、自分が何のために生まれ、何をして喜ぶかが解らないまま逝ってしまったら死にきれないだろう。アンパンマンの歌じゃないけど、そんなのはイヤだ。
「だから私、楽しさや喜びを見つけたら、それを宝石にして、ああやって積み上げていってるの。生きてる私たちだけじゃなくて、この世を去った魂も、ちゃんと喜んでくれるようにって」
「魂――…!?」
急にどっかで聞いたような単語が出てきて、声が漏れた。
心の引き出しを探るまでもなかった。浅間澪那から聞いたのだ。曰く、おれたち人間には《魂の力》という計り知れないパワーがあって、それを解放することで怪しの技が使えるようになるとか何とか。
まさかあの江ノ島ひとみの口から、そんなミスティカルな単語を聞くことになるとは思わなかったけど。
「魂のことは、浅間から聞いて知ってるけど……。じゃあ江ノ島さんは、『成仏できない魂のために、楽しい事を集めてる』ってことでいいの?」
「うん、そうそう、そういうこと! あの宝石の塔が完成すれば、憎しみとか、悲しさとか……未完成のまま終わっちゃった魂の、そういう気持ちを癒せるの。そしたらどう生きたかってことに関係なく、みんな天国に行って、笑顔になれるんだよっ」
サンダルを履いた足をブラブラさせながら、江ノ島さんは笑って語った。それはよく見る表情ではあったけれど、彼女の瞳はいつもよりもっと遠くに(ここでは場所柄、水平線のむこうに)注がれているようだった。
浜辺の砂は、微風を受けてやる気なさげに転がっていた。貝殻の欠片が転々としている。
はてさて、どうしたものか。彼女の目的が実は人助け、というか一種の魂助けであることは解った。やり方は奇妙だが、死後の冥福を祈る供養であるとも言える。浅間が魔法使いだとすれば、江ノ島さんは新種の尼さんみたいなものなのかもしれない。
さりとて、おれには大して関係ない話だった。魂のことは浅間から聞いたのが全てで、心霊現象みたいなことには門外漢と言ってもいい。クラスメイトの意外な一面を見れただけで本日の収穫としよう――と、思ったんだけど。
「でもね。最近は〝楽しいこと〟がものすごく少なくなってて。だから自分の番を待ってる魂も、すごい悲しんでるの」
その発言に、彼女とここに来た理由を思い出した。おれたち幸い部のドアを最初にくぐった時にも、江ノ島さんは同じことを語っていた。
「楽しいことが減ってる? それって、どうして?」
江ノ島さんは「ん~……わかんない」と首を振った。まるで遊べると思っていた予定ががキャンセルになり、1人で留守番を命じられたみたいに。
「ケド」
「?」
「わかってることもあるよ。まかちゃんとみぽりんの近くにいたら、楽しいことがいっぱい起こるってこと」
江ノ島さんはサンダルを脱ぎ、裸足になった脚をベンチの縁に載せた。膝を両手で抱えこむ。
まずは遠くで遊んでいるミホカを見て、それからおれを見つめた。
胸の……心臓のあたり。
「――うん、やっぱり。2人の魂、キラキラいろんな色に光ってる」
とはいえそれはおれには見えない。なんの取り柄もなく生きてきたおれみたいなのにそんなこと言われたって、ただただ擽ったい気分だ。
「それ、浅間も言ってた。自分では判んないけど、そんなにすごいものなの?」
「うん! さっきこの世の境目に行ったのだってそうだよ。私とおんなじで、普通の人間には行けない場所に行けるんだと思う。その魂がトクベツな証拠だよ」
あまり嬉しくない特典だ。七色の剣にトランスフォームするだけでなく、生死の境に行って帰ってくる通行証になるとは。これからは朝起きたら、ちゃんと地面に足が付いているか確認しないと安心できなそうだ。
つうかおれ、生きてるよな?
「そんなもの、あっても何も良いことない気がするけど」
「そんなことないよっ。これから〝楽しい〟とか〝嬉しい〟とか……幸せなことが、ふたりのところに引き寄せられて、いっぱい集まってくると思う。私には判るの。だから―――」
「なんの話をしてるんですか?」
江ノ島さんが言葉を呑みこんだ。
ひょっこり顔を覗かせたのは、最近その名が検索トップにランクインしそうな少女:伊勢川ミホカである。
「あ、いやそれが……」
なんとなく隠そうとしてしまったけど、これは真実を確かめる好い機会じゃないか?
この前から問題になっている魂を、おれに分け与えた(?)のは彼女ということになっている。たしかにミホカと再会したのを機に、おれの周りで不思議なことがいろいろ起こり始めたのも事実だ。
けど、彼女自身にそんなことをした自覚があるのか、ないのか。もしあれば何か、反応があるはず。
「魂の話、なんだけど」
「……タマシイ?」
ミホカの反応は、ごく自然なものだった。
「タマシイって、あの魂? お化け屋敷とかで、人魂みたいに空を飛んでるやつのことですか?」
「そうそう、それ。おれたちが知らないだけで、人の魂にはスゴいパワーがあってさ。さっきもそれで、江ノ島さんと一緒にちょっくら死後の世界に行って、帰ってきたとこなんだ」
「死後の世界とは、ちょっと違うけどねー」
「へぇ……?」
「それだけじゃなくてな。魂の秘められたパワーを解放すると、魔法みたいな技も使えるようになるんだ。特に浅間はすごくてね、杖からビームみたいなのを出したり、桜の花びらをいっぱいバラ撒いたりできる」
「へーっ、何それ面白い! じゃあ澪那先輩に聞いたら、見せてくれるんですか?」
「んっと……そうだな……いまは難しいかも。バトルフィールドみたいなところに行ったら、見せてもらえるかな」
「…ぷっ」
ここまで楽しそうに聞いていたミホカは、ついに噴き出した。
「ばっ、バトルフィールドって……あははっ。意味わかんないけど、楽しそうですね。今度、澪那先輩に見せてくれるよう頼んでみます」
駄目だ。どうも完全に冗談と思われてしまったらしい。まあ、当たり前だけど。
彼女が言って振り返った先には浅間がいて、砂浜で山を……いや、もう少し緻密な建造物を作ろうとしていた。お城を作ろうとしてるみたいに見えるけど、なかなか難しいみたいだ。キノコの家族が並んでるみたいになってる。
「さあて! そろそろ私も、遊ぼっかな~」
江ノ島ひとみは立ち上がり、サンダルを履かず素足のまま砂の上に踏み出した。
「はいぜひっ! 水、冷たくて気持ちいいですよ。シントさんは?」
「ん、あー、おれはいいや」
「えー!? まかちゃんも脱ごうよ~っ。みんなで足を、砂で汚しちゃおう?」
江ノ島さんからの抗議(甘い誘惑ともいう)を受け、しょうがないと裸足になった。我らが中3女子もそれを見て嬉しそうだ。
こんなことなら、マサヲのやつも連れてくるんだった。こういう話の常として、男2人ビーチパラソルの下にだらだらと居座り、浜辺で戯れる女性陣を眺めるという役回りが……。
…いや、待てよ? せっかく海に来たのに誰も水着じゃないとはどういうことだ? 先人の知恵によって形づくられてきた、お約束を裏切るのはいただけない。
ここは物語のシリーズ化に期待することにしよう。万が一にもこんな感じの日常が一年後まで続くような奇跡があれば、また夏になって海に来る機会も生じるだろうしね。言うまでもなく、視覚メディアでの発表を期待する。小説みたいに千年も前からあるアウト・オブ・デイトな形式はお断りだ。
だいたい。おれには浅間みたいに小説の文章なんて書けないし、自分の文が不特定多数に読まれると思うと、顔から火が出そうなんだもん。
●(後日談)
そんなこんなで、江ノ島ひとみとの会話は途中で途切れたまま、解散の運びとなった。
しかし、我々には離れていても対話できる文明の利器が(しかも幾種類も)ある。
連絡先も教えてもらってあったが、それは登録してあるだけの使われない宛先。この前のあれは彼女の気まぐれで、一過性の嵐のようなものだったと思っていたのだが。
数日後、「えのしまひとみ☆ミ」さんからメッセージが届いた。
〈この前はありがとう!!
〈私もさきわい部に入っていい?〉
ちなみに2行の間には、ピンク色の謎な生命体のスタンプ(大きな絵文字みたいなものだ)が付いていた。
ぱっと見サンショウウオに見えたけど、ちっこい翼と長い髭を生やしているところからするとドラゴンらしい。おれが知らないだけで、最近秘かにブームのキャラクターだったりするのかもしれない。
〈いいけど、ずっと続けてられるかわからないよ〉
〈どゆこと?〉
その名目で部室も借りているが、申請が却下になった場合は活動を続けられなくなる由を説明した。(なんでこんな係になってるのかは、我ながら不明だが)
〈そんな感じだけど、大丈夫?〉
〈そういうことか~。うん、だいじょぶだいじょぶ!〉
ちゃんと解ったのだろうか。不安になっていると、
〈またみんなで、楽しいことしようね〉
ちょっと遅れて次のメッセージが追加され、それを最後に沈黙した。寝る前だったのもあって適当に返し、明日に備えスマートフォンを充電することにする。
文字でのやりとりだったけど、こういうのって話した後は部屋に相手の息づかいとか、余韻みたいなのが残る気がするんだよな。そんなふうに感じるのって、おれだけかな。
ともあれ、合点がいったことがある。どうして江ノ島ひとみが、『最近楽しいことがない』なんて相談を、あんなに真剣な面もちで持ち込んできたのか。
自ら語っていたとおり、こちらに留まっている魂たちを、一緒に楽しませることで癒やしてあげたいからであり――。
彼女自身も、みんなで楽しみたいからなのだと。
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