第34話 けりをつける

「なーローザ、機嫌直してーなー」


「うっせぇ! こっち来んじゃねぇ! てめぇはノエルと乳繰りあってろ!」


「それは後でするからー、その前にローザと仲直りしたいねん。後回しにしたらウチへろへろんなってるし」


「だから生々しいんだよ! ああもう! 今日ぐらい一人にしてくれ!」


 宿の一室に閉じこもったローザに対するヴェラの謝罪はかなり難航していた。誠実さに欠けているのが最大の原因だろう。ちなみにノエルはヴェラのついでに許してもらうつもりであるため、今は前面に出ていない。なんとも姑息である。


「しょうがありません。今はそっとしておきましょう」


「そやな。さすがに大会を放り出したりはせんやろうし、明日話そか」


「ええ。それに相談しておきたいこともあります。部屋に戻りましょう」


 あれからさらにダリルを尋問した結果、いくつかのことがわかった。フランシスはコーベット工房に発注した大型船でノーディザムまで来たこと。現在はノーディザムの港にいてダリルの帰りを待っていること。フランシスの弟オーエンも、魔術治療によって全快し同行していること。大型船の操船のために水夫を雇ったが、かなりガラの悪い連中であることなどだ。


 今は宿の倉庫を借りてダリルを拘束しているのだが、ダリルが戻らなければフランシスはおそらく異変を察知するだろう。そもそもこの宿も既に外から見張られている可能性すらある。さすがに交易ギルドが主催する大会の選手用宿舎を襲撃はしないであろうが、隙を見せれば襲いかかってくるのは間違いない。


 2人は個室に戻ると、得た情報を踏まえた今後の動きについて話しはじめた。


「例えば憲兵に知らせるいうのはどうやろ?」


「今のところ彼らは罪らしい罪を犯していません。ダリルがローザを騙そうとしたことが大会の妨害行為に問える程度です。その程度で憲兵は動かないでしょう」


「ほなこっちからフランシスに仕掛けるいうのは?」


「それができれば一番いいのですが、港の中でこちらから仕掛けるなら銃を使うわけにはいきません。そうなると多人数相手はちょっと難しいですね」


「そっか。ノエルやったらいけそうな気ぃしとってんけど、さすがに無茶やったか」


「期待に沿えなくて残念です。それはそれとして、穏当なのは明日予定通りに出航して上手く振り切ること。根本的に解決するなら、海上で決着をつけることです。どっちが好みですか?」


「そらまあ……、やわな。派手にいこうやないの」


 可愛らしいはずの顔立ちが、危険な肉食獣の雰囲気を纏う。吊り上がった口角から牙が見えるようだ。その笑みにどうしようもなく惹かれながら、同時にノエルは失うことに怯えてしまう。


「海上なら遠慮なく銃が使えます。敵は僕一人でも全部潰せますから、ヴェラはなるべく安全なところに……」


「ノエル」


 ヴェラの小さな人差し指が、ノエルの唇を押さえている。物理的に言葉を封じられたノエルに、ヴェラは静かな決意を告げた。


「ウチはノエルと。そう決めたんや。不安なんやったら、ウチの昂りを芯から鎮めてぇな。そしたらきっと鉄火場でも冷静でおれるさかい」


 理屈を超えた感情と、利害を超えた情愛。ノエルがどれほどヴェラを愛しても、ヴェラの想いは常にその上をいく。こういう時、ノエルはいつも言葉を失う。なんと言っていいのかわからなくなる。だからいつもの通り、役立たずの唇でヴェラの吐息を貪ることにした。




 翌日の正午近く。出航時間が近づいた3人は、早めの昼食を済ませて港に向かった。ちなみにダリルは宿の従業員に頼んで、出航後に解放してもらう手はずになっている。


「はあああぁぁぁー」


 ローザの口から特大の溜息が漏れた。一晩一人で色々と考えたようだが、あまり感情の整理がつかなかったようだ。


 元々ローザの目的はコーベット工房の存続であり、その為の金策及び今後の宣伝としてこの大陸周回競技に参加している。だがコーベット工房が抱えていた大型船はフランシスが対価も払わず乗り回しており、今後も払われる見通しはない。いやフランシスが受けた依頼どおりにローザたち3人を痛めつけた後なら払ってくれるかもしれないが、それはさすがに真っ平である。


 その結果としてコーベット工房の資金繰りはさらに悪化しており、賞金の分け前と『知られざる英雄号』の売却金額だけで立て直せるのか怪しくなってしまった。というかそれ以上に、いくら資金があってもダリルが経営者である限りは何をしても無駄だと思い知ってしまったのだ。


 普通に考えて、発注した大型船の後金を払っていないフランシスに、船を引き渡すなど論外である。その論外をダリルはやってしまった。しかもローザの金策を邪魔する目的で。経営者として不適格どころの話ではない。コーベット工房は遅かれ早かれ潰れるしかないだろう。


 つまり、ローザの目的はもうかなわないのである。ダリルのせいで。それは溜息も出ようというものだ。もちろん、溜息の理由は他にもあるのだが。


「アタイも今日から根無し草かぁ……」


「大丈夫! ウチらがついとるから!」


「そういうこと言うのはこの口かコンチクショウ! 誰のせいでこうなったと思ってんだ!」


「ひだひひだひ! ふぉめんて! ふぉめんなふぁい!」


 力一杯ヴェラの頬をつねるローザ。まあ多少の巡り合わせはあれど、ほとんどヴェラとノエルのせいなのは確かだろう。


「ったく! この埋め合わせは絶対にしてもらうからね! 覚えときな!」


「ということは、仲間になってもらえると考えていいんですか?」


「他に選択肢がねぇよ。いまから大会を降りるなんざ真っ平だし。あいつらみたいなのに今後も狙われるってんなら、ノエルから離れるのもヤバいだろうし」


「来てくれるのであれば、全力で守ります。ヴェラの次にですけど」


「アンタはほんっとブレねぇなぁ」


 呆れつつもノエルに笑いかけるローザ。実のところ、経緯が気に入らないだけで2人と一緒に行くのはローザにとっても望むところなのだ。経緯は本当に心底気に入らないが。


「で、どうせあれだろ。こっからただ逃げるってわけじゃないんだろ。どんな段取りでいくんだい」


「さっすがローザや。話が早うて助かるわ」


「うっせ」


 頬をさするヴェラの頭を抱え込みながら、すっかりヴェラたちのやり方に馴染んでしまった自分に呆れるローザだった。

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