#25:非→日常×トランブストォ×恒常
<十月三十日午後、世田谷区等々力のコンビニエンスストアに二十代と思われる男が強盗目的で押し入ったものの駆け付けた警官らに取り押さえられ逮捕。直後に自らの舌を歯で噛み切り自傷を図る>
<十月三十一日未明、渋谷区道玄坂の雑居ビルの二階および四階で、五十代と思われる男性、三十代と思われる女性およびその子供と思われる幼児の計三名が窒息死。ガス漏れ等の発生は確認されておらず、首などに絞められた跡も無く、原因は不明>
<十月三十一日午前、川崎市幸区の交差点で赤信号で飛び出した歩行者男女計十六名が重軽傷。至った原因は不明>
ひと風呂浴びて人心地ついた僕らに村居さんからの集合の合図が掛けられたのは、昼食を取ろうとしたその間際のことだった。居室八畳、男部屋。大振りのタブレットが座卓に画面を上に置かれ、その四方を囲むように浴衣姿の僕らが覗き込んでいる図だが、そこに映されているのはニュース記事……?
「……割と、のんびり修行というわけにもいかなくなってきた状況だ。急だけど今日中には事務所に戻る」
村居さんの声が硬い。ジャージからいつもの黄土色スーツ上下に着替えているが、その出で立ちからも何となくの緊迫感が伝わってくる気がする。漂ってくる「感情」も「黄色」い。緊張、過敏、憂惧、それに「恐怖」まで……? これら表示された記事たちに何かしらある、ということなのだろう。確かに三つとも不可解な事件、あるいは事故と思われるが。
「え、もしかしてこれ全部があの野郎どもの仕業とかって、そういうこと?」
三ツ輪さんがまだ完全には乾いていない髪からほんのり湯気を立ち昇らせつつ、眉間に皺を寄せるが、おそらくはそうなのだろう。
「……」
沈黙が図らずも肯定となった。さらには、
「奴らが完全に動き始めたと、そう見ていい。最悪の想定はしたくはないが、このままボクらが手をこまねいていたり、機を逸したりすれば、東京中がパニックに落とし込まれる可能性、大袈裟に聞こえるかもだけれど、それすらかなり高いと思われる」
言う通りの大袈裟な物言いに聞こえたが、その骨ばった身体を包む「色」の流れで、誇張では無いことは肌で感じ取れていた。しかし「東京中」……奴らは「集団」とは聞いたけれど、そこまでの多勢大勢では無いように受け取っていたが……
「『感情を操る』とかって、そういうこと……? そうやって増やしていけるとか? ノリ的にはゾンビとか
三ツ輪さんも場の空気を読んでか、いや、場の「感情」を読み取ってか、そんな神妙ながらも物騒な例えにて的を射たような言葉を発してくる。そうなのか? この一連の
「……」
相当に、まずい気はする。そして、何かが胸の辺りに引っ掛かっているような感覚。何だ……これは。小さい頃の記憶? 何で今。集中しろ、村居さんの言葉に。
「……『
何となく、イメージは出来た。出来たが、「感情」に呑まれたヒトらが……例えば【激昂】とか【恐慌】とか。それによって引き起こされる理性を欠いた行動に走ってしまったのならば。そしてそれが集団に伝播してしまったのならば。
まさにの「
「どうしたら……」
しぼむような感じで、姫宮さんがそのいつもはくるくる変わる表情を【悲嘆】で固めたような表情で言葉を漏らす。「感情」に呑まれる、ということを誰より知っている、体感しているのは彼女だ。それがどうとも抗えないということも。
「本格的に燃え上がる前に、『鎮火』するしかないんじゃあないのぉ~? 世田谷、渋谷、川崎の三点に散らないといけないわけだけどぉ?」
間延びした口調とは裏腹に、三ツ輪さんの表情も珍しく張りつめている。確かに今なら「三か所」。僕らが単独で向かい、取り憑きを起こしている「感情体」を封じ込むことが出来たら。いや待て……それは。
「いいや、『火種』が撒かれてしまった以上、完全な鎮火はもう不可能と思っておいた方がいいね。いまこの瞬間も、拡がっていっているはずだ。人から人へ。媒介するのが何かは分からないが、『群衆心理』とかね。そういったものの相乗とか、推測だけどその『場』にいるだけで、触れ合うだけで、場の空気を吸うだけで、感情を交わすだけで。……『感情』の伝播は起きると見ておいた方がいい」
そういうことだろう。が、村居さんの言葉は、想定していた出来ていた範囲の事柄であったものの、その事象がまだうまく想像出来てはいない。出来てないと言うか、
何となくうっすらと見えてしまっているから意識を外そうとしている。いや、現実を、事象から目を逸らさずに考えるんだ。そう、確実に死者はこれからも出てくる案件と……思われる。そして、そんな最悪事態が起こるのが、子供とか弱い者から、とかだったら。
空気がうまく吸えない。目を閉じて呼吸を整えようとしたら、頭の中で緑色の光がちかちかと瞬く。まずい、これだけのことで僕が感情に呑まれててどうする。普段からよくある静かなる恐慌に陥りそうになる僕だったが、
「あ、わかった~村居さんの考えていること。と言うか、元よりそんな『作戦』だったんじゃあ無かったっけ~? そうそう、『総本山にブッ込む』」
そこに、らしさを取り戻したかのような、三ツ輪さんのあっけらかんとした、それでいて気負いの無さそうな言葉がぽんと投げかけられる。目を開けてその顔を窺うと、いつも通りの自信と悪戯っぽさと悪そうなナニかを秘めた、にやり顔。そうだ。元締めを、「洗足池」を封じることが出来れば。
「御名答ぅ、そう、やることは当初から変わってはいない。奴らの力の『源』的な例の場所に乗り込んでいって輩を全部伸し、元を封じ断つ。それだけ。ま、それだけの簡単な話って言ってしまおうかなぁ、いやこの際言い切ってしまうよ。そして藤野クン、姫宮クン、構えることは無い。平常心、そいつが今の最強の武器ってね」
いいこと言った? と続けられた飄々感みたいなものに、僕の呼吸は既に平常に戻っていた。右隣の姫宮さんの方に目をやり、軽く頷く。急だったか少し、びくっとされたけど、次の瞬間にはじっと見つめられてから力強い微笑みを返してくれた。わずかに動いたクリーム色の髪からは、緑と桃色の「感情」の細い流れも見て取れる。よし。
「行きましょう。洗足池に出向いて、橙谷たちを倒す」
フラットな感覚が……「平常心」が自分の中で渦巻いてくる。フラットな声が出せた。そう、どんなにのっぴきならない事態だろうが、まずは落ち着くんだ。ニュートラルな「感情」でコトに当たるということ、おそらくはそれが最善策なはずだから。
「クルマはボクが。これでも多少は『耐性』はあると自負しているのでね」
「支給」がなったのか、しばらくかけていなかったあの薄茶色レンズの眼鏡を懐から取り出しすらりと掛ける村居さんだが。それもまた「平常」感を後押ししてくれるかのようで。とか思っていたら。
「ま、各々服装に関しては今朝のテニスのの奴しか無いんだけどね。その下にあの『黒スーツ』を着込むか、だね。途中で買い込む暇は、まああればいいけどくらいに思っておいてくれ」
こちらも悪戯っぽい顔つきでそう脱力するような事を言われてしまうのだが。割と余裕はありそうな気もするような。
あるいはあの黒革の
緩く、緩いがゆえにしっかりと気合いは入った感じだ。そして覚悟も定まった。
意識、精神。その辺りをうまく操って、「感情」に揺らされること無く、「感情」と闘う。
わるいやつらは、たおさなければいけないから。
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