第9話 / 愚痴

面接であろうとなかろうと約束の時間15分前には必ず到着するように心掛けていた。


最近の寝不足のせいで足取りが重く、面接開始時間15分前到着が遅れそうになっていた為、足早に目的地へ向かっていた。 


「すみません。アンケート宜しいですか?」


と後ろから呼び止められる。


「大事な面接があるので時間が無い、ごめん」


当然急いでいるので声の方を見ずに足早に通り過ぎる。


暫くすると今度は、

「道に迷ってしまったんですが、駅にはどうやって行けばいいですか?」


とまた後ろから呼び止められる。


「今から大事な面接があり急いでいるので他の方に聞いて貰えますか?」


当然急いでいるので声の方を見ずに足早に通り過ぎる。


何とか面接開始時間15分前に到着する事が出来た。


それにしても、今日はやけに声を掛けられる日だ。


声を掛けてくれた2名の女性にちゃんと答えてあげなくて悪い事したなと今更後悔した。


・・・・・


面接はいつも通り無難にをこなし、結果は1週間後との事だった。


最近は面接する事に満足してしまって結果はどうでもよくなってしまっていた。


それだけ‟魅力的”な企業が自分にとって皆無になり始めたのかもしれない。


面接が終わってホッとしたので帰り道にあったカウンターのある居酒屋へ行く事にした。


「いらっしゃいませー!!」


居酒屋特有の掛け声が聞こえる。たまにはこういうのも悪くない。


「ご注文はどうしますか?」


店員が注文を聞きに来た。


「生中1つ」


「生中1つですね、他にご注文は?」


「取り合えずそれだけでいいよ」


「少々お待ちください」


他方からも店員への声掛けがあり足早に立ち去っていった。


後暫くすると後ろのテーブル席から声が聞こえる。学生だろうか?


「おいっ! お前が声掛けろよ!」


「無理だって! 俺英語喋れないし。 お前が行けよ?」


「じゃあ、じゃんけんで負けた奴が声を掛ける!それでいいな!」


学生のノリを適当に聞いているとじゃんけんが終わったようだ。


誰に声を掛けるつもりだ?


1人の若い男がカウンターの一番奥の席に行ったようだ。横目でみるとその席にモデルの様な金髪美女が座っていた。


「こんばんわ!君、可愛いねー。もしかしてハーフ?良かったら俺らと飲まない?奢るからさー」


金髪美女は若い男を一瞥した


「Fxxx off<うせろ>」 即答だった。


「え。。。どういう事? OK? OK?」


どうやら若い男は理解出来てないらしい。


「Shut the fxxx up<だまれ>」


金髪美女は目を合わせず、聞いているだけで可哀想になってくる言葉を若い男へ浴びせていた。


「ちっ、何だよ」


若い男も流石に機嫌が悪いのが分かったのかスゴスゴと席に戻って行った。


暫くすると、今度は渋いおじさんが彼女の席の隣に座った。


酒も入ってるし英語に自信があるのだろう、英語で声を掛けていたが彼女から何か言われたのか速攻で席を立ち泣きながら出て行った。


何を言ったんだ? 彼女、相当機嫌が悪いな。彼氏に約束すっぽかされたのか?


チラッと横目でカウンターの1番奥の席を見る。


金髪美女が何かこっちを見てる視線がある。気のせいか?いや、見てるんじゃない睨んでいた。


おいおい何で睨んでくるんだ?俺が何かしましたか?


彼女の視線、いや殺気から逃れる為、気持ち反対に体を向けて酒を飲む。


飲みに来ただけなのに何をやってるんだ俺は?


暫く飲んでいると


コツ コツ コツ と足音がそばまで来て俺の後ろで足音が止まる。


金髪美女が文句でも言いに来たのか?


背中に気配がずっと残っている。 


・・・・・


「●●君?」


「.....」


「本阿弥君!!」


「あっ... 俺の事か。 あれっ? 陶山か?」


振り返ると解雇された会社の同期、陶山だった。


「後ろから声かけるといつもそんな感じだね?自分の名前でしょ?」


「ははっ すまん。 何をしているんだこんな所で?」


「それはこっちのセリフ。久しぶりだね、新しい職場は決まった?」


そう言いながら、俺の隣の席に座ってきた。


「いや、何件か結果待ちでまだ決まってないよ。それよりどうしたんだ?仕事が行きづまったか?」


陶山が居酒屋にいる時は大抵が仕事が行き詰った時だった。よく誘われて愚痴を聞いていたのが懐かしい。


「やっぱわかる?本阿弥君が居なくなってから部下を持つようになったんだけど中々うまくいかなくて。中間管理職って大変だと痛感した...」


涙目で愚痴をこぼし始めた。既に何杯かお酒を飲んでるらしい。こいつは酒が入ると泣き上戸になるんだった。


仕事中の態度とのギャップがあるから酒の席でよくいじってたな。


「すいませーん、彼女にモスコミュール1つ」


「あいよ!」気持ちの良い店員の返事が響く。


「憶えてくれてたんだ?」


「何が?」


「私の好きなお酒の事」


「陶山の愚痴にどれだけ付き合ったと思ってるんだ?憶えちゃったよ」


「そう... だよね」




「おいおい、暗い顔するなよ。置かれている状況で言えば無職の俺の方が陶山より遥かに悪いんだから」


「ははっ!確かにその通りだね」


陶山は何か考え事をした後、俺に質問をしてきた。


「ねぇ本阿弥君、言いたくなかったら言わなくていいんだけど5年前の事憶えてる?」


「...俺が休職から復帰した時の事?」


「うん、あの時の事」


「どうしたんだ急に?正直、復職以前の事は事は憶えてないというか記憶がないんだ」


俺は6年前に退職届を会社に提出したらしい。らしいというのは自分には憶えが無く、陶山から聞いた事だった。


確か理由は心の病の治療とかで診断書を添えて提出したとかだったかな?


だけど、当時の上司や陶山が必死に会社に掛け合って休職扱いにしてくれたとか。

そして1年後、つまり5年前に職場復帰した所からは憶えている。


俺には記憶が無い空白の期間があるわけだ。


どこで何をしていたか当時は必死になって探したが手掛かりが全く無かったので忘れることにしていた。厄介な事に休職前の自分自身の記憶も曖昧だ。


「人って簡単に性格が変わると思う?」


陶山が唐突な質問をしてきた。


「無理じゃないか?生まれ持った性質があるし根本から変わるなんて。何か関係あるのか?」


「うん、あの時皆触れない方が良いと思って誰も何も言わなかった事があったの。本阿弥君は自覚が無いのかもしれないけど復職してから性格が変わったというか最初は別人のように感じたの」


別人? 初耳だった。


「別人か... 自覚がないな、どんな風に?」


「誤解しないで聞いて欲しいんだけど、休職前の本阿弥君はとにかく自分に自信を持っていて周りの人間を引っ張ってくれる存在で、自分が正しいと思ったら絶対に曲げない人だった」


俺が引っ張っていく人間だった?

そんな憶えないぞ?


「...確かに違うな。俺は周りを引っ張って行くタイプじゃないし、個人個人の意見を尊重してバランスを考える方だしな。自覚は全然無かったけど周りから自己評価低い奴とか言われてから意識するようになったかな」


「でも正直言うとね、休職前の本阿弥君は少し怖かった。何て言うか完璧過ぎて隙がない感じだった」


「別人なら今は隙だらけになるな(笑) 俺の事より陶山は大丈夫なのか?」


「もう大丈夫。本阿弥君と話していたらスッキリした」


「なぁ、陶山もいい加減、俺に愚痴を言うんじゃなくって包容力があって引っ張ってくれる彼氏を探した方がいいと思うけどな、誰かいないのか?」


「...いいなーって思う人はいる」


視線を落として陶山は答えた。


「何だ。いるならその彼にアタックしたらどうだ?陶山は美人だしゲット出来ると思うけどな。うまくいけば結婚とかな(笑)」


「その人、今無職だから結婚は未だ考えれないけど、うまくいくかな?」


「将来性があると感じるならいいんじゃないか?」


陶山が真っ直ぐこっちを見た。

「本阿弥君... よかったら私と」


ガシャーン!!


グラスが割れた音が店内に響いた。


見ると俺を睨んでいた金髪美女のグラスが下に落ちて割れたようだった。


「大丈夫ですかお客さん!」


慌てて店員が駆け寄る。



「大丈夫です。すみません」

と言い、金髪美女はお金を置いてあわてて帰って行ってしまった。


「陶山、さっき何か言おうとしたか?」


「ううん...本阿弥君、愚痴もこぼせたし明日も仕事早いから帰るね。転職活動頑張ってね!」


「ああ、陶山も仕事無理しすぎるなよ。潰れちゃったら元も子もないからな。無職の暇人だから連絡くれたらいつでも愚痴は付き合うからな!」


「...優しすぎ。勘違いしちゃうじゃない」


「えっ?」彼女が何を言っているのか上手く聞き取れなかった。


店を出ていく彼女の後姿を見送る。


――――気を取り直してもう一杯お酒を飲んでから店を出よう。


誰か俺のつまらない愚痴を聞いてくれる優しい娘はいないかな?

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