第10話 / 社会人

陶山を見送ってから1杯だけ飲もうとしたらついつい2杯、3杯と飲んでしまい、いい感じで酔いも入って居酒屋を出た。


周りは酔ったサラリーマンや若い学生のグループが楽しそうに歩いている。この中を1人無職の人間が歩くと社会から取り残された気分になる。


!?


10メートル程先で喧嘩なのか何やら騒がしい。


喧嘩に巻き込まれるのは嫌なので距離を開けて通りすぎる事にした。


通りすぎる時に横目で喧嘩の様子を伺った。


金髪の娘が不良グループに絡まれている。


あれ?あの娘は居酒屋にいた金髪美女じゃないか。気が強そうな娘だったからあいつらに声でも掛けられて突っぱねたんだろう。


「おう、黙って聞いてたらふざけた事言いやがって!ちょっとばかし可愛いからって調子のってんじゃねぇぞ!」


体格の大きい男が金髪美女に向かって怒鳴る。


「本当の事言っただけでしょ?1人のか弱い女に大の男が寄ってたかって大声出して!最低!」


臆すること無く金髪美女も負けじと声をあげる。


「何だとこの野郎!」


遠巻きに人だかりが出来ているが皆怖いのか誰も助けようとしない。


喧嘩の強いヒーローなら颯爽と彼女を助けられるんだろう。残念ながら喧嘩が弱い自分が助けに入ったところで被害者が1人増えるだけだ。


流石にほっとくわけにはいかなかったから警察を呼ぼうとスマホを出したが、男逹は今にも殴りそうな雰囲気になっていて間に合わない可能性があった。


仕方ない...無職だから何かあっても会社の心配する必要ないか。


「あの...もうやめませんか?」


勇気を出して興奮している1人の男に声を掛けた


「ああー!? 誰だてめぇーは?邪魔すんじゃねぇぞ!」


やっぱそうなるよな...


金髪美女が腕を組んできた。

「緋色さん、助けて!この人達がさっきからしつこいの!」


えっ どういう事?


「ほー、彼氏君ですか?じゃあ先ずはお前でいいや、きっちり落としまえつけさせてもらうぜ」


1番強そうな男が殴り掛かってきた。


3発殴られた迄は憶えていたがそれ以降記憶が途切れた...




・・・




目を開けると星が見えない夜空が見える... 


全身が痛い... 身体が動かない。


頭の下は柔らかい枕のような...いや人肌? 膝枕されているのか?

視界の隅から金髪美女の顔が見えた。


「大丈夫?病院に連れて行こうかって聞いたら、無職だから保険が無いとか大丈夫だってうわ言のように言うから私が最低限の手当てをした所。骨折とかしてなさそうだから打撲程度で済んで良かった」


そうか、ぼこぼこにされて気を失ったのか...


「いてて...あんたに怪我は無いか?何かされなかったか?」


「...私は大丈夫。そんな事より自分の心配して?」


彼女は心配そうに見つめてくる。怖い娘かと思ったけどこんな表情も出来るんだ。


「...あいつらは?」


「誰かが警察を呼んでくれたみたいで直ぐに逃げて行った」


「そっか... あんたに膝枕までさせちゃって悪いね...」


いつまでも膝枕させるのは悪いと思って体を起こそうとした


「暫く動かないで。頭打ってるかもしれないから。それにあんたって名前じゃないわ」


「...じゃあ何て呼べばいい? ...いててて」


金髪美女は暫く考えた後、こう答えた


「...“テレジア”」


「テレジアか...いい名前だな。本語上手だけど日本人?」


何が面白かったのか初めて彼女の笑顔を見た。


「これでも日本人よ失礼ね(笑) あなたの名前も教えて?」


「えっと... 緋色 ...本阿弥 緋色...」


「自分の名前でしょ?どうしてそんなに考える必要あるの(笑)」


テレジアがクスクスと笑いだした。


テレジアが持っていた鎮痛剤を飲ませて貰い、暫くしたら何とか動けるようになった。


「テレジア、何とか動けそうだ。ありがとう付き合ってくれて。タクシーで帰るよ」


「助けてくれてありがとう。ごめんなさい、巻き込んでしまって」


「助けたなんてカッコいい事は出来なかったよ、ただボコボコにされただけ(笑)」


恥ずかしくなってきたのでさっさっと帰ろうとした。


「あの...お礼がしたくて...食事をご馳走させて?」


行こうとする俺をテレジアが俺の鞄を掴んで行かせないようにした。


「気を使わなくていいよ。下心があって助けに行ったわけじゃないから」


「分かってる!先に言うけど高額な絵を売るとかおいしい商売話があるとかそういう事は一切ないから!」


「......」


「誘ってるの! 駄目?」


「テレジア、誘ってくれてありがとう。でも良い男なら他にも沢山いるよ。それに俺、今無職だなんだ(笑)。お礼はいいよ。これからは変な奴に絡まれないように気を付けてな」


見るとテレジアの顔がみるみる真っ赤になっていくのがわかった。


「あんた、本当に自己評価超低くてつまんない奴!ちょっとは自分に自信持ちなさいよ!せっかく勇気出して誘ったのに!」


彼女は目を赤くして行ってしまった。


泣いていた?


初対面であんな感傷的にならなくても。

自己評価が超低くてつまんない奴か...


そりゃモテないわ俺...


顔面は腫れて体中痣だらけで、オマケに可愛い娘からつまらん奴って言われて踏んだり蹴ったりだな。


あれっ?足元にスマホみたいなものが落ちている。テレジアが落として行ったかもしれない。でも変な形だな。こんなスマホ発売されてたか?メーカーも見たこと無い名前だし。


ちょうど交番とタクシー乗り場が近くにあるのを思い出し、そこへ向かって歩いていると前をカップルが話しながら歩いていた。


「ちょっと前にこの辺で喧嘩があったんだよ」


チャラい男が彼女に喋っている。


「そうなんだー、怖いね。どうなったの?」

チャラい男には似合わない真面目そうな可愛い彼女だった。


「金髪の超可愛い娘がいかつい奴らに声かけられてたんだよ。そしたらその娘も気が強くて、そいつらにめちゃくちゃ罵声あげてたんだよ。そしたらそいつら怒っちゃってその娘に殴り掛かろうとしたんだよ」


「ちょっと怖くない?警察とか誰か助けなかったの?」


「こっからが面白いんだよ。弱そうなスーツ着た男が無謀にも止めに入ったんだよ。武道でもやっているのか期待して見てたらボコボコにされてたんだよ。だったら出てくるなって思ったわ」


俺の事だ... めっちゃ恰好悪いな...

聞きたくない話を聞かされるとは...

なんの罰ゲームだ?と思いながらカップルの後ろを歩く。


「それでさ、こっからがウケるわけ。そいつ、かわいい娘に恰好つけたいのかボコボコになりながら盾になってその娘を逃がしたんだよ。喧嘩も出来ないならしゃしゃり出るなっつうの。あの可愛い娘もがっかりしたんじゃないかな?白馬の王子様が助けに来てくれると思ったら真逆の奴だったから」


もうやめてくれ... 死ぬほど恥ずかしい... 


まさか張本人が後ろを歩ているなんてチャラ男君もさすがに思ってないだろう。


今まで黙って聞いていた彼女が口を開けた。


「マータンはその時どうしてたの?」


マータン? 下を向いて後ろを歩いていたが思わずチャラ男の顔を見る。


「俺? おっ 俺はめぐみとのデートの約束があったから遅れるとまずいと思って...」


「思って?」 彼女が突っ込む


「いや...だから...」


「だから助けなかった?」


「そうそう、助けに行ったら怪我するかもしれないし、下手したら刺されるかもしれないだろ?めぐみに悲しい思いさせるわけにはいかないからな!1人身だったら助けに行って絡んでる奴らをボコボコにしてただろうな!」


上手く言えたとチャラ男が彼女を見つめる。


「マータンが言っている事も正しいところはあるよ。だって実際そういう場面に出会ったら怖いもん。助けに行って殺された人も実際いるし。マータンがそうなったら悲しいもん」


チャラ男の顔がぱっと明るくなる。


「でしょ? 助けに行こうと思ったけど何かあったらと思うと躊躇しちゃってさ」


「そうだよね、助けに行こうと”思う”のと”行動する”のとでは天と地の差があると思うの。だってさっきマータンが言ったでしょ?何かあったらと思うと躊躇するって」


彼女がチャラ男を見つめる。


「確かにそうだな...」チャラ男が下を向く。


「じゃあ、助けに行った人は格好悪いの?実際にボコボコにされたけど可愛い女の娘を結果助けた。下手したらその人死んでたかもしれないよ?」


「...めぐみ ごめん。確かにその通りだ。めぐみに言われて今気付いた。その人は格好悪くない、おとこだったよ」


"漢”って... 何か暑苦しくなってきたぞ。

気付かれないように後ろを歩き続ける。


「分かればよろしい。それにね、マータンは未だ学生だからいいけど、社会人になったら喧嘩は絶対に駄目!どんなに喧嘩が強いからってそれを振りかざして相手に怪我させたら社会不適合者のレッテルはられて下手したら人生終わりだよ?」


彼女がチャラ男君を問い詰める。


「ごめん...」チャラ男君がガックリと肩を落としていた。


「説教みたいに言っちゃってごめんね」


「...」


「その助けようとしてくれた人見たかったなー」彼女が唐突に言う。


「何で?」チャラ男君が直ぐに反応する。


「だって格好良いよね?私がその可愛い娘の立場だったら惚れちゃうかも。多分その娘も凄く感謝してるんじゃないかな?」


「めぐみ!俺ももっと格好いい男になれるように頑張るよ!」


「その調子!頑張ってね」彼女がチャラ男君を励ます。


最後のイチャイチャを余分に見せられ、彼らはそのまま地下鉄行きの階段を降りて行った。


チャラ男君は彼女の事を凄く好きなんだろう。きっと彼女は姉さん女房になるな。


交番が見えてきたので落とし物のスマホを渡そうと手にしたとき着信があった。落とし主だろうか?躊躇したが電話に出てみた。


「もしもし...」話しかけてみる。


「あの...もしかしてクレホを拾ってくれましたか?」


この声はテレジア?だった。


「もしかしてテレジア?ってクレホってスマホの事?」恐る恐る聞いてみる。


「...緋色さんが拾ってくれたの?」


「ああ、今から交番に届けようと思ったんだ。何処にいる?近くにいるなら持っていくけど?」


「ありがとう...それじゃあBAR【異世界】という所にきて欲しいの。私はそこにいるわ。場所は今から教えるから来てくれる?」


彼女からその店の名前と場所を聞いた。あれっ?よく行く場所だけどそんな場所にBARなんてあったんだ?


「テレジア...あのさ、さっきの事なんだけど...」


「もうその事はいい、忘れてくれる?」


「いや...そうじゃないんだ... 会ったらその時話すよ」


―――――電話を切ったあと、足早にテレジアがいるBAR【異世界】へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る