弐拾ノ妙 棗の呪力
犬飼さとみの躰に入り込んだ狗神は、さとみの躰を巨大な猫の妖異――狗神へと変化させ、巫音に襲い掛かった。
部屋の中から弾き飛ばされた巫音は、ベランダのフェンスに強く叩き付けられ、フェンスに
棗は、壁にしっかりと背を付けて、その壁の反対側――部屋の中にいる巨大な猫、というよりは熊のごとき狗神に
巫音の命を守るために何とかしろ、とでも言うのか、棗の右腕の皮膚の下を、ヤモリの
皮膚の下の異様な
吐き気をグッと我慢する棗。
狗神は、巫音に
棗の脳内では、恐怖と
――もう、
「ミギャー」
狗神が巫音に向かって、引き裂くように腕を振り下ろす。
狗神の
棗が
躰を大きく揺さ振り、棗を振り払おうと
その圧倒的な力で振り回され、振り飛ばされる棗。
依然として意識を失ったままの巫音。
その脇のフェンスに、巫音と同じように背中から叩き付けられ、胃の中から苦いものが込み上げる。
間髪入れず、狗神の爪が巫音を襲う。
棗は、苦い唾を呑み込むと、棗自身でも驚くほど俊敏に、巫音と狗神との間に立ちはだかり、狗神の両腕をぐいと
全力で狗神を押し
しかし、狗神の圧倒的な力に、肘や肩が抜けそうになる。
上から押し付けるような圧力に、
狗神に押し込まれ、ズルッ、ズルッと
このままでは、巫音ごと切り裂かれ、肉片と化すのも時間の問題と思えた。
プルプルと
「織紙さん!」
「織紙さん!」
「織紙! 起きろー!」
棗の悲痛な叫びにも、全く無反応な巫音。
その間にも、ジリジリと狗神に追い詰められていく棗。
今度こそ、
呼吸がこれまでにないくらいに荒くなり、心臓が破裂するかのごとく脈動する。
棗は、尽き掛けた力を何とか絞り出していたが、先の見えない状況に気力を失いつつある。
――もう、頑張らなくてもいいかなぁ……。
腕の力を抜きかけた棗の脳裏に浮かぶ言葉。
「お前さんよ。ほんとに不甲斐ないのー」
「最も重要なのは、強力な呪力が自分に備わっていると信じることじゃ。自分の力を信じられない者に、力を
それは、葛乃葉の言葉だった。
棗は、力のある限り、力の最後の一滴を絞り切るまで諦めないと心に誓い、巫音を眼覚めさせる方法はないかと考えを巡らす。
――織紙巫音、織紙巫音、起きて、起きて、起きてぇー。
半ば
――織紙巫音、織紙巫音、起きて、起きて……。
痙攣が全身に広がり、腕が
依然として目を覚ます気配もない巫音。
――!!
棗は、あることを思い出し、ダメもとで言う。
「えーっと」
「神様、仏様、女神様、
それは、神織神社の結界内に入るために、棗がその
……
……
バタバタ!!
ビュッ!!
突如、羽ばたくような音を立てて胸ポケットから何かが飛び出し、ベランダの床にスッと下りるとクルクルと回転する。
五芒星の書かれた
棗は、横目で見ながらも驚きのあまり眼を疑う。
しかし、狗神に押し負けそうになっている今の状態では、その眼を開けていることすら難しい。
再び、棗の顔に絶望の色が浮かぶ。
――えっ、お、おい、織紙巫音を起こして!
織紙巫音を、織紙を、巫音を、起こして、起こして、起こしてくれー!
……
……
ムクッ
チョン、チョン、チョン、チョン……。
一瞬折れ曲がると跳ねるようにして巫音に近づき、肩に跳び乗る。
ぷに、ぷに……。
「んっ……」
「うぉ、り、が、びぃー(織紙)」
狗神に押し潰されそうになりながらも、背後に向かって声を
巫音が薄く眼を見開き、意識を取り戻す。
頭が回っていないのか、状況が呑み込めず呆然とする巫音。
狗神の力に必死の思いで抵抗を続けて来た棗だったが、巫音の意識が戻ったことで気が抜けたのか脚がぐらつき、巫音に
倒れ込んだ棗の重量が、ただでさえ深手を負った巫音の躰に
「うぐっ」
「いっ」
狗神の左腕の爪が棗の右肩に浅く突き刺さる。
棗は、震える腕の力を振り絞り、腕ごと引き千切られそうなところを、何とか
狗神の右腕の爪は、巫音の頭を輪切りにする勢いだったが、棗の左腕が
棗の腕は、ミシミシと
巫音は、やっと正気を取り戻したのか、頭を左右に振ると辺りを見回す。
「お、お、お、おりっ、がみっ、た、た、たす、たす、け、て……」
棗は、呼吸を止めて、最小限の浅い呼吸をしながら、言葉を
棗の限界が近づくと共に、狗神の爪がジリジリと棗の右肩に食い込んでいく。
棗の右腕が
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