情景#07 天つ風に触れたい

 いま歩く畦道にそよぐ風と、見上げた先の上空に流れる風は別の風。

 私のそばに居る風は、せいぜい私の髪の先をなびかせる程度だけど、ぐっと空の高いところを吹いているであろうそれは、ひとつの方角に向かって強く流れ続けているのだろう。

 遥か空の高いところを流れるもの。それを“天つ風”と呼んだ。

 視覚では捉えられない。

 手で触れることもできない。

 腕を天に向かって伸ばしてみても、まず届くことはない。

 ただ、中空でふくらむ雲の流れゆく在り様が、私たちに風の在り処を教えてくれる。

 歩いている自分の真正面にある空には、真白い入道雲がふくらんでいた。巻雲がそれを引き立てるように細く横へと伸びて空を泳いでいる。

 そんな目立つ雲のそばに、微かな白い引っ掻き跡のような雲があることに気づいた。空を掻いたような、それとも空に溶け込むような……。立ち止まって眺めていると、ちょっと先を歩いていた旦那が、

「行かないのか?」

「あ、うん。すぐ行く」

 一歩、二歩とスニーカーが草を踏んで、ザクザクと音が鳴った。

 畦道の土にとこどろどころ茂る草の緑が瑞々しい。陽をはじいて光の粒が周囲に散っていた。

 ふいに、風が強く吹く。山のふもとに繁る木々たちが枝葉をしきりに揺らした。風がさァっと鳴り、草木がささめいている。

「ふっふ——」

「どうしたの?」

「え、うん。あれ、見てみて」

 正面にいた入道雲が、ちょっとだけ横へと流れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたが見た情景・追録 ななくさつゆり @Tuyuri_N

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ