情景#04 山林を抜けた先

 曲がりくねった山道を、白のデカい四駆が駆けあがっていく。やがて駐車場にたどりつき、エンジンを切った車の中で静けさに包まれたのを見計らってドアを開けた。真っ先に降りると、同乗していたサークル仲間が続いて降り出す。

「うわ、なっつかし……」

 と、ひとりでそう漏らしたのは、運転手の後輩だった。


 降り立った地べたはアスファルトだけど、そこから先は常緑の木々に覆われた土くれの道。木を並べて固めただけの階段を踏み上がれば、靴に赤土の跡がこべりつく山道が続いている。ずっと昔に誰かが歩けるように均したのだろう。そんな道らしきものが先へと伸びていた。

「この道らしきやつを歩いたら、どこに出るんだっけ?」

 と、後輩に尋ねたら、

「広場です」

 ざっくりとした答え。

「ちょうど高台の端みたいになっていて、この辺の町並みを一望できます。ここ、そんな高い山じゃないですけど、見渡す分にはまぁまぁ爽快ですよ」

「へぇ。ていうか、ホントに道? ここ」

「道です」

 と言って、運転手をしていた後輩はすたすたと先を歩いて行く。

「歩き慣れてるねェ」

「そのへん、段差っぽいのに気をつけてください」

「ぽいの、って何?」

「木の根がはみ出てますから」

「こわ……」

 言っているそばから、つま先が盛り出た木の根に引っかかった。

「なるほど。……ぽいの、ね」

 危うく土に手をつくところである。


 太い木や細い竹がこちらを取り囲んで見下ろしている。駐車場の空はスカッと晴れていたのに、こちらは時折ポツポツと洩れ入ってくる陽光を頼りに晴れを感じられる程度。心なしか風もひんやりとしていた。

「涼しいですね」

 あ、涼しいとも言えるか。

 取り囲む林が、どこからか聞こえてくる鳥の鳴き声や虫の囀りの発生源を巧みに隠し、気配に紛れて音だけを運んでくる。常緑の葉を揺らして木々の隙間を抜けてくる風の音。風は元気だ。

 せた葉は土に伏せていた。その葉の下でゴソゴソとうごめいているのは何かしら。葉をめくってその正体を確かめる気はさらさらない。山の中というよりも、生き物の領域の中に立ち入ってしまう気がするから。

 少し後ろを歩いていた後輩女子が、

「きぇっ…!」

 と、珍妙な声をあげる。

「きぇって、アンタ……」

 山伏やまぶしか何かに転職したの?

「い、いや。いま、顔に何か引っかかって……」

「蜘蛛の巣にでもかかったんじゃない」

 すると、余計に悲壮感を帯びた短い叫び声をあげた。

「え。じゃあ、蜘蛛?」

「そらに張られた蜘蛛の糸って、案外見落としちゃうから」

 背中に蜘蛛がくっついているかもね、なんて冗談でも言おうものなら軽くパニックになりそうな気がして、そこから先の言葉を放たずに結んだ。

「わ、私、蜘蛛ついてます? ちょっと本当無理……」

「セーフ、セーフ」

 身をよじるようにして腹と背中と足下と何度も視線をうろちょろさせている。

「顔面にヒットしなかっただけマシでしょ」

「そんなんなったら気絶しちゃいます」

 羽虫が顔あたりをうろついたり、カメムシが肩に乗ったりすることはしばしばあるが、そんなことを気にしていたら田舎の山道は歩けない。

 そうこう歩けば、先に開けた場所が見えた。こちらを覆う雑木林の木々が、広場への出口をアーチの要領で形作っている作っている。出口はそこに光があつまっているように見えてまばゆかった。

 くぐり抜ける。

 広場に出た。

 一気に視界が広がる。

 空は、視界の端から端まで色を忘れそうになるほどのすすがれた青だった。眼下には海と地べたが広がり、田畑と、米粒のような家並みが張りついている。その合間を縫うようにして、列車を乗せた糸のような道が横切っていた。

 一望する。目の前のすべてを一瞬で吸い込みきる。

「……いいね」

 ふいに、表情が緩んだ。

 懐にしまっていたスマホを出すことも忘れている。目の前に広がる見晴らしを、この目に焼きつけていた。 

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