『悪霊まみれの彼女』外伝

外伝1 猫のミゾレ、『魔窟』にて覚醒する

 ……あたしが覚えているのは、それは寒い日だったってこと。

 白いフワフワしたものがチラついてて、周りはだんだん暗くなる。


 あたしは、箱の端っこに手を当て、顔を出して周りを見た。

 人間がたまに歩いているけど、あたしに気付かないのか、目が合っても知らない振りして通り過ぎる。


 小さい人間が二人、あたしに気付いたけど、すぐにどっかに行っちゃった。

「オレんち、動物は飼えないし」

「うちは、鳥を飼ってるしな」

 そんなことを言ってたかな。


 あたしは、寒さに震えた。

 おなかも空いた。

 でも、誰もあたしを抱っこしてくれない。

 ごはんを、くれない。

 このままだと……どうなるんだろう?


 あたしは鳴いた。

 気付いて欲しい。

 ごはんが欲しい。



「あらら、どうしたの? お前」

 うずくまっていたが見上げると、ヒョイと体が浮いた。

「困ったわね。どうしようか」

 その人は、あたしをジーッと見つめた。


「ま、いいか。寒いでしょ。おいで」

 あたしを箱に戻し、箱ごと抱き上げ、その人は建物に入った。


「お帰りなさい。……あれぇ? その猫は……」

「下の自販機の横に置かれてたのよ。可哀想に」

「ミケちゃんだ。仔猫だね」

「放って置いたら、死んじゃうわ。仕方ないから、連れて来た」

「ここ、ペット飼っても大丈夫なんだよね?」

「大丈夫でしょ。何年か前に、管理組合でも話し合ってた。入居条件の中に『ペット禁止』の項目が無かったら、OKってことになった筈よ」

「じゃあ、あたしがお世話する。まず、体を拭いてから、火に当たろうね」


 こうして、あたしはこのお家の一員になったの。

 あたしを連れ帰った人は『お母さん』で、お世話係は『ちかちゃん』。

 それと『お父さん』。

 『お母さん』と『ちかちゃん』は、あたしと同じメスで、『お父さん』はオスだ。


 そして『ちかちゃん』は、あたしに名前を付けた。

 それが『ミゾレ』。

 意味は知らないけど、けっこうイイかも。

 気に入った、ニャン♪


 この家での暮らしは快適だ。

 おいしいごはんに、あったかフワフワな寝床もある。

 寒いときは、ストーブの前で転がって転寝うたたねする。

 寝てるだけで「カワイイ~」って誉められちゃう。

 ツメをといだら、たまに怒られるけど、それぐらいイイんじゃないの?



 でも、お外に出ることはできない。

 たまに、開いた玄関のドアからお外を見るけど、何にもない。

 『ちかちゃん』の友達だと言う、頼りなさそうなオスが隣に住んでいる。

 いつだったか、外に三匹のオスがいた。

 隣の頼りなさそうなのと、ヘラヘラした感じのと、キリッとしてる感じの。

 隣のオスの仲間だから、無視無視。


 でも、隣の『お母さん』は好き。

 時々、家に来て撫でてくれるし、何か不思議なフンイキがあるの。



 こんな感じで、あたしはゴロゴロノンビリ暮らしてた。

 また寒い時期が来てぇ……そして怖いことが起こったの。


 『ちかちゃん』が、友達を連れて来た。

 ところが、その友達は普通じゃなかった。

 『幽霊』が取り憑いてたのよ!

 『ちかちゃん』は気付いてないみたい。

 でも、あたしには分かった。

 隣の頼りないオスも来たみたいだけど、あたしは『ちかちゃん』の寝床にもぐって隠れてた。

 


 

 ……それ以来、『幽霊』に取り憑かれた友達は来なかった。

 『ちかちゃん』に訊きたかったけど、残念ながら、あたしと会話できない。

 そんなモヤモヤ気分も忘れた頃、あたしと『ちかちゃん』はテレビを観た。


【こうして、パオロとフランチェスカは愛し合うようになったのです。この瞬間を、『神曲しんきょく』の著者のダンテは、こう描いています。『私とパオロが恋に墜ちたのは、騎士ランスロットとギネヴィア王妃の恋物語を読んでいた時でした。ランスロットがギネヴィア王妃に口付けする場面を読んだ時、パオロは震えながら、私に口付けをしました……】


 テレビの中から低いオスの声が聞こえ、赤いお洋服を来たメスが映った。

 これが、『フランチェスカ』かな。

 うん……なかなか良い感じのお洋服じゃない?


【密会している二人を発見した夫ジャンチオットは、剣で二人の命を奪ったのです。その話を聞いたダンテは、地獄で抱擁する二人を『神曲しんきょく』に登場させ、数多あまたの芸術家は、二人を題材にした絵画や彫刻を世に送り出しました。ダンテと芸術家たちの手で、二人は不滅の命を与えられたのです……】


「ううっ……可哀想だけど……ロマンチック……」

『ちかちゃん』は大泣きし、あたしもチョッと胸がキュンとなった。

 命をかけた恋……悪くニャイわね……。



 次の日、隣の頼りないオスが来た。

『ちかちゃん』も趣味が悪いと思うけど、小間使い代わりに便利なのかもね。

『ちかちゃん』は、昨夜の番組の話をしてあげたけど、たいして反応が無い。

 やっぱり、このオスはダメだ。

 恋に無頓着むとんちゃくなオスはキライ。


 そして、オスが帰った後。

 あたしはテーブルの下に変なモノがあるのを見つけた。

 お魚っぽい形をした小さいモノ。

 新しいおやつかオモチャかと思って、それをかじって遊んだ。

 ちょっと歯ごたえがあるけど、何の味もしない。

 と思ったら……それが口の中で潰れて中身が飛び出した。

 水みたいで、舐めてもやっぱり味はない。


「ミゾレ、こんなとこで何してるの?」

『ちかちゃん』があたしを見つけて、しゃがんだ。

「……あれ? 醤油さしじゃない。こんな物で遊んじゃダメよ」


『ちかちゃん』は潰れたモノを拾って、キッチンに行った。

ゴミ箱に捨てに行ったみたい。

まだ夜ごはんまで時間がありそうだから、ストーブの前で寝てよ♪



そして、夜になった。

ごはんは食べたし、あたしは『ちかちゃん』の部屋の寝床で遊んでた。

お魚の枕を抱いて、キック・キック・キック♪

ウトウトしつつも、キックを繰り返していると……!

突然、下に落っこちた!

高い所を歩いてたわけじゃないのに、そんなバカにゃ!?





気が付くと……あたしは後ろ足で立っていた。

違和感を感じて自分の体を見ると、人間の体になってる!

赤いドレスを着ていて、髪も長いみたい。

どうして、人間の姿になっているんだろう?

寝床で遊んでいたのに……しかも、周りは真っ暗。

見上げると、巨大な月がある。

光は、どことなく赤味を帯びていて……家の窓から見えた月とは違う。

不吉な雰囲気に満ちている。


けれど……何だろう?

あたしは、この月を見たことがある。

確か……

そう……膝の上だ。

誰かの膝の上で、この巨大な月を眺めた記憶がある。


美名月みなづき……あの方たちを助けてあげて……』


……頭の中で声が響いた。

なつかしい声だ……

この声の主の、手の感触を知ってる……


「行かなきゃ…!」

突然、決意が湧いて来る。

闘志も湧いて来る。


身構えると、目の前に巨大な山門が現れた。

山門の隙間は、わずかに開いている。

迷わず蹴ると、山門は大きく開いた。

その向こうには、白い球体が見える。

闇の中、大きな球体が浮かんでいる。


この中に、彼らがいる。

彼らの力が無ければ、奥まで辿り着けない。

そこに、あの御方おかたはいらっしゃる。


……あたしは『美名月みなづき』だ。

「美名月……『美名月みなづきフランチェスカ』。あたしの『名』だ!」


あたしは跳んだ。

あたしなら、この球体を破壊できる!


あたしは、闘わなくてはならない。

あたしの、ご主人様が待っている。




 『外伝 1・完』

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