第21話 ……でも、血の匂いはもっとするの

 × × ×


 ところで、あの戦いの後にドクターへ電話を掛けた時、ふと買って以来ケータイを触っていないことに気が付いた。だから目を覚ました昨日の明日、つまり休日の今日に、色々と調べてみてこいつを使いこなす練習をしようと思っていたのだ。せっかく買ったのに、もったいないしな。


「……あれ」


 俺の気のせいでなければ、連絡用アプリ『ルーイン』のアイコンの上にある赤文字は400と記されていたハズだ。意識は朦朧としていたけど、キリのいい数字だったし見間違えはないハズ。しかし、目を覚ましてその数を見てみると、なぜか表示は666となっていた。不吉だ。


「また増えた」


 しかも、ぴょこぴょこと連続で。よく見ると、ホログラムの上の方に文章が掲載されている。しかし、次々に変わっていってしまって何が書いてあるのか分からない。気になるじゃねぇか、俺は中身が見たいぞ。


 確か、このアイコンをタッチで見れるんだったな。思い出して、ピッとアプリを起動する。すると、そこには目まぐるしく最上段を競り合うあの3人の名前と、ピコンピコンピコンピコンと何度も聞こえる通知音。な、何が起こっているんだ?


「バグか?」


 聞いたことがある。機械はその役割を果たす回路的な何かに異常が発生すると、予期せぬ行動を起こすという事を。ひょっとすると、これは初期不良なのだろうか。なんだ、文明の利器も案外大したことないな。


 考えて、タイミングよくタッチ出来たのは八光のアイコンだった。そして、表示される彼女とのトークルーム。そこに表示されいていたのは。


「どうして部屋にいないんですか?まさか何かに巻き込まれているんですか?心配です。今すぐに連絡して下さい。してくださいよ。どうしていつも返事をしてくれないんですか?寂しいです。寂しい寂しい。そう言えばこの前売店で女の子と話をしていましたよね?あれ誰なんですか?どうして私を不安にさせるんですか?小戌さんは本当にかまってちゃんですね。私にかわいいって思わせておいてふらっとどこかへ行ってしまうのとか凄く嫌なんですけど。でもそれが小戌さんなんですよねすいません。変な事を言ってしまって。すいません。すいませんすいませんすいません。許して下さい。不安だっただけなんです。本当にごめんなさい。だから連絡を下さい。お願いしますごめんなさいごめんなさい……」


 ……ナニコレ。


 因みに、その次の連絡は「抹茶味のアイスおいしいです」という短いコメントに自撮りの写真だった。一体、あいつの中で何が起こっているんだ?


 しかし、他の2人もこんな感じで何件も送ってきているのだろうか。累木のも見てみよう。


「縛り方大百科って知ってる?今度貸すから、やり方覚えといてね」


 あぁ。


「昨日何してたの?思ったんだけど、ペットなんだから一緒に住んでもいいよね?荷物はあまりないから大丈夫だよ。まとめとく」


 やべぇなぁ。累木は割とまともだと思ってたんだけどなぁ、


「既読にしてくれましたね。おはようございます。今から行きます」

「おはよう。ちょっと待っててね」


 見た瞬間、そんなコメントが送られてきた。来なくていいのに。


「バカだなぁ」

「何がバカなの?」

「バッハ!?その登場の仕方やめろよ!!」


 いきなり話しかけられて振り向くと、そこには少し泣きそうな顔の雪常が立っていた。そういう表情やめろって。……ずりいよ。


「……ど、どうした?」

「なんで連絡くれないの?昨日ずっと待ってたのに」

「悪い、ケータイの使い方分からなくて」

「でも、ここにもいなかったの」

「何で知ってんの?」


 もしかして、最初からいたの?


「バイトも休んでるハズなの。おかしい」

「その……。そう、ドクターと話があってな。深夜まで付き合ってもらってたんだ」

「ふぅん」


 実際、嘘じゃない。あの人以外の誰にも話せないだろうから、夜まで聞いてもらってたんだ。学校に直接関係のある人間に生徒会の事を言えば、そいつが危ない目に合うかもしれない。けど、一人で抱え込むとマジで碌な事にならないからあの人にだけ。


「でも、前に言ったの。ちゃんと教えてって」

「聞いてないぞ」

「ケータイを見ないからそうなるの。沈黙は了解なの」


 雪常に対しては、金どころか毒になるようだ。何なら、恐らく雄弁も毒だ。


「小戌、何か隠してる?」

「何も」

「……うそつき」


 そして雪常は突然チャイルド・プレイを発動させ俺の体に覆いかぶさって腕を封じた。目は、あの夜よりも穏やかな気がする。


「抵抗しないの?」

「するよ」


 こいつの技能は、俺には通じない。だって、俺を襲うのはいつだって俺を犯したあの男の姿だから。俺が一番怖いと思ってるモンを、俺は既に克服している。故に、雪常に体を奪われる事は無い。


 でも、その顔を見ると、何故かいつものように無碍にすることが出来なかったんだ。


「別の女の匂いがする」

「マジかよ」

「……でも、血の匂いはもっとするの」


 倒れ込むように頭を預けると、首元に吸い付いて深く深呼吸をする。抑えていた手はすぐに離して、掴んでいるのは肩になっていた。それを見た時、俺は彼女がどうしようもなく寂しそうに見えたんだ。


「なぁ、お前本当はどうしたいんだ?」

「……わかんない」


 だから、俺は体を起こして雪常の頭を撫でた。拗ねて口を尖らせる彼女は、きっとなぜ自分が頭を撫でられているのかも分かっていない。


「い、いつもと違うの」

「だって、今回はマジに心配してくれてたんだろ。ありがとな」


 その方法がどうであれ、俺はそれが嬉しかった。もちろん、あの二人だって同じだ。だから、その気持ちを伝えることくらいは別に悪い事じゃないだろう。


「それ、つまり『くるりの事が大好きだから身も心も全て預けます』って意味だよね」

「はい、出ました拡大解釈。ちょっといいヤツだと思うとすぐこれですよ。お前らホント1か0でしかモノを語らないよな」


 腕に力を入れて離そうとしたが、今度はセミみたいに足まで使ってガッチリ俺を掴み「イヤなのぉ~」とビブラートを効かせて言った。


「ちょっと、流石にそこまで密着されるとあれなんですけど」

「うへへ、しゅきしゅき」

「ホントに、雪常マジで。……お、おい!俺は童貞だぞ!だからそれ以上はやめろ!」

「世界一抑止力のない脅し文句なの、ばぁか」

「本当にバカだよね、あたしもくっついちゃお。てい」

「くるりさん、捉えた功績で罪は咎めないのでその場所を変わってください」

「んだぁ!!お前らマジで急に現れるなよ!!」


 くっ、俺はお前らになんかに負けないッ!何かあるハズだろ?この状況を打破する為の何かが!ヒートも無いし、最強候補の2人もいて、おまけに絶対口喧嘩勝てなそうなヤツもいるけど。なんかあるよな!?


「いや、ねぇわ!誰か!!誰か助けて!!変態に襲われてるんです!!」

「この寮は防音だよ、残念だったね。あ、小戌君になんか書いちゃおっと」

「小戌さん、くるりさんが変わってくれないので上半身を180度こっちに向けてください」


 殺される……!


「誰かぁ!!ドクター!母さーん!!」

「おっはよ~。小戌ちゃん!復讐しに来たよ!」


 く、隈乃見!お前ってヤツは……!


「あれ、楽しそうなことしてるね。僕も混ぜてよ~」

「……あ、あなたあの時の」

「ルルだよ!とりあえず腕を抑えるよ!」


 く、隈乃見。お前ってヤツは……。


「助けて、くれないのか?」

「復讐するよん。泣いちゃえ」


 あぁ、一瞬でも他人に期待してしまった自分が本当に情けない。やっぱり、自分で助かるしかないみたいだ。

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