昔の夢④

 × × ×


――夢。


 住んでいた町を出て1ヶ月くらいだろうか。放浪を続けて、いつの間にか空が狭くなったことに気が付いた頃。俺は大都会新宿の歓楽街、歌舞伎町に辿り着いていた。


「……お腹減った」


 別に、ゴミ箱を漁る事に大した嫌悪感は無かった。既にそうやって飯を探して生き延びてこの町までやって来たし、何より多くの人間はまだ食べられる物を平気で捨ててくれているからだ。

 コンビニ、ファミレス、ホテル。水をぶっかけたりして多少の処理はしているけど、それがヘドロまみれでもない限り食べられないことはない。


 東京に入ってからは、特にそれが顕著だった。衣の剥がれかかった冷たいとんかつを齧りながら、金持ちってのは自由に食い物を捨てる事が出来る人間の事を言うんだろうなって、そんな事を考えたのを覚えてる。きっと、それって最高の贅沢だ。


「……何をしてる」


 話しかけられたのは、弁当を拾ったファミレスの裏にある謎の公園だった。


 その人は、緑色のモッズコートを羽織り、グレーの長い髪の毛と口ひげを蓄えて、ブカブカのチノパンにワークブーツを履いた年寄りの男だった。帽子を深く被っていて顔が見えなかったが、声は焼けたようにしゃがれていた。


「ご飯食べてる」

「……お前、子供か。親は?」

「いない」

「どうしてだ?」

「知らない」


 ここに来るまでの間、俺は5回変異人類に襲われた。男が2人、女が3人。どいつもこいつも、アホの一つ覚えのように俺を心配したフリで誘い、部屋まで連れて行って飼い殺しにしようとした。多分、の経験が無ければ騙されていたと思う。生き残れたのは、最初から周りを敵だと決めてかかっていたから。もちろん、この時だってそうだ。


 だから、びちゃびちゃの白飯をすする様に食べながら俺はその男の言葉に適当な返事をしていた。この人も、襲ってきたらブチのめせばいいと思っていた。しかし、その男は何故か次第に口数を減らし、不意に俺の隣に座って茶色のタバコをポケットから取り出すと、それに火を点けて大きく煙を吐いた。


「お爺さんも、僕を殺そうとするの?」

「……いや、しない」


 聞いて、その男は黙ってしまった。しかし、タバコを吸い終わった幾ばくかの静寂のあと、ゆっくりと俺の顔を見ると静かに頭を撫でたのだ。


「……ッ!!」


 それが俺には恐ろしくて、弁当を顔面に叩きつけて離れると、すぐに息を吸い込んで正面に立った。長い髭に、水が滴っている。


「僕に触るなッ!!」


 帽子がハラりと落ちて、不意にその顔が見える。皺が深く、眉毛の濃い、少し浅黒い顔。そして。


「……あぁ、すまん」


 その男の両目は、酷く潰されて光を失っていた。

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