第22話 パワーッ!

 これは本当にマズい、もはや捕食だ。こいつら、本気で俺のたまりに来てやがる!


 腕は、ニヤつく累木と真剣な隈乃見に、背中は息の荒い八光に、前は無表情の雪常に押さえつけられている。これまでのどの瞬間よりもやべぇ。この前の100人との戦いよりも遥かにやべぇぞ。


「ちょっと!変なトコ触ってくださいよ!」


 背中に全体重を掛けてキレられた。そのセリフおかしくないか?


「みんな邪魔なの。小戌、お願い使うから一番好きって9兆回言って」

「うわ!なにこの拳!ひぇ~、痛そ~」

「いやん。おっぱい触っちゃダメじゃないよ、エッチ」

「あががが」


 ここでこいつらに身も心も預け、折れて溺れてしまえばきっと楽になれるのだろう。しかし、それでは鷽月小戌という人間が終わってしまう。心の奥底に秘めている信念が途切れてしまう。自分を裏切るということは、自分を殺すこと。それだけは、それだけは絶対にダメだ。


 ……だから、爺さん。俺に力を貸してくれ。


「んぐルォォオオッ!!」


 これまでの人生で一番強く歯を食い縛り、全てのカロリーとガッツを心臓に注ぎ込む。


「無駄無駄だよん。4人なんて持ち上げられるワケないじゃん」


 そして、加速度を上げてドクドクと激しく脈打つ心臓は、超高速で体の隅々まで沸騰した血液を送り、遂には筋肉というダイナマイトが爆裂したが如く、圧倒的なエネルギーを生み出した。


「頑張れェ!!オレェェェッッ!!」


 そして、僅かに動くと腹筋にエネルギーを集中させて体を縮こませ、膝を入れ込むようにして体勢を変えると、目指したのは足腰が破裂するくらいの強烈な直立だ。


「まさか、動けるの?」


 次第に立ち上がり、同時に腕に纏わりつく2人を引き寄せるように力を込める。壊れるくらいに拳を強く握りしめ、歯が砕けるくらいに強く力を噛んだ。


「パワーッ!」


 叫び、ゆっくりと立ち上がる。部屋中が力に怯え、グラグラと揺れるような錯覚に陥る。しかし、最後の一滴まで振り絞って命を燃やすと、太ももがミチミチと歪な音を立てながらもこの部屋の一番高いところに目が届いたのだ。


「やぁッ!」


 爺さん、俺やったよ。


「……えっ?だからなんですか?というか、その息切れはなんですか?」

「ねぇ、これ技能使ってなくない?」

「一回仕掛けた相手にはヒートを使えないからね」

「な……っ!?どうしてそれを知ってるんだ!?」

「これだけ一緒にいて気が付かないほうがおかしいの」


 結局、俺の血の滲むような努力は自分の弱点がバレている事を自覚するだけの悲しい結末を迎えた。まぁ、確かに立ち上がったからなんだよってハナシだ。


 しかし、その後に八光が隈乃見と俺の関係を訊いた事によって事態は急変。4人は勝手に喧嘩を始めて、気が付けば俺は部屋の隅でケータイを練習する事が出来たのだった。何だったんだよ、さっきまでのやり取りは。


 怒れる彼女たちの姿を見ていてふと思い立ち、覚えたばかりの機能を使ってこっそり4人の姿を仮想カメラに写したのは内緒だ。喧嘩をしているハズなのに、写真の中の彼女たちは不思議と仲が良さそうに見えた。


 ……もう、逃げるのは無理かもしれないな。何か、こいつらに一矢報いるいい方法はないだろうか。


 × × ×


 6月の終盤、学校3大イベントである体育祭の日がやってきた。因みに、あとの2つは文化祭とクリスマス祭。特にクリスマス祭は、世界に予言を残してくれた『聖母ファティマ』に感謝を示すFSUにおいて最も重要な祭典であるらしい。変異人類に一番多い宗派がカトリックである事も関係しているとか。


 閑話休題。


 さておき、俺はこの体育祭が前日に少し夜更かししてしまうくらいには楽しみだった。フィジカルに価値を感じていない学校的にはあまりプッシュしていないイベント

だけど、少なくとも俺にとってはそうじゃない。因みに、俺は1500メートル走と伝統競技『ドロケイ』に参加する予定だ。


 そして、この体育祭の個人競技にはたった一つだけルールがある。それは。


何でもありバーリトゥードや」

「それをわざわざルールにするのがこの学校らしいですね」


 現在、俺は安芸あき先輩と校舎の裏で話をしている。自分の出番を待っていたら、この人が誰かの技能を使って脳内に直接話しかけてきたのだ。因みに、未だステーキも寿司も奢ってもらっていない。ここに来て開口一番に予定を確認したのだが、缶コーヒー一本で普通にはぐらかされてしまった。おまけに、俺はコーヒーが飲めない。


「しかし、キミに何でもありでやられると困るんよな。ボクらも対策を色々考えとるトコやけど、少なくとも今は手出しできへんし」


 ならば、あの4人が生徒会に目を付けられると相当マズイな。現状、他のヤツには話していないようだけど、捉えられればポロっと言いかねない。


 ……いや、むしろそこの口の堅さは信用出来る気がする。ただ、それを頼んだ時の要求が恐い。とりあえずは保留だな。


「じゃあ、俺は抵抗しちゃいけないってコトですか?」

「そうは言っとらんよ。ただ、技能を使わないで完走を目指せばええ」

「一番を目指してるんですけど」

「なんや。百人斬りの狂犬も技能が無ければヘタレかい。まぁ、別にキミがそれでええならええけどな」


 ほう、面白い。


「ならば、やって見せるっすよ。その代わり、今度勝った時はマジでステーキと寿司を奢ってくださいよ」

「なんなら、そこにすき焼きまで付けたるわ」

「マジすか?忘れないでくださいよね」


 そんなワケで、俺は技能縛りでバーリトゥード1500メートル走に出場する事となった。体力で負ける事は無いだろうけど、果たしてどうなるだろうか。ワクワクして来たぞ。

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