番外編:エリオット殿下とお忍びデート。4(完)


 その後、私とエリオット殿下は街を色々と見回った。子どもたちが楽しそうに遊んでいるところ、女性たちがカフェでお喋りしているところ、男性たちが商談をしているところ……みんな、とても生き生きとしていた。

 色んな所を見て回り、すっかり夕方になってしまった。こんなに歩いたの初めてかもしれない。


「……城の中だけは、外の活気はわからないだろう?」

「……そうですね」


 この街の平和を守る。……私に、そんなことが可能なのだろうか……。エリオット殿下がきゅっと私の手をほんの少し、強く握った。彼を見上げると、私のことを見つめる瞳と視線が交わる。


「こっちにおいで、最後に見せたい場所があるんだ」


 そう言って街から外れていく。街の高台へと足を運んでいくエリオット殿下。周りにも人が居るから、珍しい場所ではないみたい。


「わぁ……!」


 夕焼けに染まる街を見渡して、私は思わず声を上げた。温かな赤に包み込まれる街は、煌めいて見えた。風が少し吹いて、帽子を飛ばそうとする。私は慌てて帽子を掴んだ。


「綺麗だろう? 街の全体を見渡すのにはここが一番だと思うんだ」

「はい、とても綺麗です」


 帽子を押さえたままそう口にすると、エリオット殿下はうなずいた。……彼は、本当にこの場所が好きなんだろうなって思った。……ゲームの殿下と、現実の殿下はまるで違う人だ。……いや、私が見ようとしていなかったから?


「……王族や貴族の結婚は義務だろう? 国王や王妃は一種の職業だ。だが、わたしは義務ではなく、職業ではなく、君を望んでいる」

「……エリオット殿下……」

「学園を卒業するまで、君はどこか思いつめた顔をしていたが、最近はそんなこともなくなり、素の君が見られていると思う」


 そうね、卒業パーティーで婚約破棄イベントをしなくちゃって思いながら生きていたから。

 ……私は誰よりも、あなたに幸せになって欲しかった。国を背負う義務を持つ王太子。期待と不安の中で、それでも前を見据えて歩くあなたが好きだから。――好き?

 ……ああ、なんだ……、私、知らないうちに恋に落ちていたんだ。だからこそ、殿下と結ばれちゃいけないと思って婚約破棄イベントのことしか考えなかったんだわ。だって、恋と気付かないまま終わってしまえれば、ダメージが少なくて済むから――……。


「……私、ずっと……、殿下は私と結婚してはいけないと思っていたんです」

「カリスタ?」

「エリオット殿下は、私よりも明るくて優しくて……素直な人に惹かれると思っていたから」


 原作のマリーちゃんはそんな子だった。誰に対しても優しく、嫌がらせを受けてもそんなことを感じさせないくらい明るく、自分の気持ちを素直に言える女の子。殿下はそんな子を選ぶと思っていた。


「……明るくて、優しくて、素直な人……に、カリスタがピッタリ当てはまると思うのだが……?」

「えっ?」


 いやいや、そんなことはありません。だって私は悪役令嬢……を頑張って演じてきたのだから。混乱する私に、殿下が手を伸ばして頬に触れる。ドキドキと心臓の鼓動が大きくなる。こんなに近くに居て、心臓の音が聞こえるんじゃないかなって乙女チックなことを考えたりも……。


「君はどうかわからないが、わたしはずっと君のことを愛している。君と共に、この国を守りたいと。――カリスタ、わたしと共に生涯この国を盛り上げていこう」


 プロポーズ、としか思えない言葉を掛けられて私の思考が真っ白になった。ぽろりと涙が零れ落ちた。そのことに驚いた殿下が私の頬から手を離そうとする。私は思わず帽子から手を離してその手に自分の手を重ねた。強い風が吹いて帽子が飛ばされていく。


「――好きです、エリオット殿下が、好きです……!」


 伝えなくちゃいけないと思った。私ばかり、エリオット殿下から気持ちを頂いているから……。エリオット殿下は、私の言葉に大きく目を見開いて、それからくしゃりと泣きそうな表情を浮かべてそっと私の額に自分の額をくっつけて、「ありがとう」と泣きそうな声で言った。

 どのくらい、そうしていたのかわからない。ただ、一瞬のようにも永遠のように長い時間にも思えた。


「……帰ろうか」

「……はい」


 ただ、帰る前にエリオット殿下が私の唇に自分の唇を重ねた。びっくりして目を丸くすると、悪戯が成功したかのように微笑まれた。……その表情があまりにも格好良くて、ずるいなぁなんて思ってしまった。





 後日、あの日飛ばされた帽子は私の元に戻って来た。殿下から頂いた帽子だから、本当はすごく気がかりだったのだけど……、探す時間がなかった。それを、殿下の護衛が見つけて持って来てくれたのだ。

 ……お忍び、とは言えやっぱり護衛はついて来ていたようで……、と言うことは私たちの会話も多分聞かれていたと言うことで……、護衛の一人に、「とても感動しました!」と明るく言われて、私は思わず「わ、忘れてください……!」と必死になった。

 エリノーラからも詳しく! と詰め寄られた。

 ……お忍びと言っても私たちのことに気付いた人たちがいるようで、私たちはとても仲が良い婚約者として国民たちに知られるようになった。

 その評判にエリオット殿下は満足しているようで、上機嫌そうだった。……まさか、それが目的で私をデートに誘ったとか……ない、よね?

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婚約破棄イベントが壊れた! 秋月一花 @akiduki1001

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