第54話 勇者は遅れてやって来る

アクスが母親の元で修行を始めて二週間がった。

その間、魔王軍幹部ライフの襲撃に備え、サリア達も準備をしていた。

サリアとヘルガンは、国や町に敵の情報を広め、警戒を強めさせた。

そしてリーナは、一人山にもっていた。

拠点へ帰ってきてからすぐに山にもり、それ以来拠点へ帰ってくる事は無かった。

「リーナさん、帰ってきませんね」

「そうね……いつライフが来るか分からないから、一緒に居てほしいんだけど………」

二人は不安だった。

「おい!誰か居るか!」

扉を叩く音も無く、冒険者のジンが家に入って来た。

ジンは家の中を見渡すと、二人に尋ねた。

「アクスとリーナはまだ帰ってきてないのか?」

「まだ二人とも、修行に出かけていて」

「まいったな、とうとう魔王軍の幹部が攻めてきたっていうのに…」

「もしかして、ライフのやつですか!?」

「だと思うぜ、お前達から聞いていた話とは少し違うが。とにかく、二人だけでも急いで来てくれ!」

ジンと共に、二人は町の冒険者ギルドへ急いだ。


「お二人とも来てくれましたか!」

冒険者ギルドの職員が二人を見て、表情がやわらいだ。

「ジンさんから聞いたわ、それで敵は今どこに?」

「魔王軍幹部ライフとおぼしきものは、現在町の南から進行しています」

「あの、さっきからライフだとはっきりしてないみたいな言い方していますけど、どういう事ですか?」

「これを見てください」

職員が一枚の写真を見せた。

黒くにごったゲル状の物体が、大きな波の様に広がっていた。

「どうでしょう?これが貴方達が知っている、魔王軍幹部ですか?」

「……これは、どうだろ…」

「ライフの奴で合ってるわよ」

「リーナさん!いつの間に……」

修行から帰って来たリーナが、二人の背後に立っていた。

家へ寄らずに、直接ギルドに来たのか、衣服は汚れていた。

「ちょっと気配が変わってるけど、間違いなくやつよ」

一度戦った事のあるリーナは、確信を持って言った。

「じゃあ急いで防衛の準備をしないと!」

「よし、俺達も手伝おう!力に自慢があるやつは付いて来い!」

ジンが他の冒険者に声を掛けるも、誰一人動こうとしなかった。

「勘弁してくれよジンさん、こんなのどうやったって勝てねぇよ」

「俺達はあんた達と違って普通の人間なんだぜ」

「そもそも、幹部が攻めてきたのはアクス達のせいなんだろ?俺達を巻き込むなよ」

冒険者達に戦意が無かった。

魔物に見慣れた彼らでも、ライフの存在は恐ろしいものだった。

「別にいいわよ、雑魚がいくら来たって無駄。私一人で充分よ」

リーナは一人で、冒険者ギルドを飛び出していった。

「あいつ一人で戦うつもりか!待てっ!」

ジンが後を追いかけると、その後をヘルガンが付いていった。

一人遅れて、サリアが外へ出た。

遅れて出たのはわざとで、人の居ない所へと隠れてアクスと連絡を取るためだ。

「もしもし、アクス?」

『……………』

テレパシーで語りかけるも何故か通じない。

「どうして?まさか寝てる?」

再びテレパシーを始めるも、やはり通じない。

「………仕方ない。私たちだけでやるか」

先に行ったリーナ達を援護するため、連絡を諦めた。


町の南。

姿を大きく変えたライフは、あらゆる生物を呑み込みながら着実にを進めていた。

ライフが通った所は草木が枯れ、地面が溶けて大きなくぼみが出来ていた。

町に駐屯ちゅうとんしている兵士たちが先に来ていたが、有効打が何も無く、後退を続けていた。

「ずいぶんとでかくなったわね」

先に町を出たリーナが、ライフの前に立ちふさがった。

「きさまは……あの時の小娘か…!」

姿は大きく変わったが、理性は残っていた。

「きさまに用は無い…あの小僧を出せ!!」

「……どいつもこいつもアクスばっかり……!!」

会話を止め、掌から炎を放つ。

燃え盛る炎が竜の姿に変型し、ライフの巨体に突っ込む。

「無駄だ…」

炎はライフの身体に吸収された。

「やっぱり駄目か。さっそく修行の成果を見せる時ね」

両手を合わせ、手の中に魔力を集中させていく。

次第に魔力が大きくなっていくと共に、七色に光り始めた。

強大な魔力が手の中から溢れ出そうになり、リーナはそれを力で抑え込んだ。

やがて光は白く染まり、光がリーナの身体を包み込んだ。

「ふぅ……さて、兵士達は下がっなさい、邪魔よ」

外野を退けさせ、戦闘の構えを取る。

地面を強くって、ライフへと一瞬で距離を詰めた。

勢いのままに繰り出したりの横薙よこなぎは、ライフの身体を両断した。

「なんだと……!俺の身体に触れる事など出来ぬはずが……」

「普通ならそうでしょうね。でも残念、私はそこらの冒険者とは違って優秀なの」

攻撃が通じた勢いで、リーナは気持ちの高ぶりを隠せない。

「小娘が、調子に乗るな!」

身体の一部を巨大な腕へと変化して、振り下ろした。

「ノロマ!」

攻撃をくぐり抜け、ライフの上に飛び上がった。

右足に魔力を集中させ、ライフにりを叩き込む。

足にまとった魔力が鋭いやいばの形となり、ライフの巨体を両断した。

二つに別たれた身体は、地面に崩れ落ちた。

「ふ……ふふふ!」

圧倒的な勝利に、リーナ口から笑みがこぼれていた。

そこへ、ヘルガン達がようやく駆けつけてきた。

「あれ、もう倒したんですか?」

リーナはヘルガン達に振り返り、高らかに宣言した。

「ええそうよ、魔王軍幹部ライフを倒したのはこの私、リーナ・ガデンよ!」

下がっていた兵士達が歓喜の声を上げる。

ヘルガンも喜びの表情を見せるが、その顔はすぐに崩される。

「誰を倒したって?」

背後からの声に、リーナが慌てて振り返る。

「倒したと思ったか?あれぐらいでやられては幹部の名がすたるわ」

ライフは死んではいなかった。

崩れたはずの身体が動き出し、人の形となった。

「さて、さきほどの借りを返させてもらうぞ」

異形の姿となっていた時より、その言動には知性が感じられた。

怒りによる荒立ちも消え、先程よりも厄介な存在となった。

「…ふん!いくら復活しようと何度でも殺してやるわよ!」

「さっき言ったはずだ、我は魔王軍幹部だと。舐めるな」

地中から、ライフの肉体の一部が、長い腕へと変化して伸びてきた。

しかし速さはあるが、数はたったの一本。リーナは簡単にさばいた。

「もう少し増やすか」

その一言で、ライフの腕は百本までに増えた。

「なっ!?」

百本の触手が同時に襲いかかった。

十本程度までならリーナも対処する事が出来た。

リーナはそう想定していた。

しかし現実では、その十倍の物量。

数と、変型できる身体を活かした、多方向からの攻撃に、リーナは全身を突かれ、穴を開けられた。

大量に出血した上に、関節を的確に破壊され、リーナは地面に崩れ落ちた。

「終わりだな」




その頃、遥か北の地。

アクスはそこで、修行をしていた。

氷の精霊スノウが用意した特別な空間。

ここは外界からの情報を遮断し、集中して修行出来る場所だった。

そこでアクスは、母スノウと組手の最中だった。

実戦と見間違うばかりの激しい攻防を繰り広げるさなか、アクスの動きが止まった。

「どうしたの?」

スノウも動きを止め、アクスの言葉を聞く。

「あの時のスライム………南に居る」

「え?まさか気配を感じ取れたの!?」

「間違いない…!」

アクスの言葉を信じ、スノウが外界への扉を開いた。

強力な気配が、扉の外から流れ込んできた。

「やっぱりだ、みんなが戦ってる!」

「急いで行ってあげなさい。予定してたよりも修行出来なかったけど、今のあなたなら勝てるはずよ」

アクスは家の中へ駆け込み、大急ぎで荷物をまとめた。

「アクス、これも持って行って」

スノウは、一枚のを持ってきた。

背中に雪の結晶が記された、薄い青色のマント。

「精霊として、そして親として、貴方に授けるわ。丈夫な物だから、戦いに役立てて」

「ありがとう、母さん」

母からの想いを受け取り、早速身に着けた。

「うん、似合ってる」

「それじゃあ行ってくる」

「頑張ってくださいね、アクスさん!」

ジベルが妖精達の先頭に立って、送り出しに来た。

「お前は来ないのか?ジベル」

「私はいいですよ。アクスさんのふところに隠れながら、敵の攻撃をかわすの大変なんですから!」

「すごいなお前…」

「それよりも!早く行ってあげてください!」

「そうだった!」

アクスは宙に浮かんだ。

「平和になったら必ずまた来るからな!」

宙に浮かんだアクスはさらに高く昇り、サリア達の元へ向かって大急ぎで飛んで行った。


「終わりだ」

リーナを覆い尽くす巨大な拳が放たれた。

『ビランラ!』

風の魔法が、リーナの身体を吹き飛ばし、ライフの攻撃からにがした。

風で吹き飛ばされたリーナを、ジンが受け止めた。

「大丈夫か!?」

「……別に、助けなんか頼んでない……!」

「まったく…少しは僕たちの事も頼ってくれてもいいんじゃないですか?」

ヘルガンはリーナの代わりにライフの前に立つ。

「さっきの風は貴様の仕業か……余計な真似を」

「今度は僕たちが相手です!」

「雑魚が!」

ライフは再び身体を変型させ、百本の腕を作り出す。

未来視を活かして、ヘルガンは逃げ回る。

その隙にジンが、抱えたリーナをサリアの元にまで送り届けた。

「ひどい怪我……すぐに治すわ!」

「任せる!」

ジンは武器を持ってヘルガンの援護へ向かった。

「うおぉぉ!そろそろ助けて!!」

多数の触手に追い回されて、今にも追いつかれそうだった。

「どきな!」

ジンは両手に鋭い鉄の爪を着けていた。

その爪を地面に突き刺し、地面をひっくり返した。

力任せにひっくり返した地面は、大きく上へ飛び、ライフの頭上へと落ちた。

迫る攻撃にライフは一歩も動かず、自分の身体で降ってくる土砂どしゃを飲み込んだ。

「これじゃ駄目か。なら今度はこれだ!」

ふところから透明な液体の入ったびんを取り出す。

そしてそのびんを、ライフに向かって思いっきり投げつけた。

「毒か?無意味な事を」

ライフは中の液体ごとびんを呑み込んだ。

予想通り、びんの中身は毒であったが、ライフには通じなかった。

「強力な毒のはずなんだが……マジで全部食べちまうらしいな」

「僕たちじゃダメージすら与えられません、リーナさんを援護する事に専念しましょう」

「貴様らの希望の星だが、もう戦う事は難しそうだぞ」

リーナが戻ってきたが、酷く弱っていた。

息切れに痙攣けいれん、顔を青ざめている。

「駄目よリーナ!あなたもう魔力が……」

「魔力がなんだって!?こっちは全然…ピンピンしてるけど!?」

誰からも分かる、見え見えのうそだった。

「まさか魔力切れ!?いったいいつ?」

「馬鹿どもめ、そいつの方から何度も我に触れてきたであろう」

リーナの魔力をまとった攻撃はダメージを与える事を可能にはした。

だがライフの魔力吸収を無効化した訳では無かった。

「あんな短い接触で全部吸収しやがったのか?」

「いいや、私が吸収したのはほんの少しだ。魔力切れの原因は、そいつ自身じゃないのか?」

「黙って聞いてれば……!」

リーナは怒りで立ち向かおうとするが、身体が拒絶きょぜつする。

万策ばんさくきたようだな。これで終わらせてやる」

ライフは今まで溜め込んでいた魔力のほとんどを、手の中に凝縮ぎょうしゅくさせた。

魔力は渦となり、風を呼び起こす。

「やばいのが来ますよ!」

みなが身構えた。たとえ無意味な事だろうと、たった一筋ひとすじの奇跡を信じて。

だがサリアは違った。

「大丈夫よみんな」

その声は落ち着いていえ、目の前の光景を前にしても、恐れていなかった。

「私がピンチな時は、いつも来てくれるもの」


「私の勇者ヒーローが」


遠くの空に、一筋の光が見えた。

白く輝くその光は、サリア達の頭上に止まり、空から敵を見下ろした。

その姿は白い輝きを放ち、冷気をまとっている。

冷気の壁を破って出てきたのは、アクス。

黒かった毛は白く染まり、その姿にはアクスの母親スノウの面影おもかげが見えた。

「貴様!いつの間に……!」

ライフの動きが止まり、魔力の増幅が止まった。

気刃一刀流きじんいっとうりゅう……」

すきを見せた一瞬、アクスは剣を抜いた。

父親から受け継いだ剣を天にかかげ、吹雪を呼び寄せた。

荒れ狂う雲から凍てつく氷が降り注ぎ、その冷気が剣にまとわりついた。

天生叢雲てんせいむらくも

そこから放たれたのは、伝説の勇者から引き継いだ技の一つ。

氷をまとい、氷の剣と化した剣で、ライフの身体を両断した。

切断された所から一瞬で氷が全身に広がり、ライフは言葉を発すること無く、消滅した。

雲が晴れ、暖かな光がす。

「やったー!!」

ヘルガンや兵士達は大喜びで、子供の様に跳ね回り、抱擁ほうようわした。

空に浮いたアクスは、下を見向きもせず、西の方角を見つめていた。

「アクス!」

サリアの言葉には反応し、ゆっくりと地面に降り立った。

「いろいろ聞きたい事はあるけれども……」


「おかえり」

「ああ、ただいま」


二人は見つめ合い、ほがらかな笑みを見せる。

「やるじゃねぇかアクス!幹部を一撃で倒しちまうとはよ!!」

「ジンのおっちゃんも一緒に戦ってくれたのか?ありがとな」

「それにしても、少し見ない間にずいぶん見た目が変わりましたね」

「ん?これか?元に戻せるぞ」

アクスは力を抜くと、元の姿に戻った。

「おお!!変身能力を身に着けたって事ですか!」

「詳しい話は後でするよ。それより怪我は無いのか」

「僕達は大丈夫です。けどリーナさんが……」



あり得ない……!

どうして?

私だって修行していたのに。

ふざけるなふざけるなふざけるな……

私があんたなんかに劣るなんて事がある訳ないじゃない!

嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い…

大っきら…!


「ほれ」

リーナを肩の上まで担ぎ上げた。

「はぁ!?なに触ってのよ殺すわよ!」

暴れる出すも、力の出ないリーナがかなうはずもなく、アクスに運ばれていった。

「無理すんな。大人しくしてろ」

「ざっけんな!!人を荷物扱いして!!殺してやる!!」

肩の上でいまだに暴れるリーナを力で抑え込みながら、アクス達は町へと帰っていった。





























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