第8章 潜む影と輝く光

第55話 勇者の記憶

修行を終え、魔王軍幹部を一撃で倒してみせたアクス。

その成果は国中に大きく伝えられた。

「すごい人気ですね」

「アクスのおかげで私達も一気に有名人なっちゃったわね」

「そんな事よりも、他に大事な事があるでしょ」

「分かってるよリーナ、あの本の中身だろ?」

伝説の勇者が残した本。それから得た知識と記憶を三人に話し始めた。


まずはルーフの一族の事から話していく。

何万年も前の時代に神様に造られた人間らしく、その内の一人がルーフという男。

ルーフの一族は、その男の血を受け継いだ者たちの事だ。

悪魔がルーフの一族を天使と呼ぶのは、神に仕えていたからだ。

ただご先祖様は、最初こそ神様の命令に従って悪魔と戦っていたらしいが、その神様とは意見が合わず逆らった。

とうとう神様を倒したルーフは、この星に移住して、人間の女性と結婚したらしい。

その血筋が今でも残っていて、俺がその一人って事だ。


「その一人って事は、アクス以外にももしかしたら同じ血筋の人がいるって事?」

「いや、父ちゃんが残した話だととっくに死んでるってさ」

「それよりも続き!伝説の勇者様の話は!?」

「はいはい、じゃあ続きな」


伝説の勇者ラードの話は、今から丁度千年前。

年齢は二百歳、とても美しい人だったようだ。


「ちょっと待ってください!」

「今度は何だ?」

「もしかして勇者様って女性ですか?」

「そんな訳ないでしょ!頭おかしくなった?」

「アクスさんが美しい人って言うから」

「勇者伝説で男だって言われてるでしょ!」

「男装趣味かもしれないでしょう!」

「あんた殺すわよ!!」

くだらない喧嘩けんかを続ける二人に、アクスは一枚の紙を渡した。

「本に肖像画しょうぞうががあって、それを見て俺が描いてみた」

リーナが素早く手に取り、描かれた姿を見る。

その姿は、一言で言えば美しい女性。

つゆやかで黒くて長い髪に、白い肌。

細くてしなやかな肉体。

凛々りりしくも細い目。

リーナの腕が小刻みに震える。

綺麗きれい……!」

「やっぱり女性なんじゃ!?」

「馬鹿な事言ってないの、男でしょ」

「サリアの言う通り、男だよ」

ヘルガンは肩を落とし、深いため息をいた。

「じゃあ続きな」


ある日突然、世界に魔物が現れた。

魔物を呼び出したのは、邪神エルドール。

それを倒す為に、勇者ラードはある女神と手を組んで、邪神を討ち倒した。


「俺が話せるのはここまでだ」

「はぁ?そんなんで私が満足するとでも?もっとあるでしょ!?」

「まぁまぁ……そもそも勇者様の話は世間せけんに公表されているでしょ、これ以上目新しい情報は無いんじゃない?」

それを聞くと、リーナはほっぺを大きくふくらませ、目から小さな涙を流した。

「………じゃあ、勇者の技とか剣の由来ゆらいとかは?」

「あぁ、それなら話せるけど」

「じゃあ話しなさいよ」

「わかったわかった……」

話を続けると、サリアが椅子いすから立ち上がった。

「私はもういいわ、聞きたい事は聞けたし」

「そうか……わかった」

サリアは自分の部屋へと、戻っていった。

それからは、リーナとヘルガンに話を続け、話が終わったのは夜だった。



それから時間はさらに流れて、皆が寝静まったころ、アクスの部屋の扉が開いた。

外出用の服に着替えていたアクスは、サリアの部屋の扉を叩いた。

「準備出来てるか?」

「ええ、バッチリ」

二人はリーナ達に、バレない様に外へ出た。

「ちゃんとテレパシーで心を読んでくれていてよかったよ」

「ちらちらこっち見てたから、何かあったのか探っちゃうわよ」

二人は家から少し離れた場所にランタンで明かりを用意し、腰を降ろした。

「それで?話しときたい事があるんでしょ?」

「ご先祖様の本に、俺達に対する警告があったんだ。ある神に気をつけろと」

「…その名前は?」

唯一神ゆいいつしんと名乗っているらしい」

「……!唯一神ゆいいつしん!」

「知ってるのか?」

「ええ……ラードおじさんから直接聞いた事があるわ」

サリアは自分の手を強く握りしめ、その神に対しての怒りと嫌悪感を示す。

「他者の命をもてあそぶ、最低最悪の神だって」

「その神が……俺達にちょっかい出してくる可能性はあると思うか?」

「無いとは言えない。お母さんやラードおじさんでも、まったく動向が掴めないらしいわ」

「そうなのか」

「そうか………」

アクスは頭を抱え、一人で思考を巡らせる。

「言っておくけど、パーティー解散はしないからね」

「……!でも……」

「自分と一緒に居たら唯一神に目を付けられるとでも思っているんだろうけど、リーナやヘルガンを信用しなさい。当然、私の事もね」

アクスの両手を力強く握った。、

暖かい感触に、アクスはやすらかな笑みを見せた。

「そうだな……ありがとう」

アクスは仲間達を信じて、新たなる決意を胸に秘めた。

「帰るか」

「うん、帰ろ」

二人は手を繋ぎ、月明かりが照らす道を戻っていった。


次の日の朝。

アクスは三人を集めた。

「なんの用?」

「前の戦いの後に気づいた事があってな」

アクスは世界地図を机の上に広げた。

「ここから西の、海の真ん中辺り。ここが魔王城でいいんだよな?」

「ええそうよ」

「ライフとの戦いの後、一瞬だが魔王城から強力な気配が感じた。それも急にだ」

「どういう事です?」

「魔王城の結界が破られたんじゃないか?」

「………つまり、今なら魔王城に攻め込めると言いたいわけ?」

「そういうこと」

過去に魔王城まで攻め込む者はおろか、魔王を見た者はいない。

魔王軍の幹部達が強力な結界を張っていたからだ。

その結界が無くなったとなれば、いま魔王軍には戦力が少ないとも言える。

攻め込むのか、敵の動きを待つのか。

アクスは三人に判断をゆだねた。

「僕は行きますよ」

最初に口を開いたのはヘルガン。

「魔王を倒すチャンスに、家で引き込もっているつもりはありません」

ヘルガンの目に迷いは見えない。本気の言葉だった。

「私も賛成。敵も少ないだろうし、今が攻め時ね」

サリアも二人に同意した。

「リーナは?」

リーナは机の下で、震える手を抑え込んでいた。

アクス達にはその様子を見せず、隠していた。

「……………私は…」

家の呼び鈴が鳴り、リーナの言葉をさえぎった。

アクスが玄関の扉を開けると、見知らぬ女性が立っていた。

その姿は美しく、清潔で整えられた身だしなみからは身分の高さを感じられる。

身につけている白い服と、金のロザリオが首にけられていた。

その様子から見るに、聖職者であるようだ。

「初めまして、貴方がアクスさん?」

「あんたは?」

「申し遅れました、私はシェリル・ウェスト・ヘストル。一介の冒険者です」

「聞いたことあるわね……確か西の大陸で活動している凄腕冒険者だっけ?しかも貴族様で聖職者でもあるって」

「ええ、その通りでございます」

身元が判明したため、アクスはシェリルを家の中へ入れた。

「それで、俺達に何の用?」

「単刀直入に申しますと、私をこのパーティに入れていただきたいのです」

「嫌よ」

アクスの返事より先に、リーナがバッサリ切り捨てた。

「私はリーダーのアクスさんと話しているのですが?」

「私はパーティーの一員なんだから、意見を言う権利があるでしょ?」

「それでアクスさん、どうでしょうか?」

リーナを無視して、アクスに意見をうかがった。

しかし肝心かんじんのアクスは、サリアに助けを求めようと、こっそり目線を送っていた。

その様子を見て、シェリルが再び口を開いた。

「私は神に仕える身であるゆえ、回復魔法が扱えます。もちろん攻撃魔法にも長けており、武術の嗜みもあります。それに……」

シェリルは自身の大きな胸に手を置き、言葉を続けた。

「他にも、いろいろ出来ますよ?」

「はぁ!?このクソビッチ!!聖職者やめろ!!」

「私の目的は神の為に平和な世にすること。この身を稼ぐことで皆さんの役に立つのなら、よろこんで捧げましょう…」

「アクスさん……彼女はこれからの戦いの役に立ってくれるかと間違い無しですよ!!」

鼻血を流しながら、ヘルガンは語った。

「ヘルガンは黙っててくれ」

わざとらしいせきをして、を置いてからアクスは語り始めた。

「悪いけど、俺達はこれから魔王城に攻め込もうかと思っててな、そこにいきなり新人連れて行くのは無理だ」

「先程も話しましたが、私は魔法も武術も出来て…」

「いくら優秀だろうと、俺の仲間と仲が悪い奴は連れていけねぇ」

リーナはその言葉を聞いて、勝ちほこる様に、シェリルにドヤ顔を見せつけた。

「………そうですか、なら仕方ありませんね。諦めて帰るとします。お時間をいただきありがとうございました」

シェリルは大人しく帰っていった。

「もったいないですよ、あんなエッチな…いや、強い人」

「ヘルガンの意見はどうでもいいとして、よく言ったわねアクス」

「どうでもよくないですよ!」

「うっさい!!」

リーナの拳骨げんこつで、ヘルガンは地面に倒れ込んだ。

「なんか疲れたな、とりあえず飯にしようぜ」

この日は結局、話の結論を出ず、明日以降に持ち越しとなった。

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