第23話 月の都

地球から宇宙船を飛ばし、十分程度でアクスたちは月の裏側へと着いた。

『月の裏側に到着。指示通り、手動操作へと切り換えます』

宇宙船から発せられた声の後に、操縦席からハンドルが現れた。

出てきたハンドルをリーナが握り、慎重に操作を進めた。

月の裏側はひどく荒れており、大きな穴がいくつもあり、その中には見慣れぬ金属片などが落ちていた。

随分と長い間辺りを見ていたが、景色は変わらず灰色の大地が広がるばかりだった。

「なにもありませんね?本当に月にいるんですか?」

「間違いないぞ、この下に人の気配をいくつも感じる」

「下ってことは…地下ね。どうやって入ったものかしら…」

「いっそのこと穴とか開けられません?」

冗談を言うかのように、ヘルガンは気楽な声で言った。

「そうすっか!」

それをアクスは真に受け、外へ出ようと宇宙船から出ようとしていた。

「冗談ですからやめてください!」

慌ててアクスの体を引っ張った。

「って言ってもよ、このままじゃ入ることすらできねぇぞ」

人はおろか建物すらも無い月の上で、何もしないまま時間が過ぎていく。

「見つけたわよ」

地面を注意深く見ていたリーナが何かを見つけた。

遠い視線の先には、地面に空いたわずかな隙間があった。

すぐさまリーナは行動は始めた。

「酸素の確認。それと有害物質の確認も」

リーナの言葉で宇宙船が動く。

『了解。スキャン開始…………酸素、有害物質共にゼロ』

「次にアームを展開」

『了解。アームを展開』

すると今度は、宇宙船の横から細い腕のような物が左右に一本ずつ現れた。

リーナはハンドルを握り、アームを操作し始めた。

二本のアームを器用に動かし、地面の隙間へと潜り込ませた。

ハンドルを思いっきり引っ張り上げると、アームが地面を大きく持ち上げた。

「次!自動操縦に切り換えて中に入って!」

『了解。自動操縦に切り換えます』

宇宙船が再び自動操縦になると、アームで持ち上げた地面の下に勢いよく飛び込んでいった。

宇宙船が入り込んだあと、地面は大きな音を立てて勢いよく閉じた。

中へと入り込んだ三人は辺りを見回した。

辺りは鉄の壁で囲まれた広い空間、そこには自分達の宇宙船と似たような形の物がいくつもあった。

「ここは…なんでしょう?」

「これが全部宇宙船だとしたら、ここは港のようなものかしら」

他にも何かないかと辺りを見るが、あるのは何かが詰められた箱。

目の前には、分厚い強固な鉄の扉があるだけだった。

「外に出ても大丈夫か?」

「………問題ないわ」

酸素と有害物質の有無を確認し、宇宙船の出入口を開けた。

アクスは宇宙船から出て、扉に近づいていった。

大きな扉を目にして、何回か叩いてみた。

「硬いな…壊せそうな感じもするけど、敵にバレちまうな」

「アクスさん、こっちの方に何かありますよ」

ヘルガンが扉の近くの壁についていたパネルを見せた。

九つのパネルに、それぞれ一から九までの数字が書かれていた。

「多分これで開けると思うんですけど…」

「番号がわからねぇな」

「開ける必要はないわ」

後ろにいたリーナがそう言うと、アクスは何かに気づいたのかニヤリとした。

「二人ともこれを羽織りなさい」

白いマントを二人に投げ渡した。

「あいつらと容姿の似ている私はともかく、あんたら二人はすぐにバレるでしょ」

「確かに…」

ヘルガンは頷き、マントを羽織った。

「リーナ、宇宙船はどうした?」

「透明化の能力があったから、透明にして隅に置いてる」

三人が話している間に扉から大きな音が鳴り始めた。

「よし、いつでも来い!」

拳を掌に打ち付け気合いを入れるアクスを横に、リーナは冷ややかな目で見ていた。

「戦うわけないでしょ、こっそり潜入するのよ」

「えっ?戦わねぇの?」

「馬鹿じゃないのまったく…」

呆れながらも、リーナはアクスとヘルガンを引っ張り、山積みの箱の後ろに隠れた。

三人が息を殺し扉を見守っていると、扉がゆっくりと開き、五人の男達が入ってきた。

雪のような白い肌と髪の毛、以前やって来た二人組と同じだ。

だが目の色は黒く、以前の二人組の赤色とは違った。

全員が耳に耳当てのような機械と白い鎧を身に着け、ボウガンのような武器を持っているが、それはアクス達にはどういう物かわからなかった。

五人の男達は隊列を組みながら辺りを見回した。

それぞれの人間が一定の方向を向き、視界の死角を補い合っている。

隙のない動きにヘルガンは慌て始めた。

「ど…どうするんですかこれ…とてもじゃないけど突破できませんよ…」

「やっぱり倒すか?」

「駄目ですよ!」

空間に響く大声に、敵が気づいた。

「ん!おいそこ!出てこい!」

一人の敵が気づき、武器を構える。

声につられ他の敵も近づいていく。

「あわわ…ごめんなさい、ごめんなさい…」

必死に謝るヘルガンの口を塞ぎ、アクスが飛び出そうと構えた。

すると、リーナが腕を掴んで止めた。

「じっとしてなさい」

リーナに言われるがまま、二人は身を委ねた。

そんなあいだに男が、三人の居る箱の裏を覗き込んだ。

しかし、そこには誰もいなかった。

男は辺りの箱の中を確かめたりしたが、誰もいなかった。

「すまん、気のせいだったようだ」

「こちらチームワン、異常無し。これより撤退する」

耳当ての機械を操作し、誰かと会話を終えた男達は、パネルに数字を打ち込み扉を開けて出ていった。

誰もいなくなった空間の中、箱の裏側にアクス達が現れた。

ヘルガンは辺りを何度も見て、深く息を吐いた。

「助かったぁ…」

「どうやったんだ今の?」

「宇宙船よ」

「…あっそうか!透過能力!」

三人は透明になった宇宙船に触れる事で、自身の体を透明にしていたのだった。

「さてと…パスワードもわかったし、進むわよ」

鉄のトビラへと向かい、壁に付いたパネルに数字を打ち込んでいく。

パスワードは打ち込むと、扉が大きな音を立てて開いていく。

扉を開けると、白い壁に囲まれた長い道が続く。

しばらく歩くと、まばゆい光が目に入った。

光の先には大きな空間が広がり、白い建物が光に当てられてより輝いている。

建物が立ち並ぶ辺りには人が普通に暮らしており、子供の遊ぶ声や大人の世間話が聞こえてくる。

そして、奥の方には白い城が大きくそびえ立っていた。

「すごい…!本当に人が暮らしてる…」

今までならありえなかったであろう光景に、ヘルガンは拳に力が入る。

一方でアクスやリーナは、この光景を見ても不気味なまでに落ち着いていた。

「なんだろうな…すごく落ち着くな」

「よく敵陣地でそんなに落ち着けるわね…」

辺りを見回しながら、三人は道を歩き出した。

「ところでこの光はなんでしょうか…太陽ではないですよね?」

月の地下の中で輝く光に、ヘルガンは疑問に思った。

「きっとあれよ」

リーナは光の先を指差した。

ヘルガンが手で目を庇いながら見てみると、そこにはガラスのような透明な物質で囲まれた真っ赤な光球が浮いていた。

赤く燃える光球は辺りを常に照らしていた。

「なるほど…でもあんなのがあったらまぶしくて眠れなさそうですね」

「そうね」

リーナはやけに冷たい態度で答えた。

「……あの、僕何かしちゃいました?」

「サリアの気配を探すのに集中してるんだからいちいち話しかけるてくるのやめてくれる?」

「ひっ!すみません!!」

リーナの鋭くて怖い目線に、ヘルガンは大きな声を出した。

「なんだぁ?うるせぇな…」

今の声に反応したのか、建物の路地裏からごろつきのような男達が現れた。

男達はあっという間にアクス達を囲んだ。

「見ねぇ顔だな、どこから来た?」

一人の男がリーナに問いかけるも、リーナは黙ったまま立ち尽くしていた。

「おいおい!返事くらいしろよ!」

マントのフードの部分に指を掛け、めくり上げた。

「ん……!赤い目……?ひぇぇぇ!!すみませんでした!!」

リーナの目を見るなり、男は土下座した。

他の男達も、一人の男の言葉を聞いて土下座し始めた。

当の三人は訳が分からず、顔を見合わせた。

するとリーナは、土下座する男の前に立ち、冷たい目で見下ろした。

「急いでるから邪魔しないで」

「はっ!はぃぃぃ!!」

男達は悲鳴のような声を上げ、その場から走って立ち去っていった。

何が起きたのかと周りの人達が集まり始め、リーナは二人を引っ張って路地裏に入っていった。

「どうやらここでは、目の色によって特別扱いされるようね」

「そういえば、前に来た二人組も赤い目でしたね」

「となると…私はそいつらの仲間と思われてるみたいね」

「これからどうする?」

リーナは頭に手を置き、目を閉じて何かを考え始めた。

少しのあいだそれが続いたが、時間が経つとリーナは目を開けた。

「よし…各自情報収集。サリアの居場所は…どう考えてもあの城だとは思うけど、情報が無さすぎる今はとにかく情報を集めるしかないわ」

「えっ!単独行動ですか!?」

「そう言ったでしょ、あんたにはラックルもいるんだから一人でなんとかなるでしょ」

すると、ヘルガンの懐からラックルが飛び出し、嬉しそうに鳴いた。

「きゅ!きゅい!」

「………そうですよね、わかりました!」

ラックルの姿を見て気を引き締められたか、ヘルガンの顔つきが変わった。

「じゃあ決まりね。ただしアクス!勝手に城に侵入とかするんじゃないわよ!捕まっても助けないからね!」

アクスは納得がいかないのか、嫌そうに顔をしかめていた。

「わかった!?」

「む………わかった…」

少々不安ではあるがアクスも納得し、三人はそれぞれ情報収集へと各地に散っていった。


三人が月にやってきたその頃、サリアは部屋で本を読み漁っていった。

「随分熱心に読んでおられですが、一体なんの本をお読みになっているのですか?」

側に付いていたユニシアが顔を覗かせた。

「これ?あなた達の歴史と、ルーフの一族もとい天使のことについてね。図書館で借りてきたの」

「そうでございましたか。でしたら、一緒に紅茶でもいかがですか?」

「ありがとう、いただくわ」

ユニシアはお辞儀をすると、部屋の外へ出ていった。

静まり返った部屋で、本をペラペラめくっていくサリア。

惑星ルーンの過去、天使の襲来、移住した経緯。

本にはルーフの一族のことに関してはほとんど載っておらず、時間が過ぎていった。

一冊の本を読み終えると、サリアは本を置いてため息をついた。

「ふー…結局新しくわかったことはなしか…」

「あの〜…つかぬことを聞きますが、神様であられるサリアさんならばそのくらいの情報を知らないのは何故でしょうか?」

机に座っていたジベルがサリアに尋ねた。

「本に載ってないのよ、お母さんも教えてくれなかったし」

「神様が知らないということは…何かやばいことをしでかして消されたとかじゃないでしょうか?」

「やばいことねぇ…」

サリアは思い詰めた表情で、本を握りしめていた。

「お待たせしました、茶菓子もありましたので一緒にどうぞ」

戻ってきたユニシアは、机の上に紅茶と茶菓子を置いた。

「ありがとう。あなたも一緒にどう?」

「いえ…私は…」

「無理矢理連れてこられたんだし、多少のわがままぐらい聞いてくれてもいいでしょ?」

「………わかりました」

どこかぎこちないというか、遠慮しているのか、ユニシアの動きが硬かった。

「ねぇ?もっと楽に接してくれてもいいのよ?」

ユニシアは地面に顔を向け、重い口調で話し始めた。

「しかし…私たちはあなたを無理矢理攫さらった立場であり、あなたと一緒にお茶を飲む権利など…」

「そりゃあ…私やアクスにしたことは許されないけど、それを責めたところで意味もないし、ここにいる間くらい仲良くしましょうよ」

優しく言葉を掛けるサリアに、ユニシアは呆気に取られていた。

「そう…ですか……やっぱりあなたはお優しい方ですね」

「何か言った?」

「いいえ…なにも…」

小さく微笑み、紅茶の入ったカップに口を付けた。

すると、部屋の扉が開き、ルーンが入ってきた。

「レディの部屋に入る時くらいノックしなさいよ…」

「失礼します。サリア様に急ぎの用事がありまして」

「いかがなさったのですか?」

ユニシアが尋ねると、神妙な顔つきで答えた。

「我等のご先祖様がお目覚めになるそうです」



























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