第22話 古きもの

真っ白な空間。

そこはまるで、お城に住むお姫様が暮らす部屋の様にきらびやかで華やかな部屋であった。

天井には光。

壁には赤い花の絵が描かれていた。

その広い空間の中央に大きなベッドが置かれ、その上にサリアは眠っていた。

「サリアさん!起きてください!」

騒がしい声で目が覚め、サリアは辺りを見回した。

「ん…ここは…?」

「サリアさん!こっちですよ!」

聞き慣れたジベルの声の方を向くと、鳥かごのような小さな檻の中にジベルは囚われていた。

「なんでそんな所に!?」

「私がやりました」

どこからか突如現れたユニシアはそう言った。

咄嗟に、サリアは警戒するように体を構えた。

「そう構えないでください、貴女を傷つけるつもりはありません」

無理矢理攫さらっておいてよくそんなこと言えるわね!」

怒りを向けるサリアに対して、ユニシアはそれを無視してジベルの入っている檻の鍵を開けた。

鍵が開くと、ジベルは檻から飛び出しサリアの胸に飛び込んだ。

「ところでそちらの小人はもしや、神に仕える天使でしょうか?」

サリアは眉を寄せ、警戒を強めるように強く睨んだ。

「天使?何をおかしなことを言っているのですか!私は精霊に仕える妖精ですよ!間違えないでください!」

サリアが神であることを知らぬジベルは、ユニシアに対して訂正をした。

「そうですか…失礼しました。それと、サリア様にお話があると我が王がお呼びです」

そう言うと、ユニシアはサリアの手を優しくとり、部屋から連れ出した。


部屋の外は長い廊下が続いていた。

廊下は先程の部屋のように真っ白で、壁には花の模様が描かれていた。

大きな窓から見える外の景色は実に奇妙なもので、真っ白な建物が立ち並び、町には人々が暮らしていた。

ただ一つ、奇妙なことがあった、空が無いことだった。

上を見上げてもあるのは灰色の岩盤だけだった。

「ねぇ…ここってどこなの?」

「月です」

ユニシアは一言で語った。

「月?どうしてここに連れてきたの?」

「それは我が主にお聞きください」

ユニシアは、ただ淡々と答えるだけだった。

「着きました」

いつの間にか目的地へと着いた二人は乗り物から降り、目の前にそびえ立つ大きな扉の前に立った。

ユニシアは扉を二回叩いた。

「失礼します。サリア様をお連れしました」

すると、返事もなく扉が勝手に開き始めた。

その様子にユニシアは動じることなく、サリアを中へと案内した。

扉の奥には玉座が置かれており、そこへ着くまでの道のりには赤い絨毯じゅうたんかれている。

辺りは白い壁で囲まれ、大きな白い柱が屋根を支えてる。

そして、玉座にはサリアをさらった男が座っていた。

男はサリアを見ると、体を宙に浮かせ、そのままサリアに近づいた。

目の前まで来た男にサリアは、恐怖と不安を帯びた心を落ち着かせるように呼吸を整えた。

すると、男は地面に降り立ち深く礼をした。

「この度の非礼のお詫びをさせていただきたい」

頭を下げる男を見て、サリアはぽかんとしていた。

「私の名はルーン十世。数万年前に栄えていた、惑星ルーンの王族でございます」

「惑星…ルーン…?」

「さて、詳しいことはお茶を飲みながらでも…」

ルーンが指を鳴らすと、光と共に机と椅子、それに紅茶とお菓子のセットが現れた。

ユニシアが椅子を引き、サリアを座らせた。

ルーンの椅子は、ルーンが指で空をなぞると勝手に動き、ルーンを座らせた。

横でユニシアがティーカップにお茶を入れている間、ルーンは話し始めた。

「惑星ルーンとは、ここから遠く離れた自然豊かな星でした。ところが、数万年前に天使…現代ではルーフの一族という者に滅ぼされ、この月に移住したとのことです」

「ルーフって…!」

以前アクスから聞いた、ルーフの一族の事を耳にし、サリアの顔は青ざめた。

「その様子ではご存知でしたか?」

「…そんなの知らないわよ!」

咄嗟に嘘を付くが、口調には焦りが見えていた。

「心配せずとも、私は別にルーフの一族とやらを恨んではいませんよ」

「へっ?」

思わず気の抜けた声をサリアは出した。

「あくまでも、私の目的はあなたの保護です」

「それじゃあ聞くけど…私に何の用?」

「私には分かりません」

「はぁ!?なによそれ!」

意味の分からないルーンの返事に、サリアは怒りで机を叩いた。

「まぁまぁ…話はまだ途中です。あなたをさらった理由は、私のご先祖様が残されたお言葉なのです」

「ご先祖?人攫ひとさらいを頼むなんてろくなやつじゃないわね」

人攫さらい?御冗談ごじょうだんを、あなたは神なのでしょう?」

サリアは眉をピクリと動かし、ルーンを睨んだ。

「すでに調べはついています。癒やしの神ヒーラ、地球ではサリアと名乗って生活しているようですね」

「あなた…どうやってそれを?」

「何度か地球には偵察を送っているのですよ」

淡々と答え、穏やかな顔で紅茶を口にした。

常に冷静なルーンに、サリアは不気味に感じたのか、静かになった。

「それで申し訳ないのですが、しばらくはここで過ごしていただきたい。ご先祖の復活まであと一週間はかかる予定ですので」

「……わかった。でも、用が済んだら私を地球に帰してもらうわよ!」

「無論、私はそのつもりです」

何の思惑を感じさせない、凛とした表情で答えた。

「ではユニシア、サリア様を部屋にお連れしてくれ」

「かしこまりました」

軽く一礼すると、ユニシアはサリアを連れて部屋を出た。


「それでは、今日から私がサリア様の世話をさせていただきます。食事は一日三回。何かあればお申し付けください」

サリアを部屋へと案内したユニシアは、礼をし、部屋から出ていった。

ユニシアがいなくなると、サリアの懐からジベルが出てきた。

「あの〜…サリアさんって…神様なんですか?」

驚くほど静かになったジベルが真顔で尋ねた。

「えっ?あ〜…うん、そうなのよ」

「………いや〜!それなら早く言ってくださいよ〜!あっ!肩でも揉みますか?」

「露骨に態度を変えなくてよろしい!」

サリアのチョップがジベルに直撃する。

「あうっ!へへへ…すいません」

「まったく…それにしても、まさかアクスのご先祖があんな事をしていたなんて…」

「あれですか?ルーフの一族とかって話。…アクスさんの普段の様子を見てると、理由があればそういうこと普通にやりそうですけどね!」

「………確かに、しそうね…」

「しますね!絶対!」

普段こそ穏やか性格なものの、サリアの件となるとアクスは恐ろしく怖くなる。

サリアとジベルはそのアクスの様子を思い出し、容易に想像できた。

「それよりどうするんですか?このままここに居るんですか?」

「それしかないわよ…まぁ、あの人達は嘘はついていなかったから大丈夫よ。気長に暮らしましょう」

サリアは部屋のベランダへと出て、城の外に広がる町の様子を見た。

「でも…アクス達大丈夫かしら…アクスなんか大怪我してたし…」

「アクスさんは傷の治りが早いから大丈夫ですよ。それどころかアクスさんのことですから、私達を助けに近くまで来ているかもしれませんよ?」

「ふふっ!さすがのアクスでもここまで来れないわよ!」

サリアとジベルは、軽い冗談で笑い合った。


「へっくしょん!」

「風邪ですか?」

「いや…なんか急に出た」

舞台は変わって地球。

アクス達は月に行くための宇宙船を待っていた。

待ちくたびれたのか、アクスは家の中を延々と歩き続いていた。

「落ち着きなさいよ、そんなことしてたって宇宙船が早く来るわけでもないし」

「でもなぁ…体がムズムズしちまって…」

その時、家の呼び鈴が鳴った。

それを聞いたアクスは玄関に飛んでいった。

勢いよく扉を開けると、イアンが立っていた。

「宇宙船は!?」

「まぁまぁ落ち着きなよ、ちゃんと借りてきたさ」

しかし、周りにはそれらしき物は見当たらない。

後からやってきたヘルガンが疑問に思った。

「というか…宇宙船だけじゃなく、それを運ぶ馬車とかもないですね。まさか徒歩で来たんですか?」

「ふふっ…とにかく、みんな外に出てきてくれ」

イアンは家の前に三人を集めた。

「では!とくとご覧あれ!」

マジックショーのような掛け声を上げると、イアンの手から泡のような物が現れた。

手に乗っかった泡にふっと息を吹きかけ、泡は地面へと移動し破裂した。

すると、泡が破裂した場所には赤い色の機械が現れた。

赤い機体には翼のような装飾が施され、機体の一部がガラスで出来ている。

突如現れた宇宙船に、アクスは興味津々に触ったり叩いたりした。

「あの〜…これって…壊したら…」

「ああ、もちろん弁償してもらうよ」

「…ちなみにいくらほど…」

「軽く億はいくだろうね」

「アクスさん!もっと丁重に扱いましょう!!」

賠償金の恐怖に、ヘルガンは慌ててアクスを止めた。

「ところで姉さん、この宇宙船だいぶ小さいけど…」

「あぁ、おそろく一人用の宇宙船だったのだろう。だが、心配はいらない」

リーナの言いたい事が伝わったのか、イアンは説明を始めた。

宇宙船のあるスイッチを押すと、ガラスの部分が開き中へと入れるようになった。

「ここ、見えるかい?」

狭い宇宙船の奥に、小さな穴のような物を指した。

その穴に手を近づけると、イアンの手がすっぽり中へと入っていった。

「えっ!どうなってるんですか!?」

イアンは穴を大きく広げ、中を三人へと見せた。

穴の中はきらきらと輝く不思議な空間があり、中には本がいくつか浮いている。

その中の一つの本を、イアンは取り出してみせた。

「この穴は特別な空間になっていてね、あらゆる物を収納できるんだ。ちなみにこれは宇宙船のマニュアル、困ったことがあったら読むといい」

取り出した本をリーナに手渡した。

「…ありがとう姉さん」

いつもの覇気のないリーナに、イアンは眩しいばかりの笑顔で答えた。

「よっしゃあ!早速月に行くかぁ!」

そう言うと、アクスは先程の穴の中へと入っていった。

「威勢はいいのにそっちに行くんですか…」

「だって俺操縦出来ないし」

「まぁそれもそうですね、じゃあ僕も中に入るので操縦お願いしますね」

操縦はリーナに任し、二人は穴へと入っていった。

リーナも宇宙船へと乗り込み、マニュアルを見ながら宇宙船を動かしていった。 

手元の台に手を置くと、リーナの魔力が宇宙船のエネルギーとして変換され、宇宙船は動き始めた。

『エネルギー満タン』

宇宙船から謎の声が聞こえるも、リーナは操作を続けた。

目の前のガラスに映像が浮き出され、宇宙空間の地図が映し出された。

リーナは月と書かれた星をタッチした。

『目標地点、月。自動操縦により月へと向かいます。出発まで一分』

すると宇宙船は浮き始め、翼の装飾部分から煙を吹き始めた。

「姉さん!」

宇宙船の入口が開き、リーナが話しかけた。

「……ありがとう!」

精一杯の笑顔を作り、心からの礼を言った。

「ふふっ…どういたしまて!」

リーナの笑顔に、イアンは嬉しさが表情に表れていた。

すると、宇宙船の穴の中からアクスとヘルガンが顔を見せた。

「ありがとなリーナの姉ちゃん!今度あったらちゃんとした礼をするからな!」

「ありがとうございましたイアンさん!」

「礼なんかいいさ、それよりも君たちの健闘を祈る!頑張りなよ!」

三人は、笑顔で手を振るイアンに礼を言い、宇宙船の入口を閉めた。

『発進』

宇宙船から発せられた言葉の後に、浮き上がった宇宙船は空へ向かって飛んでいった。

宇宙船はあっという間に雲の上まで進み、遂には大気圏を越えた。

気づけば後ろには、青い地球が目に見えていた。

収納用の穴からヘルガンの頭が飛び出してきて、辺りを見回した。

「うわぁ!!これが宇宙ですか!」

普通なら決して見れぬであろうおとぎ話のような世界にヘルガンは目を輝かせていた。

「ふん、お気楽なものね…これから敵の本拠地に乗り込むってのに」

これからの戦いのことに緊張しているのか、リーナは落ち着いていた。

すると、ヘルガンの後ろからアクスが顔を出した。

「リーナ、今サリアの気配を僅かに感じた、月の裏側だ」

「なるほど…わかった。目標地点月の裏側、近づき次第手動運転に切り換え」

リーナの言葉に反応し、宇宙船から言葉が発せられる。

「了解。目標地点まで十分以内に到着予定。到着次第お知らせします」

宇宙船はさらに加速し、月の裏側を目指した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る