第24話 月の王

リーナ達と別れたアクスは、奥の方に見えていた大きな城へと近づいていった。

怪しまれないように人混みに紛れて、城を目指す。

城のすぐ近くにまで着くと、アクスは城の周りを見て歩いた。

城の周りは水堀に囲まれ、見える範囲では正面の門にしか入口がない。

上を見上げると展望台らしき物が見えるが、城の壁は傷一つなくなめらかで、登っていくのは至難のわざだろう。

「ん〜…どうすっかな…勝手な事すんなって言われてるしな…」

特に得るものもなく道を引き返そうとした時、城の方から吹いた風がアクスの鼻に入った。

「この匂い…サリアか!」

匂いの元を鼻で辿ると、城の上の方からだった。

そこには大きく開かれた窓が見えた。

「あそこかっ!」

アクスは城の壁へと跳ぶと、壁にしがみつこうとしたが、なめらかな壁の前にはいくら頑張ってもずるずると落ちることしか出来なかった。

するとアクスは、自身の指先に鋭い氷の爪を身に着け、壁を刺して登り始めた。

見つかれば一巻の終わりだが、幸いなことに白いマントが城の壁と同じ色で気づかれることはなかった。

しばらくの間壁を登り続けて、先程見えた窓までたどり着いた。

窓枠を掴み、こっそり中の様子を伺った。

部屋の明かりは消えており薄暗いが、部屋の真ん中には大きなベッドが置かれていることがわかった。

アクスは鼻を鳴らし、部屋の匂いを嗅ぎ始めた。

「間違いない、近くにサリアがいる」

だが、部屋を探してもサリアは見当たらない。

そこでアクスは、部屋の扉を開けて外へ出ようとした。

気づかれないよう静かに扉を開けると、長い廊下へ出た。

廊下を歩きながら辺りを見回すが、人が一人もいなかった。それどころか気配まで感じなかった。

「妙な所だな…人の気配がまったく感じられねぇ。サリアの気配もさっきは感じたはずなのにここに来てからまったく感じねぇしどうなってんだ?」

気配を感じ取れない今、匂いだけを頼りに城の中を歩き続けた。

匂いをたどり、着いたの場所は浴場だった。

更衣室を抜け、中にサリアが居るのかと期待を胸に秘め扉を開けるが誰もいなかった。

「まいったな、匂いが消えて場所がわからねぇ」

どうしようかと悩んでいると、外から声が聞こえてきた。

「やべっ!どこかに隠れねぇと…」

しかしここは風呂場、隠れる場所などない。

そもそも暑さに弱いアクスが浴場に隠れたら溶けてしまうだろう。

アクスは何かないかと、辺りを詳しく調べた。

すると、天井近くに排気口を見つけた。

外の声が近づいてくるなか、アクスは急いでは排気口のふたを外して中に潜り込んだ。

それと同時に、外から数人の女性が入ってきた。

「あら?排気口が外れてる」

外れた排気口のふたに気づいた女性が近づいていく。

慌ててアクスは、急いで奥の方へと進む。

幸いな事に中の様子は覗かれなかった。

アクスはそのまま排気口の中を進んでいった。

サリアの匂いは消えてしまったが、浴場の匂いを記憶し、それがかすかにでも匂う方角へと進んでいった。

狭くて薄暗い排気口の道をしばらく進み続けると、ようやく出口が見えた。

ふたの隙間から外の様子を見て、アクスは排気口の中を飛び出した。

長い一本道に出ると、先程までとは違った雰囲気の場所だった。

先程までの綺麗な面影はなく、機械で出来た壁や床に覆われていた。

アクスはその光景に驚き、口を開けたまま立ち尽くしていた。

ぼうっとしていると近くから足音が聞こえてきた。

今度はまともに隠れる場所もなかった。

アクスは自身の生み出した雪を水にまで変化させた、さらにその水を霧状に変化させ辺りにき散らした。

そうすると、アクスの体は霧の中に紛れて見えなくなった。

足音が近くなり、曲がり角からルーンが顔を出した。

さらにその後ろから、サリアとユニシアまで現れた。

廊下に現れた霧に、ユニシアが不審がる。

「霧…ですかね?…機械の故障かもしれません、確認を…」

「後でいい、今は他にすることがある」

「承知しました」

三人はそのまま、アクスの横を通り抜けていった。

怪しまれたがなんとかバレずに済んだアクスは、三人の後ろをこっそりと付いて行った。


二人に連れられたサリアは、先程までとはまったく違う雰囲気の場所へと連れてこられて少し不安そうな様子で辺りをきょろきょろと見回していた。

「突然お呼びして申し訳ありません。もうすぐ我らのご先祖様が復活すると報告がありましたので貴女様にも会って頂こうかと思いまして」

「復活は一週間後じゃなかったの?」

「予定などすぐに崩れるものです。それに、今回の事は貴女からすれば復活が早まるのは嬉しい誤算ではないでしょうか?」

予定よりも早く復活することによって、早く帰れるかもしれないのはサリアにとっては嬉しいはずだが、浮かない表情を浮かべていた。

横を歩いていたユニシアが声を掛けた。

「いかがいたしましたか?」

「ううん…なんでもないわよ」

だがその表情から不安の様子は消えず、今はただ前へ進むしかなかった。


三人が歩き続けるなか、アクスが後をつけていた。

道中で何人かの兵士とすれ違うものの、自身の作り出した霧に隠れてやり過ごした。

しばらく歩くと、次なる関門がやって来た。

道の先に小さな門が見えてきた。

門の前には兵士が二人立ち、手にはボウガンを持って門の見張りをしている。

ルーン達三人が門の前へとたどり着くと、ルーンが門に手を置いた。

すると、ルーンの手から門に光が広がり、門が開いていった。

そのまま三人は門の先へと進んでいった。

門は時間が経つと閉じ、重い音をたてて完全に閉じてしまった。

隠れて様子を見ていたアクスは、注意深く門を見ていた。そして中へ入る方法を考えているのだろう。

「よし…やるか…!」

アクスは掌の上に粉のような雪を作り出し、息を吹きかけた。

雪は門の前の見張りの顔に張り付いた。

「なんだ!?くそっ…」

視界を塞がれた兵士達の隙を突き、アクスは門の前に飛び込んだ。

そして門の隙間に氷を生み出し、氷が大きくなる力で門をこじ開けた。

二人の兵士が気づいていないうちに門の先に入り込み、静かに門を閉じていった。

門の先にはすでに三人の姿は見えず、長い通路が続いている。

「待ってろよ…サリア!」

アクスは長い通路を素早くかつ慎重に歩き始めた。

通路は長い一本道で、奥の方から光が見える。

奥にたどり着くと広い空間に着き、そこには三人が居た。

さらにその奥には、緑色の液体が入った大きなガラスケースの中に、何本もの管に繋がれた男がいた。

男はアクスと同じ様な年頃に見えるが、体格はやや劣っていた。

ルーン達と同様に白い髪であり、同じ民族であると思われるが、目は閉じているため目の色までは確認できなかった。

アクスはサリアに声を掛けることもせず、ガラスの中にいる男の様子を見るために物陰に隠れた。

ガラスの中の男から目を離さず見るアクスのひたいに、冷や汗が滴る。

「あいつ…眠ってるってのにすげぇパワーだ…」

男の奥底に眠る力を感じ取り、アクスは警戒していた。

すると、突如ガラスの中の液体が抜かれていき、続けて男と繋がっていた管が弾けるように取れていった。

男の拘束が全て解かれると、男が目を開けた。

その目は、燃えるように赤く輝いていた。

「おおっ!ついにお目覚めになられたぞ!」

ルーンは男の復活を目の当たりにし、祈るように手を組み涙を流した。

ユニシアは横にあった機械を操作し、ガラスケースの正面を開けた。

男は辺りを睨みつけると、ガラスの中から出てきた。

「我がご先祖よ、こたびの復活、誠に嬉しい限りでございます」

ルーンは男の前にひざまずき、頭を下げた。

「ん?貴様は何者だ」

「私は貴方様の子孫、ルーン十世でございます。こちらは私の側近を務めているユニシアと申します」

「ユニシアでございます。どうぞこちらのお召し物を…」

ユニシアが白色のローブを差し出すと、男は掴み取った。

男はローブを羽織り、ルーンを見た。

「ほう…そうか、随分とルーン星人も繁栄しているらしいな」

「ははっ!ありがたき御言葉」

「もう貴様は必要ない」

「……は?」

ルーンが顔を上げると、鈍く光る指先が自分を狙っていることに気づいた。

しかし、気づいた時にはすでにルーンの胸に焼け焦げた穴が空いていた。

「なっ…!ルーン様!!」

倒れゆくルーンをユニシアが支えるも、ルーンは血を吐いて絶命した。

「……っ!一体なんの真似ですか!!」

腰から剣を抜き、男に差し向けた。

男はそれに動じることもなく、ユニシアのひたいに指を突いた。

その指を下になぞるように滑らすと、ユニシアの体が地面へと引っ張られた。

が高い。この俺を誰だと思っている、この国の王…ルーン三世…そして王の中の王と言われた“パルーン”であるぞ」

「パルーン…?」

「まぁ知らぬも無理はない…パルーンとは王の中でも選ばれた者に送られる称号だ、今度から私のことはそう呼べ」

地面で苦しむユニシアを見下ろし、頭を軽々と持ち上げた。

「一つ聞くぞ?この国の王は誰だ?」

ユニシアは何も答えず、目の前のパルーンを睨みつけた。

すると、掴んでいた頭をさらに強く掴んだ。

「がっ…!あっ……」

「もう一度聞くぞ?この国の王は誰だ?」

「っつ………あ…あなたさまです……」

「その通りだ」

ユニシアの答えを聞くと、掴んでいた頭を離した。

横で見ていたサリアは、その光景に息を殺した。

「ん?おい、貴様は何者だ?ルーン星の者ではないな」

サリアに気づいたパルーンが尋ねるも、サリアは恐怖で思ったように口が動かなかった。

「ユニシアと言ったな…こいつは何だ?」

「……その方は神でございます。貴方様のお言葉に従い来てもらいました」

「ほう…神か…」

サリアの方を向くと、先程までの冷徹な顔つきが次第に邪悪な笑みへと変わっていく。

「あっはっはっはっ!!そうかそうか!これで俺の計画が果たされる!」

サリアに向かって腕を伸ばし、拳を強く握りしめた。

するとどうしたのか、サリアが苦しそうに首を押さえもがき始めた。

「ぐっ…!あっ…!」

「どうだ?苦しいだろう?俺は神が作り出した天使とやらに散々苦しい目にあったんだ、これぐらいは苦しんでくれないとな…」

さらに拳をを強く握りしめると、さらなる激痛がサリアを苦しめた。

「お止めくださいパルーン様!」

「…なんだ?俺に歯向かうのか?」

「その方は貴女様のかたきとは違います!ですので…!」

「違うだと?それは間違いだ、神であればすべて同罪だ」

ユニシアはその場に土下座し、激しい感情をこめて話した。

「天使を生み出した神も、当時の天使もすでに息絶えており、あなたのかたきはその方ではありません!どうかおやめになってください!」

涙ぐんだか細い声で懇願し続けた。

その様子を見て、パルーンは冷たく吐き捨てた。

「愚か者が…!」

手を突き出し、衝撃波を発した。

ユニシアは吹き飛ばされ、壁にめり込んだ。

「ユニシア……っ!『リバリーバ』!!」

ユニシアに意識が向いて首を締める力が弱まったのか、サリアは雷の魔法を唱えることができた。

三つに連なる黄色の魔法陣から、青白く光る特大の雷がパルーンに降り注ぐ。

雷が止むと、黒い煙がもうもうと立ち上る。

拘束が完全に解けたサリアは、煙の中を伺うように顔を覗かせた。

そこに、サリアと同様に拘束が解かれたユニシアが叫んだ。

「駄目です!逃げて!!」

煙の中から手が現れ、サリアの首を掴み上げた。

体のあちこちが焼け焦げているものの、パルーンは平然と立っていた。

「今のは危なかったぞ…!アバズレが!!」

持ち上げたサリアを、怒声と共に地面へと叩きつけた。

さらに、地面に倒れたサリアの背中を足で踏みつけた。

「がっ…!!ああっ!!」

「ふん!神と言ってもこの程度か…」

パルーンは執拗に背中を踏み続けた。

その度に、サリアの悲痛な叫びが空間に響き渡る。

「やめろっー!!」

サリアの叫びをかき消す程の、怒りに満ちた声が聞こえた。

「なんだ!?」

声の方に向くと、溢れんばかりの怒りを向けたアクスが飛びかかってきた。

「貴様は…!」

パルーンが気づいたその時、アクスの拳がほおを強く殴りつけた。

強烈な攻撃を受けたパルーンは、地面を滑るように力で押された。

「貴様!何者だ!」

パルーンがアクスに問いかけるも、アクスはサリアを庇うように前に立ち、息を荒らげて憎悪と殺意に満ちた青い目を向けていた。

「アクス!?どうしてここに!?」

「お前は下がってろ!こいつだけは生かしておけねぇ!!」

アクスは話もろくにせず、再びパルーンに飛びかかった。

「その異常な反応…天使だな!!」

パルーンの言葉を耳にしようともせず、アクスは唸り声を上げながら拳を打ち込んだ。

拳は直撃し、重い音と衝撃波が起こりるが、パルーンはびくともしなかった。

「なんだ…不意をつかれなければ大したことないな」

アクスは驚いた。だが、それは一瞬のことだった。

すぐさま次々に拳を打ち込んだ。

力強い連撃を放つが、その全ての攻撃が容易く防がれていた。

パルーンは片手だけで、その攻撃を防いだ。

それどころか、攻撃の隙間をぬってアクスの腹に拳を叩き込んだ。

「がっ…!」

アクスは血を吐き、壁まで吹き飛ばされた。

壁が崩れ、瓦礫がアクスの上にのしかかるがアクスは瓦礫の山を吹き飛ばした。

痛みで冷静になったアクスは、口から垂れる血を腕で拭い、パルーンを睨みつけた。

だがアクスは再び突っ込んでいった。

許せなかったのだ。

サリアを痛めつけたあの男を。

アクスは片手に魔力を溜めながら、パルーンの背後に回り込んだ。

大きく上げた足で頭を狙うも、しゃがんでかわされた。

攻撃の手を止めず、足で素早くなぎはらうが上へと飛んでかわされた。

アクスの背後に降り立ったパルーンは、背中に肘打ちをくらわせた。

たったの一撃で地面に膝をついたアクスは、振り返って手の中に溜めていた魔力を放出した。

パルーンの体を覆う程のエネルギー砲は、壁に当たり爆発した。

ダメージを受けすぎたのと魔力の使い過ぎで、アクスは息を切らしていた。

もうもうと揺らぐ煙の中から人影が見えた。

「なっ!?」

アクスの目の前にはパルーンが微動だにせず立っていた。

全力の攻撃を受けてもなお、パルーンにはろくなダメージが入っていなかった。

パルーンは鼻で笑うと、アクスの眼前に手を向けた。

『リベンジショック』

アクスの体が一瞬震えると、黒い雷のようなものがアクスの体を包んだ。

「うぉぉわぁぁぁ!!!」

突如アクスが叫んだ。

次第にアクスの体から血が噴き出し、骨の折れる音と肉が切れる音が大きく鳴り響く。

黒い雷が体を包むあいだアクスは痛みを叫び続けるが、次第に声すら出なくなり、体を包む雷が消えたときには気を失って地面に崩れ落ちた。

腕や足が曲がり、体中から血を流していた。

「アクス!!!」

倒れたアクスにサリアが駆け寄ろうとするも、ユニシアがサリアを押さえつけた。

「離して!!」

ユニシアは何も言わず、サリアを押さえていた。

「………そう喚くな、驚いたことにこの男はまだ生きている」

「えっ!?」

「貴様が俺の計画に協力すれば助けてやらんこともないぞ?」

「ふざけないでよ!!あんたの心を読んだわ、そんな計画誰が協力するもんですか!!」

「では…こいつがどうなってもいいと?」

「っつ……!」

アクスを死なすわけにもいかず、サリアは怒りを飲み込んだ。

すると、廊下の方から複数の足音が聞こえてきた。

「ルーン様!何かありましたか…これは…?」

ここの出入口の扉で見張りをしてきた兵士達が、部屋の様子を見て驚いた。

「ちょうどいい、この男を死なないようにして奴隷の労働場所にでもぶち込んでおけ」

「えっ…?しかし…」

見知らぬ男に命令され戸惑う二人の兵士は、ユニシアに目を合わせた。

「……連れて行け」

「……はっ」

兵士達は困惑しながらも、アクスの腕を二人で持ち上げて連れていった。

「さてと…ユニシア、お前はそいつを部屋に戻せ。ただし余計な事はさせるなよ」

「…はっ」

礼をすると、ユニシアはサリアを引っ張り部屋を後にした。

「神と天使、それに地球人…長きに渡る我が恨みをその身に受けるがいい!!」

ルーンの邪悪な高笑いが辺りに響き渡った。


瀕死の重症を負ったアクスは手錠を付けられ、最低限の治療を施された後、城から遠く離れた奴隷たちの働く労働場所へと連れてこられた。

鋼の大扉を潜ると、辺りは鉱山で囲まれていた。

よろよろにくたびれた奴隷達がピッケルを持ち、岩を砕く。

倒れた奴隷達がムチで叩かれる。

そんな劣悪な環境を通り抜け、小さな灯りがあるだけの薄暗い牢屋に放り投げられた。

「……覚えてろよ…パルーン…!」

薄暗い牢屋の中で、頭に巻かれた包帯の隙間から青い目が輝いた。

















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