第17話

 フィンリーが普段使っている部屋にはフライアもいた。

「ダーシー、お茶を淹れてくれたの?ありがとう」

「たまにはと思いまして、殿下も如何です?」


 笑顔を向けると彼はうろたえたように目をきょろきょろさせた後、頷く。

「お前が淹れるなど珍しいこともあるものだな」

「お二人にはちゃんとお世話をされる方がいらっしゃいますので、わたくしの出番がないのですよ」


 フィンリーはじっとダーシーの動きを観察し、差し出された器を覗き込む。沈黙したままなので代わりにフライアが声をかける。

「色も香りも上品ですわ」

「褒めていただいて光栄です。こちらにいる間はぜひ、楽しんでください。ケーキも焼いていますのよ。あまり使いすぎるなと叔父に言われましたけど、こういう楽しみもないと気分が冬空のようになってしまいますからね」


「ルイ様には申し訳なく思っていますわ。備蓄の食料も無駄遣いできないと注意されました」

「雪が解けるまでは流通が滞りますから、もう暫く辛抱くださいませ。どうか広い国内にはこういう街があることをご承知おきください」

「ええ、わがままを致しましたけれど、経験することで身になりますものね」


「殿下、如何されました?」

 考え事をしていたらしく、フィンリーは跳ねるように身を起こす。

「いや、何でもない」

 少々、様子がおかしかったのだがフライアとダーシーは顔を見合わせるだけで追及はしなかった。


「このお茶、王都ではあまり見ませんね」

 さすがフライアである。お茶に対して知識があるようだ。

「ええ、お茶はほとんどが交易にて入ってきます。そのため、庶民にとっては高価な品物です。それをどうにか出来ないか、領内で模索している最中なんです」

「つまり、お茶の栽培を?」

「さすがにロチェスターではできませんから、他の場所ですよ。まだ、商品化はできませんが、ここまでたどり着きました」


 フライアは頬に手をあてて嘆息する。

「確かに、お茶は最近、特に値上がりして困っています。すでに習慣化しているため止めるわけにもいかず、かといって、質を落とすのも正直…あ、内緒ですわよ」

「勿論です」

「メイジーがたまにプレゼントをしてくれるのです。彼女の家はそれで財をなしていますから、融通がきくのだそうです」


 フライアと敵対関係だと噂される侯爵令嬢のメイジーの家は、近年交易によって大きな利益をあげた。元々、爵位も低かったが金で侯爵の地位を手に入れたと語り草にもなっている。


「メイジーはあちこちでお茶を配っている」

 フィンリーは呟くように言った。

 問いかけるように視線を向けるが、彼は静かにカップの水面を見つめているようだった。

「フライアのところにも、か」

「殿下のところにも、ですか?」


 ダーシーはメイジーと付き合いはあるが、物をやり取りする関係ではなかった。顔を合わせれば挨拶し、近況を話す程度だ。

 物が欲しいわけではない。上のものに対する付き合いと下のものに対する付き合いが変わるのは致し方ないことだ。


「まあ、メイジー様から直々になんて、きっと素敵なお茶なんでしょうね」

 無邪気な笑顔を浮かべ羨ましいと呟いてみる。

 二人は少々気まずい顔をしたが、王都に戻った際はご馳走すると約束し、ダーシーを喜ばせた。

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