第18話

「殿下、元気がないようですが何かありましたか?」

 ダーシーは不安げに覗き込む。

 毎日、ほとんど家の中で過ごす。

 外に出られないわけではないのだが、彼も彼の周りも雪に慣れていない。そんな中、殿下を警護しながら出歩くのは難しい。


 実際、道は温泉の水を流して雪が解けるようになっている。街の中心部は歩けるようになっているが、それでも外気温は低い。一度、外に出て顔の毛が凍るのを体験してからフィンリーはおとなしくルイの家で過ごしている。


 恨めし気にダーシーの顔を見ると、そっぽを向く。

 何かしただろうかと、首をひねっているとフィンリーは不機嫌の原因を教えてくれた。

「今朝もルイにいろいろ言われた」

「それは申し訳ございません。わたくしから叔父へ言っておきますね」

「お前はずっと調べものをしている」

「隠居しているんですよ。そしてこの雪空の中、出来ることはそのくらいしかありませんし」


 どうやら不満が溜まっているらしい。話し相手になるしかないだろうかとダーシーはおとなしく返事をすることにした。

「フライアは編み物や刺繍をしている」

「はい」

「お前はしないのか?」

「はい」

「何故だ?」


「殿下はダーシーお手製の編み物が欲しいのですわ」

 フライアはにこにこと答える。

 図星だったのかフィンリーは視線を外す。


「編み物ですか?」

「ロチェスターは寒い」

「すでにフライア様がプレゼントされたと伺っております」

 同じものはいくつもいらないだろうとやや非難めいた口調で告げるとフィンリーは苛立ちを向ける。


「私はお前が刺繍をするところを見たことがないし、お茶も今日初めて淹れてもらった。編み物くらいいいだろう!」

 良くはない。

 編み物と簡単に言うがどれだけ時間がかかるというのだ。

 胸の内で思わず悪態をついてしまう。


「刺繍の腕も悪くないと聞いたぞ。何故、見せない?」

 情報源はフライアのようである。

 意味ありげに彼女を見れば穏やかに微笑んでいる。

「昨日、ご夫人方に教えていただいたのです。以前、ダーシーが施していた刺繍はロチェスターに古くから伝わるデザインで、魔よけの意味があるそうですね」


「じゃあ、それを」

 じゃあ、じゃない。

 ダーシーは視線をさ迷わせる。

「待ってください。殿下にお見せできるようなものなんて、とてもじゃありませんが無理です!」

「ダーシーが作ってくれたものなら何でもいい」


 婚約者の前でとんでもない要求をしている自覚があるのだろうか?

 しかし、フライアは楽しそうに見守っている。余裕なのかただ面白がっているだけなのか、ダーシーには判断がつかない。


 その夜からフライアとダーシーはフィンリー殿下にプレゼントを用意するため時間を作ることとなった。


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