アルセラと、グルンド少年

「グルンドさんとおっしゃいましたね」

「はい」

「あなた、ひとつだけ間違っています」

「えっ?」


 驚く彼に私は言った。


「難しい試験を突破してあの学校に入ったその努力はあなた自身の財産です。それは手放す謂れはどこにもない。あなたはあなたの権利と財産を手放す必要はありません」


 私のその言葉に彼は唇をぐっとかみしめて搾り出すように答えた。


「おっしゃることは分かります。でも、もうこれしかないんです」

「なぜそう思うのですか?」


 私は言葉を続ける。


「なぜもう終わりだと決めてしまうのですか? まだできることは山ほどあります」


 私の言葉に彼は驚いたかのように私の方を見つめてきた。


「あなたは勇気を振り絞って私たちのところへと行ってきた。事実を伝えに来てくれた。ならば次は私が動く番です」

「えっ? それはどういう意味ですか?」


 私は笑みを浮かべながら言った。


「我がモーデンハイムが直接動きます。今回の事件で十三上級候族の一つレオカーク家の分家の一つが絡んでいることが分かっています。そこにさらにタンツ家の役職継承問題が絡んでいるとなれば、直接そこに攻撃を加えるまでです」

「えっ? まさか一戦交える気ですか? タンツ家とレオカーク家と?」


 驚きながら言う言葉に私ははっきりと頷いた。


「望むところです。アルセラは私の命をかけて守り抜いた子、あの子が生まれたワルアイユは私のもうひとつのふるさとも同じ。それをただの田舎と罵られた。身内を傷つけられて、私の故郷を罵られて、黙っていられるほど私は大人しくありません」

「本気ですか?」


 私の言葉に彼は明らかに驚いていた。話の規模が学校内の問題ではなく十三上級候族同士の抗争の様相を呈してきたからだ。


「ええ、本気です。それにそもそもモーデンハイムは実戦の戦場にて国土防衛の武功を何度もあげた有数の軍閥候族です。売られた喧嘩は買います、傷つけられた名誉は相手の血を流してでも取り戻します。問題の中心となっている連中に一体誰を傷つけたのか彼ら自身の命を守って思い知らせる所存です」


 彼はあっけにとられていた。そんな彼に私は続けた。


「それにそもそも今回の事態は話を聞けば聞くほど、学校の理事を治めるタンツ家が学校をまともに運営できていれば初めから回避できた問題です。おそらくはこれまでの犠牲者の中にも救えたはずの人間が大勢いたはずです。彼らに問題の本質を理解させるためにも、オルレア中央上級学校を根本からひっくり返します」


 私の話はまだ続いた。これで収めるつもりはないからだ。


「アルセラの心を傷つけたその者たちも地の果てまで追い詰めて引導を渡します。一体誰の家族を傷つけたのか骨身に染みるまで思い知らせます」


 そして私は力強く告げた。


「私の名前は〝旋風のルスト〟敵を倒すまで止まるつもりはありません」


 私のその言葉に彼ははっきりと頷いてくれた。


「エライア様、あなたがそこまでおっしゃってくれるのであれば、これをあなたにお渡ししたいと思います」


 そう言いながら彼は懐から書類の束を取り出した。そこにはある事実が記されていた。


「アルセラさんが孤立して以降、受け続けた嫌がらせや虐待の事実を詳細に記した記録です。それと校長や教頭と結託していじめや嫌がらせなどの実行役として動いていた者たちの実名リストです」


 それを私に手渡しながら彼は言った。


「本当ならば僕自身の手で学校の仲間たちを助けてやりたかった。でもただの学生の僕の身分ではできることはこれくらいが精一杯です。でも一矢報いるためにも何もしないわけにはいかなかった。あなたのように強い力で動いてくれる人を僕はずっと待っていました。その矢先、僕のすぐそばにいた一人の女性が欲望の餌食にされている」


 その言葉に私は言う。


「あなたはアルセラをどうしても助けたいのね?」

「はい」


 そして彼は頭を深々と下げてこう言ったのだ。


「僕に力を貸してください! 彼女を守ってあげたいんです!」


 それは誠意という言葉では生易しいほどの強い思いだった。親友を失う、辛い過去があるからこそ彼は人の痛みが分かるのだ。


「もちろんよ。あなたのその思い決して無駄にはしないわ」

「はいありがとうございます」


 私は一呼吸おいて問う。


「ちなみに今回の直接的ないじめの首謀者に心当たりはあるかしら?」


 まずはそこから切り崩していく。グルンド君はその人物の名前をはっきりと口にした。


「マリーツィア・グース・レオカーク――、レオカーク家の第一位階分家の人間ですが、到底まともな品性ではありません。見栄っ張りで傲慢、その人柄は母親譲りだともっぱらの評判です」

「そのグース家ってもしかして〝布地に針と糸〟のデザインの紋章を使っていないかしら?」


 その問いにグルンド君は少し思案してから答えを口にした。


「確かマリーツィアの使っている馬車にそのような紋章があしらわれていたはずです」

「そう、ありがとう」


 そこまで聞ければ十分だ。

 私は立ち上がり自らの右手を差し出すと、彼の手を握り締める。


「グルンド君」

「はい」

「これからもアルセラをよろしくね」

「はい! もちろんです!」


 一つ得た確信があった。彼は信用するに足る勇敢なる少年なのだ。

 そんな時だった。応接室の扉がノックされた。私はグルンド君から手を離しながら声を返した。


「はい。どなた?」

「私です」


 それはアルセラの声だった。


「どうぞ。入っていいわよ」

「失礼します」


 疲れきった声で返事をしながらアルセラは応接室へと入ってきた。寝巻きの上にローブを纏いながら様子を伺いに来たのだ。


「グルンド君?」

「アルセラさん!?」

「あなたの家の馬車が見えたのでもしやと思って」


 遠慮がちにしているグルンドの背中を私は押した。


「彼、あなたのことが心配で私たちのところにお話をしてきてくれたの。今回のことでこれからもあなたの力になりたいって」

「えっ?」


 まさかの言葉にアルセラは驚いていた。彼も自らアルセラへと歩み寄って行く。


「アルセラさん。僕はもう君のことが見過ごせない。たとえ学校を辞めるようなことになったとしても君を守ろうと思うんだ。だから絶対に絶望しないで」


 絶望――、その言葉の意味はよくわかる。私自身も絶望によって兄を自死で失っているからだ。

 グルンドの登場に明らかに驚いているアルセラだったが彼女は恐る恐るつぶやいた。


「本当にいいの? あなたも嫌な事に巻き込まれるかもしれないのに」


 彼女の不安と恐れの言葉にグルンドはアルセラの両手を握りしめながらしっかりと告げた。


「僕はもう何も恐れないよ。君がこれからの将来を諦めてしまう以外は」

「グルンド君」

「今日はそのためにエライアさんと話していたんだ」

「そうだったの」


 そして彼はすっかり体の調子を崩しているアルセラの事を慮るかのように、彼女の手をしっかりと握りしめ。


「まだ体の調子が戻っていないんだろう?」

「うん。体起こすのも辛いの」

「ゆっくり休もう。一緒にいるから」

「ありがとう」


 やつれた表情の中に笑みが見える。ようやくに心の落ち着きを取り戻し始めたのだ。ここはもう彼にアルセラのことを任せてしまってもいいだろう。


「グルンド君」

「はい!?」


 私の声に彼は返事を返した。


「アルセラの事はお願いね」

「はい! お任せください」

「もちろんよ」


 とりあえずはこちらはこれで安心して任せられるだろう。


「何があったら当家の執事のセルテスに相談してちょうだい」

「はい。承知いたしました。アルセラさんの事はお任せください」

「頼むわね」

「はい! 承知いたしました」


 そして私は立ち上がると応接室から出て行く。

 さあいよいよ、ここから反撃の始まりだ。

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