勇敢なる少年、現る

 それから応接室で来訪者を待っていれば、数分と経たずに姿を現したのはアルセラよりほんの少し背が大きいくらいの美少年だった。

 アルセラが通う中央状況学校の男子制服であるハーフテールコートとルダンゴトジャケットを丹精に身につけている。

 白い素肌に栗毛の髪。ブラウンの力強い瞳が印象的な少年だった。彼は私の前に姿を現したが候族の初対面の礼儀に準じて立場が上の者の方から挨拶をするという基本ルールをしっかりと守って私が語りかけるのをじっと待っていた。

 私は自らを名乗った。


「当家、令孫エライアです。火急の要件とお聞きいたしました。どのような内容でしょうか?」


 私のその問いかけに彼は焦ることなく自分自身に何かを強く言い聞かせるかのように一つ一つ言葉を選んで名乗り始めた。


「失礼いたします。突然のご訪問、ご迷惑かと存じますがこちらでお住まいのアルセラお嬢様のお立場について、どうしてもご説明しておかなければならないとの思いから無理を承知でご面会をお願いしに参った次第です」


 そしてそこで一礼して彼は自らの名前を名乗った。


わたくし、中級候族ノクトゥール家嫡男、グルンド・ストラト・ノクトゥールと申します。モーデンハイム家ご令孫のエライア様におかれましては、若輩ながらお目通りかない恐悦至極に存じます」


 そう語り切ると彼は再び頭を下げて一礼した。

 候族、しかも中級と上級と言う格の違いがある間柄でしかも初対面。大人でも挨拶の口上を間違えることがあるというのに見事なまでの候族身分としての挨拶の名乗り口上だった。家族内での幼少の頃からの教育の質の高さが伺える人柄だった。


「丁寧なご挨拶、誠に痛み入ります。改めてご挨拶申し上げます。モーデンハイム家当主家孫かそんエライア・フォン・モーデンハイムと申します。改めてそちらの話をお聞かせいただきたいと思います」


 向こうが礼儀の限りを尽くして一切の失礼のないように振る舞ったのだ。話を聞くに値する人物だと私は判断した。


「まずはお座りください」

「恐縮に存じます」


 彼はあえて私の許しを得て応接用のソファーの一つに腰掛けた。そして彼は言う。


「それでは早速ですがお話をさせて頂いてよろしいでしょうか」


 どこまでも礼儀を守ろうとする紳士的な少年だった。


「よろしくてよ。お話をお聞かせいただきます」

「ありがとうございます」


 そして彼は一呼吸おいて語り始めた。


「今、こちらでご厄介になっているアルセラ様が学校内で辛いお立場にあるのはご存知でしょうか?」

「ええ、昨日様子がおかしかったので私なりに情報を集めたり本人に改めて問いただしたりして、おおよその状況は掴んでいます。なんでも学校から寄付の強要があり、それをやんわりと断ったら学校側の態度が一変、それ以来嫌がらせが続いていると」


 彼は私の言葉にはっきりと頷いた。


「それは事実です。今、私の通っている学校ではいじめというのも生易しい組織的な虐待が横行しています」

「虐待?」


 あまりの言葉に私は声を失った。彼は説明を続けた。


「そもそも事の起こりは、半年前の学校の理事長の代替わりでした」

「確か中央上級学校の理事職は代々、十三上級候族の一つ、タンツ家が就任しているとお聞きしています」

「はいおっしゃる通りです。本来ならば代替わりはもっと先なのですが、前理事長であるタンツ家ご当主のご子息が例年よりも早い段階での理事長就任を果たしたのです。ですがこれが騒動の始まりでした」


 組織のトップの代替わり、それは決して容易なことではない。簡単に解決しない大きな問題を引き起こすこともある。


「それで?」

「はっきり言ってしまえば理事長という職をするには役不足な人間なのです。案の定、老獪すぎる校長や教頭にいいように転がされて、学校の内情の現実を理解することもないまま、盲目的に校長や教頭を無駄に信頼して好き勝手をさせてしまっているんです」

「えっ? 何でそんな状況がまかり通っているんです?」


 彼は顔を左右に振った。


「わかりません。代替わりを認めたタンツ家のご当主が何を考えているかはもうどうでもいいことです。それよりもっと問題なのは学校を私物化している校長と教頭による拝金主義の蔓延です」

「拝金主義!」


 私は思わず言葉を漏らした。


「名のある候族には寄付を願い出て、多額の寄付を引き出せた人には篤い便宜を、そして寄付を断り筋を通そうとした人には露骨な嫌がらせをする。そのために学校内でいかにも浅はかそうな素行の悪い生徒を手懐けて手下のように使っています」


 それを聞かされて私はピンと来るものがあった。


「それが今回、当家のアルセラが受けた仕打ちの顛末なのね?」

「はい、その通りです」


 そして彼はさらに言葉を続けた。


「今では学校では誰もが怯えながら暮らしています。校長や教頭に邪魔者と判断されれば学校辞めるまで嫌がらせが続きます。頼みの綱の理事長は理想論ばかりのまるっきりの無能で校長と教頭が自分の実務面を的確に支援してくれていると頑なに信じています」


 そして彼は言った。


「アルセラさんの事をもっと早く助けてあげることも考えたのですが、仮に今、彼女に嫌がらせをしている者が排除されたとしても、その次の人物が現れてもっとさらに酷い行為に走るのは目に見えています」


 私はその話にある予感を感じた。少し意地悪かとは思ったが私は彼にこう尋ねた。


「なぜそう言えるのですか?」


 彼は答えた。明確に力強く。


「僕の親友が今年に入って自死に追い込まれたんです」


 自らの両手を握りしめながら彼の言葉は震えていた。


「迂闊に助ければもっとひどい状況になる。みんなそれが分かっているからはらわたが煮えくり返る思いがしても何もできないんです。でももう我慢できません! 私は今日、皆さんにアルセラさんを学校から逃がしてあげてほしいと告げるためにお伺いさせていただいたんです」


 私は尋ねた。


「アルセラを危険極まりない状況から助け出すために?」

「はい、その通りです」

「あなたはどうなるの?」


 少しの沈黙の後に彼は言った。


「アルセラさんと行動をともにしようと思います。僕もあんな学校にはもう未練はありません」


 力強い言葉。自分が大切なものを失うの覚悟の上で今日ここに来たのだ。私は思う、なんと立派な紳士だろうと。

 でも彼はひとつだけ間違っている。


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