家族会議 ―発覚する事実―

 その日の夜、私は、お母様やお爺様のいる場所でセルテスの最初の報告を受けた。

 セルテスは張り詰めた表情でこう言った。


「アルセラお嬢様の学校のご担任に問い合わせをしたのですが明確な回答は得られませんでした。調査してご回答申し上げると言うばかりで、いかにも明言は避けているという状態です」

「ありがとう。調査はそのまま続けてちょうだい。それともう一つ聞きたいことがあるの」

「何でしょう?」

「候族の紋章で〝布地に針と糸〟をシンボルとするものはどこの家かわかるかしら?」

「その紋章でしたら確か」


 セルテスは少し思案する。そしてすぐに思い至った。


「確かレオカーク家の分家筋にそのような紋章を使う者たちが居られたと存じます」

「レオカーク家?!」

「はい」


 その言葉に私はある答えにたどり着いた。そして確信を得るに至った。私の表情の変化にお爺様が尋ねてくる。


「何か気づいたようだな? エライア」


 お母様も心配げに私の顔を見ている。私は答えを口にした。


「あの子は、アルセラは自分の身に降りかかったいじめという問題が、我がモーデンハイムと、レオカーク家との、上級候族同士の対立に発展することを強く恐れたのです」


 お母様が憤りを垣間見せる表情で言う。


「どうやらあの子の学校の中にレオカークのお家の名前を吹聴している愚か者が居るようね」

「ええ、それで間違いないと思います。アルセラは聡明ですから万が一にでも、自分から反撃して相手を怪我でもさせれば責任が我がモーデンハイムの名前にまで飛び火することを、なによりも恐れたのだと思います」


 お爺様も言葉を選びながら言う。


「アルセラはワルアイユから、ザエノリアを連れてきている。自分が何か問題を起こせば、自分の信頼している使用人であるザエノリアの立場が辛いものになるということも考えたのだろう」


 お爺様の言葉にお母様は私見を述べる。


「ええ、それも間違いないと思います。私の目から見てもあの子はとても使用人思いです。たとえどんなミスをしても絶対に使用人を責めません。実のお母様を亡くされてから、身近な使用人の人たちがずっと家族同然だったはず。その意味でも自分が我慢すればいいと思い込んでしまったのでしょう」


 みんなが一斉に沈黙する。その沈黙を破ってお爺様は私に尋ねてきた。


「それでこれからどうする?」


 私は答える。


「数日間、あの子を休ませます。その間にさらに詳しい学校の内部情報を調べようと思います。それとセルテス!」

「はっ」

「あなたは学校への問い合わせと同時に、私がさっき指摘した紋章の持ち主についてもっと詳しく調べてちょうだい」


 そしてさらに私はお母様とお爺様にこう告げた。


「このことはくれぐれもアルセラには悟られないようにお願い致します。私が事件の解決のために動いてるとなれば殊更にあの子は自分自身を責め立ててしまうでしょうから」


 その言葉にお母様とお爺様は頷いてくれた。

 こうしてアルセラを救うために私たちの行動が始まったのだった。



 †     †     †



 その日の翌日、アルセラは学校へと向かおうとした。

 なにか強い焦りを抱いているかのような素振りだったが、私はあえてそれを押し留めた。


「アルセラ、いい?」

「はい」


 起床直後、ベッドの脇に隣り合って腰掛けて私は彼女に言い聞かせた。


「あなたは風邪なの。熱を出して寝ているの」

「え、でも――」


 彼女が食い下がる理由はおおよそ分かる。アルセラを追い回しているあの子たちが嘘デタラメを吹聴する可能性があるのだろう、何を言われるかが怖くて仕方ないのだ。あるいは『休むとどうなるかわかってるんでしょうね?』と恫喝しているか、そのどちらかだろう。

 私はアルセラと向き合うとその両頬をそっと手を触れてその瞳を見つめた。


「いい? よく聞いて」

「はい」

「ここに居るのは誰?」

「えっ?」


 彼女は一瞬、何を言われているのかわからなかったようだ。だが、私はもう一度言った。


「あなたの目の前にいるのは誰?」

「―――」


 すこしばかりの沈黙の後、アルセラはつぶやく。


「〝旋風のルスト〟そして――」


 アルセラは大きく息を吸い込むと声を震わせながら言った。


「私の〝お姉さん〟です」


 それが答えだ。それこそが、私とアルセラとの間にある固く結ばれた絆だった。

 その言葉を聞いて私ははっきりとうなずくとアルセラの細い体をしっかりと抱きしめたのだった。


 私は自らの胸の中のアルセラに強く言い聞かせた。


「いい? あなたのことは私が必ず守り抜くわ。あなたを苦しめたあの子たちに誰に喧嘩を売ったのかを思い知らせらせてあげるわ!」


 アルセラは私の胸の中ですすり泣いている。私の語る一言一言に頷いている。


「〝旋風のルスト〟の名に賭けてあなたを守り抜く!」


 その言葉を耳にしてアルセラは強く頷くと、それまでずっと耐えていた胸の内を明かしてくれた。


「学園に入ってからはじめのうちはみんなと仲良くしていたんです」


 力なく細々と彼女は語り始める。


「でも、学校の教頭先生が私のことを校長先生の所へと呼び出していきなりこう言い始めたんです『君のところからはまだご寄付がいただけて無いね』と」

「えっ? 寄付?」


 アルセラは頷く。


「今のワルアイユは復興途中ですから寄付に回せるような余力はありません。すぐには無理ですと答えたら、学校の態度が一変しました」

「なんですって?」


 私は全身の血が逆流する思いがした、こともあろうか学校が寄付の強要をしていたのだ。


「それからです。みんなが無視するようになり、あの人たちの連日の嫌がらせが続いたのは。私にこう言うんです『辺境領の田舎者の貧乏候族』って――」

「なんてこと、ワルアイユの辺境領と言う肩書きは田舎という意味ではないわ!」

「わかってます。でも、それを言おうにも誰も耳を貸してくれませんでした」

「なぜそれを言わなかったの? 私たちが動けばすぐに解決する話じゃない」

「それは――」


 アルセラは強くしゃくりあげると涙を流したままこうつぶやいた。


「お姉さまたちにご迷惑をかけたくなかった。せっかく家族にしてもらえたのに嫌な思いをさせたくなかった。私が自分でなんとかしなければと思った。だから――」

「アルセラ……」


 私はアルセラの体を強く抱きしめてあげた。


「いいこと? よく聞いて?」

「はい」

「困ったときには助けを求めることが出来る――それが本当の家族と言うものよ。私が2年半前に出奔を後押ししてくれたのは、お爺様とお母様だった。迷惑を掛けると思ったけど二人は笑って許してくれた。それが家族というものなの!」


 私は力いっぱい告げた。

 この2年間の長い旅路の中で家族と言うものに対してやっとの思いで掴んだ答えだったからだ。そしてそれを今、アルセラに向けて投げかけた。


「だからね? アルセラ? いいこと? よく聞いて」


 私の言葉にアルセラは顔を上げて私の目をじっと見つめ返してきた。


「はい」

「アルセラ、あなたがどんなに私やお母様やお爺様やセルテスと言った人たちに、困りごとや苦しみを打ち明けたとしても、助けてくれとすがろうとしたとしても、それを迷惑に思うような薄情な人間はあなたの周りには一人も居ないわ!」


 私は再びアルセラを抱きしめるとその背中と髪の毛を愛おしく撫でてあげる。


「だからねアルセラ、苦しい時は苦しいと、助けて欲しい時は助けてといつでも言っていいのよ? むしろそんな風に沈黙を守って苦しんでいる姿を見るほうが私たちも辛いのよ」


 私がそう語った時、アルセラは大きく頷いた。そして私の耳元でこうつぶやいたのだ。


「ごめんなさい」

「いいのよもう。謝らなくていいの」

「はい」

「後のことは私たちに任せて。あなたを苦しめた全ての事を片っ端から片付けてあげる!」


 私もその言葉にアルセラは体を離すとそっと顔を上げて私の顔を見つめてこう答えた。


「お願いします。助けてくださいお姉様」

「もちろんよ。だからあなたはすべてが解決するまでここでゆっくり休みなさい」

「はい」


 私に教え諭されてアルセラは再びベッドの中へと潜り込んでいく。彼女が布団の中で寝息を立てるのはすぐだった。


 アルセラが寝たのを確認して私は彼女の部屋から出て行く。今日これからの行動を考えながら廊下を歩いていた時、私の姿を見つけて駆け寄ってきたのは執事のセルテスだった。


「お嬢様、こちらにいらっしゃいましたか」

「セルテス、どうかしたの?」

「はい。アルセラお嬢様のクラスメイトの方が、学校の件でお話がしたいとのことでご面会に現れております」

「クラスメイト?」

「はい。非常に落ち着いた雰囲気の少年です。いかがいたしましょうか?」


 私は少し思案する。


「セルテス」

「はっ」

「その人を応接室にお通しして、私が良いと言うまで誰も入れてはダメよ」

「かしこまりました」

「先に応接室で待っているわ」

「はっ。それではすぐに」


 セルテスは突然現れた来訪者を迎えに行く。私は先回り応接室へと向かった。

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