家族会議2 ―立ち上がるルストたち―

 それから私は、セルテスを探すとグルンド少年から渡されたあの告発書類を手渡した。校長や教頭と結託していじめや虐待を働いているという21人の生徒。それらについて住んでいる場所や家族状況、人間性など詳しい実態の調査を命じた。

 それと、グルンド少年にアルセラの面倒を任せたこと。今回の告発をすることで彼の実家に影響が及ばないか確かめてほしいことも告げた。


 それから、その日は自らの誕生会の準備をしていた。衣装の支度、体の美容、正直言ってそんな気分ではなかったのだが、それはそれこれはこれ、自らの予定として私が今回帰省したのは誕生会がそもそもの目的なのだからこれをやらないわけにはいかなかった。

 それにセルテスからの報告を待たねばならない。

 急いては事を仕損じる。焦りも禁物だ。


 時々、アルセラの様子をそっと眺めに行ったが、彼女の部屋の中からグルンド少年の優しい声がする。


「――において風の精霊たる象徴であるシャンタク鳥は歴史上において300年ほど前までは実在が確認されており――」


 彼は本の朗読をしていた。アルセラが退屈しないようにと始めたのだろう。ドアをそっと開けて様子を伺えばベッドに横たわりながら満足気な表情でグルンド少年を見つめているアルセラの姿があった。


 彼なら本当にアルセラを任せられそうだ。

 私はそっと部屋の扉を閉めた。


 そしてその日の夜の事だった。

 私はセルテスから報告を受けることとなったのだ。

 

 

 夕食を終えて談話室でくつろぐ。アルセラは自分の部屋で休んでいる。その身の回りではノリアとグルンド少年が甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 グルンド少年の自宅に使者を飛ばして彼をそのまま当家にて泊めることにした。今の不安定なアルセラの気持ちを落ち着かせるためにも、彼のような信頼のおける同年代の存在が必要だと思ったからだ。

 そのままゲストルームを一つ彼のためにあてがう。どのみち彼も今回の事態が解決するまで学校には通わないと言う。彼もまた相当な覚悟を持ってアルセラのために動いているのだ。


 談話室にお母様とお爺様、それにセルテスが集まって話し合いが始まった。

 最初に切り出したのはセルテスだった。


「お嬢様、ご報告させていただきます」

「よろしくてよ」

「承知いたしました」


 一呼吸おいて彼は話し始める。


「恐縮ですが、調査対象がかなりの大規模になりましたので私単独ではなく複数の人間を使っての調査となったことをお許しください」

「構わないわ。そこはあなたの裁量で結構よ」

「はっ」


 そしてそこから彼は説明を始めた。


「まず、例の〝布地に針と糸〟の紋章を持つ候族についてです」


 私とお爺様とお母様、3人の視線がセルテスに注がれた。


「家名は〝グース・レオカーク家〟分家してから歴史の浅い比較的新興の分家筋です。軍閥候族であるレオカーク家の中にあって金融業を営むことでかなりの規模の財産を保有しております。学校に対しても多額の寄付を行っており。学校内での発言力はかなりのものかと思われます」

「寄付か」


 お爺様が低い声で呟いた。


「わしの方でも調査をさせたが今の中央上級学校ではあまりに多額の寄付金行為が横行しているので、中央政府の財務部門でも不審に思い独自に調査を行なっているそうだ」

「それにつきましては、さらにご報告いたしたき事実がございます」


 その言葉に私は言う。


「続けて」

「はっ。寄付金が急激に増額している理由ですが、この学校の校長と教頭による独断専横が一番の理由です。今から半年ほど前に理事長職が特例として代替わり継承を行なったのですが、それ以降、理事長に就任したタンツ家次期当主候補は具体的な学内での学校経営についての行動を行なっておらず校長と教頭に全ての判断を丸投げしています」


 その言葉にお爺様は吐き捨てた。


「地に落ちたな。かつては学問と教育のタンツ家と呼ばれていたものだが」

「おっしゃる通りです。歯止めのなくなった校長と教頭が私腹を肥やすためにいかにも金を持っていそうな下級中級の候族や平民の富裕層の子息子女に対して寄付をするように内密に打診をしているとのこと。あまりにも露骨なので中央政府の教育関係部門に問い合わせや苦情が寄せられているということです」

「そんなにひどいの?」

「はい。もはや歯止めのかからない状態です」


 私は言う。


「あからさますぎて呆れて物が言えないわ」


 お爺様が言う。


「おそらく政府筋でも問題化するのは時間の問題だろうな」

「ですがそれを待っていては遅すぎです。アルセラの今後のためにも早急に手を打たないと」

「そうだな。ではどうする?」


 その問いに私は答えた。


「二つの御家に公開質問状を送付しようと思います」


 お母様が尋ねてくる。


「どちらのお家へ?」

「はい。レオカーク家とタンツ家です。レオカーク家は今回のアルセラへの加害行為の首謀者の所属する一族です。その本家に今回の件について釈明を要求します。同じくタンツ家の本家当主に対して学校内の適正な管理運営がなされてないことへの糾弾と対応の要求をいたします」


 それに対してお爺様が問うてきた。


「うむ。して、そこからはどうする?」

「まずは、アルセラへの加害行為の首謀者であるマリーツィア・グース・レオカークなる人物のところへと直接乗り込みます。そしてその人物とその親に一体誰に対して喧嘩を売ったのか身をもってわからせるつもりです」

「実力行使か?」

「はい。私は今回の件について手心を加えるつもりは微塵もありませんので」


 私の言葉にお爺様ははっきりと頷いた。


「うむ。お前の好きにすればよかろう」


 お爺様の胸の内も私と同じものだったのだ。


「ありがとうございます。つきましてはグース・レオカーク家への処断が済み次第、中央上級学校に直接乗り込みます。理事長と校長を徹底的に吊るし上げるためにです」

「それまでにタンツ家自身が自ら襟を正せば良いのだがな」

「おっしゃる通りです。それができれば学校はまだ自力でなんとかなるでしょう。ですが私が乗り込むまでに何の対策もとられないのであれば、学校はもはや自浄能力をもちません。通わせる必要も無いと思います」


 そして私は言う。


「そうなった場合、アルセラを別の学校へと転校することも考えませんと」

「そうだな。今のうちから転校先を検討しても良いだろう」


 お爺様の言葉にセルテスが言う。


「承知いたしました。その件についても検討させていただきます」


 だがそこでお母様は言葉を挟んだ。


「いえ、その必要はありませんわ」

「えっ?」

 

 私は驚きの声をあげた。


「どう言うことですか?」

「実はね、私も大切なアルセラの窮地にじっとしていられなくて、タンツ家とバーゼラル家を除く残り十一家の十三上級候族の本家当主の奥方様連中にご面会申し上げて歩いていたのよ。その席で、クライスクルト家とミルゼルド家の奥方様から面白いお話を頂いたの」

「面白い話?」


 私が問い返し、お爺様がさらに尋ねる。


「何かねそれは?」

「それは――」


 それまでにこやかに微笑んでいたお母様は一切の笑みを消すと怒りをにじませながら言葉を吐いた。


「こう言う事態を引き起こしたタンツ家には教育という場からはご退場願おうと言うことになったのよ」

「なんと――」


 ただならぬ企みを感じるお爺様、私はお母様の言葉の意図をすぐに察した。


「つまり、タンツ家を除外した形で新たに教育の場を設けようと言うことですか?」


 私の言葉にお母様は微笑んで答えた。


「詳細は明日の朝まで待って頂戴、クライスクルト家から今日の話し合いの席での提案について結論がどうなったか連絡が来る手はずだから」


 そしてお母様は力強く言った。


「アルセラは私の娘です。それをあそこまで傷つけられて見過ごすことはできません。わたしとてモーデンハイムの一族、叩きつけられた悪意は倍にしてお返しいたします」


 お爺様が頷いた。


「そのとおりだ。手心を加える必要は微塵も無い。私もセルテスから見せられたこの21人の加害者生徒たちについて軍警察の若年層犯罪担当部門に通達し、最優先で身辺調査を開始させた。すでに恐喝や傷害行為が判明した者も居る。違法行為が分かり次第、全て捕縛するように命じた。軍警察内部には中央上級学校の卒業者も多数居る。今回の事態に対して一様に怒りを抱いている。手抜かりなく全ての身辺を抑えるだろう」


 そして私は言った。


「すると残るは私が攻め入る2つの場所ですね」

「うむ、そちらは任せよう」

「はい、お任せください。アルセラの希望ある未来のためにも」


 それまで私たちの会話を見守っていたセルテスも言った。


「私も出来得る限り本件に対してお手伝いさせていただきます」

「頼んだわよ。みんなでアルセラの笑顔を取り戻してあげましょう」

「もちろんです」


 セルテスにとってもアルセラは大切な家族そのものだったのだ。

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