第26話 それは忘れていた事だったのです

「…………………………」






 圭吾の忘れられない思い出に似ているこの状況が、どうしても圭吾に当時を意識させてしまうのだ。








 ――――――――あの時の由良もこうだったのだろうか。








 それは圭吾が何となく思った事だが。




 そこに何か――――――そう、言うならば“おかしな情動”が生まれている。






 「……………………」






 かつて心にあった大事なピースがはめ込まれていくような――――――――――




 愛しさがこみ上げてくるような――――――――




 身体中を安堵に包まれているような――――――――




 あらゆる自分を肯定できたような――――――――








 この感覚は――――――








 「これは………………」






 あの時、デパートの屋上で教えてくれた由良が見せた笑顔は――――――――――もしかしてコレを意味していたのだろうか。






 あの――――――由良の笑顔は――――――






 「やった!」






 三戦目の一ラウンド目を勝利し、思わず声を出して千歳は勝利を喜んだ。




 当初と比べて随分とテンションが上がっており、ルークの動きも最初見た時と比べれば随分と迷いが無くなっている。良い傾向だった。






 「勝った? 勝ったんだよね!? 勝ったんだよね中西君!?」






 二ラウンド目も危なげなく勝ち、CPU三戦目は千歳の圧倒的な勝利だった。




 最初とはあまりに打って変わった結果に嬉しくも困惑しているが、それは仕方の無い事だろう。最初は二戦目で連コインしていたのだ。困惑くらいして当たり前だった。






 「よし! 次もこの調子で!」






 この勢いのまま突っ走れば四戦目も難なく千歳は勝てるだろう。




 CPUが本気を出してくる五戦目からは多少防御ガードができないとキツいが、ここのCPU設定はかなり低いように思える。もしかしたら、千歳はクリアまでやってのけるかもしれない。






 「………………あのさ」






 そんな千歳だから圭吾は聞きたくなったのだろう。






 かつての自分を思い起こさせる千歳に、圭吾はその“当たり前”を聞かずにはいられなかった。








 そう、聞かずには――――――――――聞かずにはいられなかったのだ。










 「阿武川さん…………ゲーム楽しい?」










 かつて由良が同じように圭吾に聞いた質問とその答え。




 圭吾にとってそれは何よりも大切で大切にしたいモノで。




 絆であり感謝であり誠意であり思い出であり。




 そして何よりも。






 「うん、とっても楽しいよ!」












 そこには圭吾が格闘ゲームが好きな全てがある。










 「…………そう…………そうか…………」






 野球、サッカー、バスケ、卓球、剣道、テニス、ラグビーや将棋にチェスや百人一首。 




 様々な“競技スポーツ”がある中で、人気がある中で、知っている中で、どうして圭吾は格闘ゲームだったのか。






 何故、多種多様にある競技スポーツの中から最も見聞の無い格闘ゲームを選んだのだろうか。






 「格闘ゲームが楽しい…………か…………」






 それは楽しかったからだ。あのデパートの日に格闘ゲームを見て楽しいと圭吾が思えたモノだったからだ。それまで味わった事の無い感覚が身体中に走ったからだ。






 「楽しい…………か…………」






 そんなのは当たり前と言われればそれまでなのかもしれない。




 当然と揶揄されるのは仕方の無い事で常識すぎる。誰だって思っている事だ。




 だが、それ意外に理由は何も無い。




 圭吾にあるのはただそれだけで――――――――――だが、それはとてもかけがえのないモノだった。








 あの日のデパートに由良がいて――――――――――“奇跡”を起こしてくれたから。








 「…………うん…………そうなんだよな…………」






 そう、由良が話しかけてくれたのだ。






 それがあったから、圭吾は自分の中にある格闘ゲームへの熱と好意に気がつけている。






 「姉ちゃんが…………オレに………………」






 それはたしかに“奇跡”としか言い様がない。




 あのデパートの日、例え偶然が圭吾と由良を同じ場所に居合わせても、それだけなら二人の出会いは無で終わっていた。




 あの時、由良が圭吾に話しかけようとしなければ、圭吾には何も起こらなかった。




 起きなかった。






 格闘ゲームの楽しさを知らない人間のまま、今この時もそんな単純な事に何も気づかず生きていただろう。






 「…………そうだよ…………楽しいんだ…………楽しいに…………決まってる…………」






 少女は圭吾教えてくれた。












 「やってみる?」












 その霧島由良という少女は――――――――――圭吾に“奇跡”を。






 「決まってるのに………………決まってるのにオレは…………何をやって…………何を思って………………」






 圭吾はその由良を半年間も避けてしまった。




 デパートでの出来事があったから、その後の由良を不幸にしてしまったと決めつけ、それは罪であると毎日自分に言い聞かせた。




 そして、妹である紫にすら極力接触しないようにして、自分の存在は霧島姉妹にとって悪であると、常に自覚させるようにした。






 「うう…………ううっ…………うっうっ…………」






 だが、そんな事をしてどうするというのだろう。






 「うう…………うっうっっ………………」






 あのデパートの日が罪になんかなるわけないのに。




 あのデパートの日に見せてくれた由良の笑顔が不幸なわけないのに。






 「ううっ………………ううっ…………ううっ…………」






 由良から格闘ゲームという楽しさを教わった事が――――――――――後悔になるわけがないのに。






 「…………中西君?」






 振り返った千歳に、圭吾は涙を拭いながら顔を向ける。




 だが、目元をいくら拭っても涙は止まらない。




 「なんでもない」と千歳に言うものの、それで納得させる事はできないだろう。千歳にとって今の圭吾を気にしない事は辛いはずで、何があったのかと慌ててしまうのは明らかだった。






 「……………………あのね中西君」








 だが、意外にも千歳に動揺はほとんど見られない。








 何となく察しているのだろうか。泣いている圭吾を見て、むしろ千歳は納得しているような表情をしていた、心配や不安といった様子が何処にも感じられない。






 「デパートの屋上に行ってみて。そこに由良さんがいるから」






 「…………え?」






 それは突然で唐突で、思ってもみない人物から言われた言葉だった。






 「中西君と初めて出会ったその場所に由良さんがいる。中西君行ってあげて」






 「ど、どうしてそんな事を阿武川さんが知ってるんだよ?」






 「今はそんなのどうでもいい事! 早く行って!  早く行かないと、もう本当に話す事ができなくなるかもしれない!」






 千歳は立ち上がると、店から追い出すように圭吾の背中を押し始める。






 「由良さんは偶然を………………いや、“奇跡”を待っているはずだから! 中西君が起こしてあげて! それは中西君じゃなきゃ意味がないんだから! だって…………その…………だって――――――――」






 千歳は顔を赤くしながら、圭吾の背中に向かって強く呟いた。






 「由良さんは中西君が好きなんだからッ!」






 自動ドアまで運ぶと千歳はそのまま圭吾を店から押し出しだ。その後、閉まる自動ドアと合わせるようにバイバイと手を振って、ここには戻るなと暗に告げてくる。






 「………………なんで阿武川さんがそんな事言うのかってのは気になるけど」






 千歳の言った事が嘘であるとは思えない。




 千歳が圭吾に嘘をつく意味はないし、何より千歳は圭吾の友達だ。その友達が圭吾の大事な人物がいる場所を言ったのなら、そこに嘘は無いはずだし、行かなければならない理由もある。






 「デパートか…………」






 千歳の言った事を不思議と思っても、そこに不信感は無い。




 圭吾は家に電話すると帰りが遅くなる事を告げ、卵は買えなかったと母親に嘘をつくと、そのままデパートへと向かった。






 「卵は阿武川さんにちょっと預かっててもらおう」






 ゲームセンターに卵を置いてきてしまったが、今の圭吾に回収する気はない。




 あとで千歳に連絡すればいいと決めて、圭吾は全力で走り出した。






 「姉ちゃん…………!」










 デパートに向かう圭吾が思うのは――――――――――――いつかした約束の事。








 まだ外は明るいが、すぐに陽は落ちて夜になるだろう。




 圭吾が約束を守るなら、その時間はあまりに少ない無い。

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